第79話「リンカと銀貨」
セルフィスとの謁見を終え、東洋は王城を後にすると、王都内にある馴染みの冒険者ギルドへと足を運んでいた。
(くそ……ダメだ、全ッ然集中できん……ッ!)
掲示板に貼り出された依頼書の前で腕を組む東洋。視線は依頼書を捉えているものの、頭の中ではさっきのセルフィスとの会話が何度も反芻されていた。
「あら? 何突っ立ってるの東洋?」
声をかけてきたのは、東洋の仲間ミセアだった。同じ冒険者パーティに所属する彼女はいつもの無表情に近い涼しげな顔で、東洋を訝しげに見つめていた。
「うおッ!? ……お、おう、ミセアか……。驚いた。実はさっき、セルフィス王とちょっと会ってな……ッ」
少し気を動転させながら、東洋はセルフィスとのやり取りをかいつまんで説明する。
「ふーん……なるほどね。確かに若王様、何か重い悩みを抱えてるみたいね」
ミセアは話を聞いて納得したのか、目を瞑り思った事を口にする。
「なにッ!? やっぱあの人は何か隠してたのかッ!? いや、もしや俺が気に触ることでも言ってしまったのかッ!?」
セルフィスが何らかの説明しづらい事情を持っているんじゃないか、彼女のそんな言葉に反応して汗を垂らして慌てる東洋。
「落ち着きなさい。まだ決まったわけじゃないわ。ただ……勘よ。話を聞く限りだと、彼の様子、どうにも引っかかるの」
「う………、そうかッ……ふう。お前と話したら、ちょっと気が楽になったぜ。ありがとなッ!」
だがミセアは静かに告げる。あくまで自分の見解に過ぎない、と。
それを受け、ようやく納得して気持ちを切り替えた東洋は、依頼の紙を手に取って吟味し始めた。
◇ ◇ ◇
「お! これとか、良さそうだなッ!」
「ええ、報酬も手頃だし、難易度も高くない。いい選択だと思うわ」
それからしばらく後、受ける依頼を決め、さっそく紙を剥がして移動。
だが、二人が受け付けに向かおうとした、その時だった。
「ちょ……ちょっと! 何するの!?」
二人の耳に、どこからか幼い少女の声が聞こえてきた。
「ん? なんだ……? 誰か揉めてるのかッ?」
「!! この声、多分あの子じゃない?」
ミセアが声のした方向へ振り向くと、カウンター席の前で口論をしている二人の姿があった。
一人は赤髪の男で、頭髪は真上に立ち上がったオールバック。
もう一人は淡い黄色のショートヘアを持つ、まだ年端もいかない少女だった。
「か、返してよお!!」
「おお、本当だ、何やら金を巡って口喧嘩しているみたいだなッ!」
東洋がミセアの指差す方を見やると、男が銀貨を手にしており、少女の方はそれを取り返そうとしている光景が目に入る。
「金なんかもう貸さねぇっつってんだろ」
「ち、違う! それは……本当にあたしのお金なの!」
小さい身体ながら、取り戻そうと軽くジャンプして手を伸ばす彼女に対し、男は銀貨を自らの頭上へ持ち上げて届かなくさせている。
「………。これは放ってはおけんなッ!」
「あ……と、東洋!?」
見ていて気分が悪い、ましてや大の大人が子供相手に意地悪をする場面など誰が望むのか。
正義感に駆られた東洋はミセアを置いて、二人の間に割って入った。
争いを収める為に。
「おいお前達! 何をやってるんだッ!」
「ん? 誰だテメェは。関係ねぇだろ、引っ込んでろ」
男が手で追い払う仕草を見せるが、東洋は引かない。
「その銀貨は彼女のものなんじゃないのかッ!」
「はっ、それがどうした。これは俺が貸してた金の返済だ。なあ、"リンカ"?」
本題の銀貨について問いかける東洋。
だが男は淡々と、彼女のことなど何も気にする様子も見せずに銀貨について告げる。
それを受けて、東洋は少女──リンカという名前を聞き、彼女に問いかけた。
