第42話「エルフの森」
ガバッ!!
「はっ!? あれ……? ど、何処だ、ここは……?」
謎の暗闇の中、光に包まれたはずの伊村が意識を取り戻した場所……。
そこは全く見覚えのない木造住居の一室だった。
周囲には椅子と複数の書類が置かれた机、備え付けの蝋燭が煌々と照らすタンスが設置されており、彼は一室の隅にあるベッドの上に仰向けの状態で寝ていたようだ。
(…………、おれは確か………何も無くて真っ暗なところに居たハズなのに、あ! でも最後に何かよく分からない光みたいなのに包まれたんだっけかっ!)
慌ててベッドから起き上がると両目を軽く擦り、胡座をかいてこれまでの経緯を思い返す。
(うーん、あの光は一体なんだったんだ? ………! 誰か来たっ!?)
しばらくベッドの上で物思いに耽っていると、扉の外の方から誰かの足音が聞こえてくる。
(ま、まさか敵か!? もしかすればおれは攫われたのかもしれない……ど、どうする!? ここから離れる……いや、今出ようとしてもバレるからダメだ! ね、寝たフリでもすればやり過ごせるか!? だが、足音がもう扉の前まで来て………ッ!!)
咄嗟に伊村は、未知の脅威から自分の身を守る術を模索する。
部屋の外へ脱出すれば良いかと考えたが、そもそも一つしかない扉から出ても見つかるだけ。
ベッドで狸寝入りでもすれば切り抜けられるとも考えたが……もう既にその頃には、足音がすぐそこまで迫ってきていた。
(………い、一体誰なんだ!?)
ガチャッ!
正体不明の不信感から伊村が身構える中、遂に扉が開かれる。
(………え!? じ、女性!?)
現れたのは銀の鎧に身を包んだ女性。
燃えるような真紅の髪と黄色の瞳を持つ端麗な顔立ちの若い女が、部屋へと入ってきた。
てっきり人攫いかと考えていた伊村は思わず面食らった。
(これは予想外だった! というかめちゃ綺麗! 美人さん!! ………って、まさかあの人がこの建物の主なのか!?)
彼女を一目見て驚愕しながら、ゆっくりとベッドから降りる。
同時に家主の可能性も頭に入れて。
「おお、目を覚ましたか。……身体は大丈夫か?」
赤い髪の女性は安堵した様子で伊村に近付くと、腕を組み今の具合について伺う。
「え、は、はい……全然動けます………。と、ところであなたは誰なんですか? もしかしてこの建物の家主の方だったり?」
その質問に答えてから、彼も女性に問いかける。
名前や住居に関して、今一番気になっている情報を尋ねた。
「私は "フレイア・リブラス"という 。この "エルフの森" で調査任務に従事している者だ」
「ここは私が貸し切っている家屋の中。お前はそのベッドで今まで寝ていたんだよ」
すると彼女は嫌な顔一つせず教えてくれた。
聞けばその名前は"フレイア"。
胸に手を置き軽く自己紹介すると、続いて自分達はどこにいるかを説明する。
「そ、そうですか。おれは、あー……そ、そのー………い、伊村綾太です! もう名前聞いて分かるとは思いますが、一応この世界へ最近召喚されてきた"転移者"なんです!」
フレイアが明かしたので、自分も言うべきだろうと思った伊村も名を名乗る。
アルメシアで生を受けた訳ではない"転移者"であるからか一瞬、言い淀むが誤魔化さず事実を話すことにした。
「……!! そうか、やはりお前は"転移者"だったか! お前を発見した時、珍妙な格好と黒い髪をしていたので少し疑っていたが、どうやら本当だったとは……!」
彼の口から転移者だと告げられたフレイアは、至極納得のいったような表情をしている。
前からなんとなくそんな風に推測していたらしく、驚きよりも予想が当たったという反応だ。
「………は、"発見した"? てことは………、あ、あなたがおれを助けてくれたんですか!?」
しかし彼女の口にした言葉に疑問を覚えた。
その言葉の意味に気付いた伊村は目を見開きながら彼女へ尋ねる。
自分を救い出してくれたのか、と。
「そうだ、夕刻時に森の奥にある湖の畔でお前が倒れていたのを見つけたのでな……。そのまま放っておくわけにはいかんので、ここまで連れ帰ったんだ」
問われたフレイアは軽く頷き、当時の様子を振り返る。
周辺に広がるエルフの森と呼ばれる地帯。その奥地にある湖にて伊村を発見、救助したと答えた。
「や、やっぱそうなんですねぇ!? ……いやぁこんなおれを助けてくださって、どうもありがとうございます!! あなたはおれにとって女神様のようなお方ですよ!!」
