第78話「気鬱」
「で、俺に話って何だ? セルフィスッ」
ギルドの訓練広場で“魔人”エイツとの模擬戦を終えてから、およそ一ヶ月ーー
東洋五郎は今、王城の玉座の間に立っていた。
彼は冒険者として正式にミセアとパーティを組み、それからというもの、目立ったトラブルもなく依頼をこなし、順調に実績を積み重ねていた。
そんな折、ルガロ公国の若き王・セルフィスから直々に呼び出しを受け、久しぶりに城を訪れたのだ。
「……あ、ああ。少し、お前と話がしたくなっただけだ」
「冒険者として、うまくやれているか気になってな。……久しく顔も見ていないだろう」
セルフィスは静かに答えるも、どこか口元が硬い。
一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せた彼は、すぐにいつもの柔らかな表情を取り戻した。
「おっ! そうかッ! たしかに最近、顔を合わせてなかったもんな!」
東洋はにかみながら返し、セルフィスを見つめた。
だが、ふと気づく。
彼の最初の表情は、確かに笑っていなかった。それどころか、ほんの少しだが“迷い”のような影が差していたように思えた。
「………っていうか、お前さっきちょっと沈んだ顔してなかったかッ?何かあったのか?」
「……い、いや! 何でもない。ただの気疲れだ、気にするな」
東洋がその事について触れるも、セルフィスは目を逸らし、声を張った。
取り繕うように顔に笑みを浮かべて。
不可解なその態度に、一瞬首を傾げる。
「……まあいいか。じゃあ、ここしばらくの俺の近況、いろいろ聞いてくれよッ!」
一々気にしてても仕方ない。
気を取り直して東洋は勢いよく話し始めた。
冒険者となってから、今までの日々で起きた事をセルフィスへ語る。
◇ ◇ ◇
「………それでな! そのあと俺とパーティを組んだミセアと一緒に初めて討伐依頼に行ったんだッ! あの時のあいつの魔法の威力はマジで凄かったぜーッ!!」
広間に響く、東洋の明るく朗らかな声。
拳を握りしめながら語るその様子は、まるで少年のようにまっすぐだった。
「ふふっ……そうか。まさかお前に、あんなに早く仲間ができるとは思っていなかったな」
セルフィスは静かに笑いながら、言った。
その目には、確かな安堵と、わずかな寂しさが同居していた。
「へへっ。ミセアはもう完全に俺の相棒だぜッ!」
東洋は胸を張り、まるで家族の話をするような笑顔でそう返す。
「……そうか。お前が無事で、頼れる仲間も得ているなら、私は……」
すると、セルフィスは小さく頷く。
だがそのとき、彼の口から――本当にわずかに、ぽつりと呟きが漏れた。
「……私がいなくなっても、大丈夫……だろうか……」
「……ん? 今、何か言ったか?」
東洋が眉をひそめて聞き返すと、セルフィスはビクッと肩を揺らし、目を逸らした。
「いっ……いや! な、何でもない! それより東洋、今日話せて本当に良かった! また近いうちに顔を出してくれ!」
急に声を張って別れを切り上げようとするセルフィス。
その背中には、どこか必死に何かを隠そうとする不自然な焦りがあった。
「……わ、わかったッ。じゃあ、また来るからなッ!」
東洋は腑に落ちないものを感じながらも、無理に詮索はしなかった。
そのまま玉座の間を後にしていく。
しかし、だからこそ、この時無理にでも聞き出そうとしなかったからこそ、彼は気付けなかった。
あの一瞬の沈黙が、やがて“王国そのもの”を揺るがす事態へ繋がっていくなどとは……
──その時、静かに“運命の歯車”が回り始めていた。