「……う、うん……か、借りたのは本当。でも……」
「……ん? 借りた、だとッ? それは、つ、つまり、お前は貸してた金を回収しただけってわけかッ?」
借金の事実はあるようだった。東洋は一瞬たじろぐ。
「まあ、そういうこった。納得したならさっさと消えろ」
「ねえ、ちょっとその銀貨を見せてもらっていいかしら?」
そこへ、ミセアが静かに歩み寄ってきた。
「……は? なんでだよ」
「理由は簡単。私のと比べてみたいだけよ」
「借りるわね」
「あっ、おい!」
彼女はガイナスから銀貨を半ば強引に手に取ると、自分の持つ銀貨と並べて傾けてみせた。
「……見て。反射の仕方が明らかに違う。こっちは正規の銀貨、でもこっちは……」
「ッ! お、お前……偽金を渡したのか……?」
ミセアは冷たく言い放った。確かにガイナスの方の銀貨は光の反射が鈍い。
「つまりあなたは、この子に“価値のない偽物の貨幣”を渡して借金させ、後でそれを理由に財産を奪おうとしていたってことよ」
指摘された途端、ガイナスの顔が一瞬で引きつる。
どうやら図星らしい。
「……はっははは! そうさ、全部俺が仕組んだことだよ! まさかバレるとはな……」
「騙される方が悪いってか? 許せねぇ……ッ!」
「こうなったら仕方ねえ、お前ら全員ここでぶちのめして証拠隠滅だ! オラァ!」
ガイナスは逆上し、彼女へ拳を振り上げる――
ガッ!!
だが、その拳が当たることはなかった。
「!!?」
「危ないだろう! やめろッ!」
何故なら、東洋が間に入り腕を掴み、その攻撃を止めたからだ。
「……何しやがる! 離せ!」
「お前のような奴は放っておけんッ! 暴れるなッ!」
「チッ! ………覚えてやがれよお前ら!」
東洋の圧倒的な握力に耐えきれず、ガイナスは拳を解いて逃げ去っていった。
「……ふう。大丈夫かお前?」
「うん……ありがとう! 助かったよ!」
彼女はようやく安心した顔で東洋に微笑んだ。
「私はリンカ・プライアムス。あの金は魔法道具を買うために必要だったの……でも、まさか偽金だなんて……」
「おいおい、元気出せよッ! 誰だって、失敗することはあるさ!」
「……!! うんっ!」
東洋の言葉に、彼女は瞳を潤ませながら頷く。
「それじゃ……お礼に、あたしもパーティに入れて! あたし、回復魔法が得意なの!」
リンカ、という少女は東洋へ頼み込む。
彼女は彼らの冒険者パーティへの加入を願い出てきた。
「はッ!? お、おう……仲間が増えるのは歓迎だ!」
東洋はいきなりの申し出に、驚きながらも快く了承する。
「やったー! それと……その、迷惑かけてごめん……あたし、お金が足りなくて……」
その言葉を聞いたリンカはパアァーと明るい笑顔を見せる。
しかしすぐに、それとは真逆に不安でいっぱいの顔となり、彼に謝罪した。
自分の事情に巻き込んでしまった自責の念に苛まれたのだろう。
最初こそ俯くも、頭を上げ彼の目を見て精一杯の謝意を示す。
「ははは! そう気にすんなッ!」
リンカの謝罪に対して東洋が笑って対応する。
些細な問題だ、と言わんばかりに彼は彼女の気持ちを受け止めた。
「それにしても……、金がないんだったら……どうやって今まで過ごしてきたんだッ?」
「え? えっと……道端で、野宿……かな?」
「お前それ、ほぼホームレスだろォォッ!!」
東洋のツッコミの声がギルド全体に響き渡った。
こうして、リンカという少女は東洋とミセアのパーティに加わることとなった。
幼く、しかし才能ある小さき冒険者が仲間に入り、彼の旅はまた一つ賑わいを見せる。
一枚の銀貨を巡る小さな事件が、新たな絆を結ぶきっかけとなったのだった。




