第43話「人間とは」
伊村が目を覚ましてからしばらくして……
あれから、フレイアに寝室から移動するよう勧められた伊村は、程なくして隣にある広い部屋へ足を運んでいる。
「来たか……、腹が減っているだろう? 今から夕食を作ってやるからそこで待っていてくれ」
彼が扉を開け入ると、既にフレイアは部屋の中で待っていた。
入室を確認するや否や、扉付近のテーブル席に座って待つよう指示する。
これから夕食の準備をするようで、彼女が調理してくれるそうだ。
「えっ? フレイアさん………おれの為に料理を作ってくれるんですか!? な、何て親切な方だぁ、こんなおれに愛想良くしてくれr、」
「いいから黙って椅子に座るんだ。後ろでごちゃごちゃ話されると、………り、料理に集中できなくなるからな………」
「あっ……し、失礼。わかりました……」
それを聞いた伊村はフレイアが料理を作ってくれる事にいたく感動する。
が、台詞の途中で彼女に着席を促された為、渋々テーブル席へ座るのだった。
だがその際、調理場に立つフレイアが少し恥ずかしそうな素振りを見せていたのを、カケラも見逃さなかったという。
◇ ◇ ◇
「よし、飯ができたぞ。遠慮なく食うと良い」
台所で調理していたフレイアが伊村へ声をかける。
そして、彼女は出来上がった料理を机に置き食事を促す。
仕上がったのはキャベツやレタスに似た野菜と、豚肉のような食材を茶色のタレをかけて炒めた詰まるところ肉野菜炒めと同一の料理だった。
「お、おぉっ!! ………この料理は!?」
「この森で昼頃に捕獲した "ファントボア" というモンスターの肉を使った料理だ。美味いからオススメだぞ?」
フレイアの作った野菜炒めが辺りに香ばしい匂いを放ち、居合わせる者の鼻腔を擽ぐる。
伊村はじっくりと眺め説明を聞くさ中、少しだけ涎を垂らし見入っている。
(フ、ファントボア……!! ボアって確か"猪"の事を言うんだよね……? そういえば猪なんて今まで一度も食べた事無かったなぁ……)
(一体どんな味がするのか……ちょっと怖いけど、肉なんだし不味くはないはず………。よし、ち……挑戦してみるかっ!!)
魔物の肉が使用されていると知り、少し尻込む伊村。
だが、元の世界での単語の意味を考えれば、別に食べられなくはないと思い口に運ぶことを決意する。
僅かな不安を抱きつつ、彼は用意されていた箸を使い野菜炒めを一口味見してみた。
「……どうだ? 味は?」
フレイアが伊村の顔を見下ろし、料理の感想を聞く。
「んんッ!? おお! め……めちゃくちゃ美味しいです! ……猪の肉は初めて食べましたが、程良い噛み応えで……もう癖になりそうですよっ!!」
味を尋ねられた伊村が満足げな表情を浮かべて答える。
口に合うどころか、予想以上の美味しさだったようで、病みつきになる味だと彼は語った。
「ふっ、そうか。満足してくれて良かったぞ、わざわざ料理を作った甲斐があるな」
その感想を聞いたフレイアは、若干だが安心したかのように頬を緩めたのだった。
◇ ◇ ◇
「……そういえば伊村、お前の総合力はどれくらいだ?」
伊村が食べ始めてから暫くすると、唐突にフレイアが伊村に対し自分の総合力の数値はいくつなのかを問うた。
「……えっ? そ、総合力ですか?」
急にフレイアから話を振られたのもあり、少し困惑しながら聞き返す。
「ああ、お前は転移者なんだろう? 転移者なら総合力が常人よりは高くなっているハズだし、せっかくだから転移者の総合力とやらがどんなものか……、少し知りたいと思ってな」
普通なら転移者は他と比べ総合力が高くなっている、それを踏まえて彼女は伊村にどれくらいかを尋ねたのだ。
「お、おれの総合力なんて……。そんな期待しても後悔しますよ? きっと………い、いや絶対に!!」
既に自分の総合力の数値が一般人と比べて遥かに低い事を知っている伊村は明かすのを躊躇。
数値を告げず質問の返答を拒絶する。
「ん? 何を迷う必要がある? 総合力というのは要は自分の強さを数値化し、それを合わせたものだぞ? ……さぁ、遠慮せずに教えてくれ」
その様子を不思議に思ったフレイアは念の為"総合力"について説明すると、再び彼に返事を促した。
「うぅ……、わかりましたよ。………… "47" です。おれの総合力はこれだけしかありません………」
半ば自暴自棄になりつつ、伊村は己の総合力の数値を彼女に明かす。
「よ、 "47" ? 本当にそこまで低いのか……?」
本人の口から告げられた伊村の総合力、俄には信じ難い程低い数値にフレイアは耳を疑う。
「ほっ、本当ですよ! こればっかりは!!」
数値が数値ゆえか、あちらから疑問を抱かれた事に慌てながら釈明を行う伊村。
「………、そうか分かった。ならこれで確かめてみよう……」
二人の間に少しの静寂が流れる。
沈黙を先に破ったフレイアが後ろの棚の中央に置かれた黄金色の水晶玉を持ち寄り、自分らの前へ置く。
「………? これは……ステータスを測るんですか!?」
どこか既視感のある水晶玉……。
それはコルトンが伊村を初め、北本や東洋のステータス及びスキルを確認する際に用いた道具だ。
この事を思い出し彼女へ尋ねる。
「そうだ、この水晶玉でお前のステータスが本当に低いのかどうか確かめるんだ。………さあ、水晶玉に手を触れてくれ」
彼の予想は当たっていた。
フレイアは軽く頷き、早速水晶玉に手を置くよう促す。
「は、はい………」
話の流れで総合力を確かめなければならなくなった。
だがどうせ今測ったところで、自分の総合力なんて変わっていない。
そう思いながらも、伊村は彼女に言われるがまま水晶玉に触れる。
◇ ◇ ◇
「な……。ま、まさか本当にこんな……低かったとは………」
水晶玉へ手を触れた伊村。
するとしばらくして、彼の手前にステータスとスキルが表示された半透明のウィンドウが出現。
そこにあった数値は"47"。
転移当初と何ら変わっていないものの、見る度に伊村は悔しさと羞恥心で胸が一杯になる。
何せ命の恩人と言えるフレイアに自らの総合力を見られているのだ。
無論、彼女は彼のステータスを目にした途端表情を硬直させ絶句する。
「だから言ったでしょう? 期待しても後悔するって……。あーあ、おれなんて………どうせこの世界では生きていけないんだ………。そのうち野垂れ死にするだけなんだ……!」
「フレイアさん、貴方はおれを助けてくれた恩人です。感謝してもしきれない………」
「でも……これ以上おれみたいなロクでもない役立たずにかまったって無駄ですよ。世話になりました、ここはすぐ出て行きます。だからもう………ほっといてください!」
彼女に見られた事もあり、伊村は期待していても意味がない、どの道惨めな最期を迎える等と、ぐちぐちと自分自身を自虐しながら自分には関わらないほうが良いと言い放つ。
「………、あぁ、確かにそうかもしれないな。だが伊村……」
フレイアはそんな伊村の言葉を聞いて難しい表情を浮かべると、再び口を開く。
「どうせ俺なんて………」
「お前はもう諦める気なのか?」
掠れた声で不満げに呟く伊村、そこへ彼女は口を挟む。
すぐに投げ出すな、と。
「あ、諦めるって何を……」
その問いかけに対して、呆然とした顔をして聞き返す。
「………総合力だ。伊村、お前は他の者たちよりも数値が低いからといってすぐ諦めているだろう。私はそれじゃ駄目だと思うぞ?」
彼女が言っているのは総合力。
他人より低いから、弱いからという理由で希望を捨て自棄になっている伊村へ説教する。
「………いいか? 人間というのは常に"成長"する生き物だ。何かが駄目だったり失敗したりしても、強き"意志"さえあれば自ずと反省点を見つけ出し無理だと感じたところを直し、努力していけるんだ」
自分たち人間は成長し、どんな困難も粘り強く努力していく。
フレイアは芯が通った言葉を説き伊村を諭す。
「だからお前も、今は弱くとも強くなる為にしっかり努力をすれば、きっと報われる。強くだってなれる。お前も必ず成長できるんだよ」
諦めずめげずに頑張れば、やがて大きな成果へ繋がる。
努力の積み重ね、その大切さを彼女は彼に説き伏せたのだ。
「努力、か……。おれそういうの苦手なんですけどね………」
フレイアから送られた言葉、しかし尚も伊村は自信なさげに後ろ向きな一言を漏らす。
「ふっ、そうか。だが……努力をしなければ、永遠に変われない……強くなる事などできないぞ?」
フレイアは最後に真剣な表情で突きつけるように言った。
当然の話だが、彼女の指摘は今の彼の心に深く刺さるものだった。
「………そうですね、でもフレイアさん……? 一体どうして……、こんなおれなんかに、そんなに懇意にしてくれるんですか?」
少しの動揺を顔に出し、伊村が暫く沈黙する。
そうして彼は、どうしてこんな自分に優しくしてくれるんだと疑問をぶつける。
「…………、それは……お前が"昔の私"に、似ているからかな」
すると、両の瞼を閉じて彼女は理由を告げた。
「"昔の……あなたに……?」
昔の自分に似ていた為……。フレイアから予想だにしない答えが返ってきた。
困惑を隠せない伊村は同じ言葉を復唱。
「そうだ、………っと、もうこんな暗くなってきたか。今日はここに泊まっていくと良い。今の話にまだ納得がいかんようならば、ゆっくり時間をかけて考えていけば自ずと結論が導き出せるだろう……」
しかし彼女は、明確な返答を出さずに窓へ視線を送る。
暗くなってきたことを理由に話を打ち切ると、宿泊する事を彼に勧めるのだった。
「……、ふ、フレイアさん………。分かりました、ありがとうございます………」
今回の話で、伊村は心の闇が晴れたような感覚を覚える。
その感覚は、自分がこれまで虐げられた思い出したくもない記憶をも包み込むようであり、心に付いた傷の痛みもどこか和らいだとも言える実に心地いいものだった。
かくして、彼はフレイアの言葉に甘え泊まる事になり、一夜を明かした。