話を聞いた伊村は深々と頭を下げて感謝する。
なかなかに大袈裟な措辞を使用してお礼を言い、彼女を高く称賛した。
「ふっ、お前はなかなかに面白い男だ。私を神に例えて褒め讃えるなんて……」
彼のそんな言葉に、フレイアは思わず口元に手を置き微笑む。
「お、面白い!? え、おれってそんな風に見えましたかね……? ………あっ! そう言えばさっき言ってた "エルフの森" って一体何なんですか?」
言葉遣いが可笑しく見えてしまったかもしれない、と僅かなショックを受ける伊村。
すると思い出したように声を出し、先程彼女の口にしていた"エルフの森"とは何か……気になったのか再び伺う。
「そうだな……、よし、説明するより、まずアレを見てくれ」
思案するフレイアだが、何かを思いついたようで一旦口での説明を中断。
彼の後ろを指してそこを見るよう促した。
「アレ……? カーテンがどうしたんですか………?」
「それを開けてみろ」
「は、はい……。よいしょ………て、おおぉ!? な、何だこれェ!?」
言われた通り後ろを向いた伊村は、近くにあったカーテンを試しに開けてみた。
その瞬間、自らの目に飛び込んできたものに彼は大層驚いた。
ギラギラと眼を光らせる見たことのない生き物が練り歩き、人を越す程の大きな植物や空を覆うほどの高さの木々が鬱蒼と生い茂る、緑豊かな森林。
なんと二人のいる住居の外はこんな大自然が広がっていたのだ。
「アレが "エルフの森" だ。この建物はな、その森の中に建てられているんだ」
彼の驚く様子にほくそ笑みつつフレイアは言った。
正しく住居の外が"エルフの森" だと。
「あの森には様々な魔物が生息していてな、魔物自体はそこまで強くはないので討伐して経験値を稼いだり、薬草等を採取する目的でやって来る者が多いらしいぞ」
再び向き直った伊村に、次いで彼女が"エルフの森" の特徴や魔物等更に詳しく解説する。
「なるほど………、弱いモンスターが多いから……冒険者とかが強くなるのにはうってつけの場所ですね!! でもおれが戦ったら一瞬で負けて殺されるだけだろうけど………」
伊村もその説明に相槌を打ち理解した後、冒険者には理想的な環境だと関心を示す。
最後の方にボソリと自虐的な言葉も口にしたが。
「…………、まぁそういう事だ。魔物相手に戦闘訓練を積むという事こそ、強くなる為に必要な手段なんだからな」
最後の弱気な台詞に眉を顰めつつフレイアは肯定し、その解釈に賛同した。
「ん? 待ってください、だとしたら "エルフの森" の "エルフ" って要素は一体どこにあるんすか? これだけ聞くと魔物がいるだけでただ普通の森にしか見えないんですけど……?」
ここまでの説明に納得した伊村。
だが俄然引っかかる部分がある、それはエルフの森のエルフという言葉だ。
特に何の変わったところもない場所なのにどうして"森" の前に "エルフ“ と付くのか、名付けられた訳を尋ねた。
「それは、……ここには我々人間とは異なる種族・"エルフ"が現れると噂されているからだな」
言うには人間とは異なる種族"エルフ"が森の中で姿を見せるという噂があるので、こういった名称が付けられたという。
「………えっ!? 本当に"エルフ"が出るんですかっ!? あ、あの森にっ!?」
当然伊村はエルフが現れるという話に衝撃を受け、思わずフレイアに聞き返す。
「あくまでも噂話だがな……、だがそれを信じてしまったこの国の国王様が、真相を確かめる為に王国軍に命じてこの森の調査をさせているのさ」
「……そしてそのうちに国民たちの間で "エルフの森" という名称が使われるようになっていったんだ」
彼女は事細かに"エルフの森" という名が付いた経緯を話すと、その後軽くため息を吐いた。
「そうなんですか……。はっ!! ……も、もしかしてさっき言ってた"実証調査"って……?」
これを聞いた伊村はひょっとして、といった顔をする。
少し前彼女が口にしていた"調査"、それもまさか関係しているのかと考え問いかけた。
「その通り、私は王国軍の元軍隊長でな……。その経歴から国王様に噂の絶えないエルフの森の調査を任命されたんだ」
彼の推察は外れていなかった。
フレイアは元々一国の軍隊長だったようで、その腕を見込んだ国王より森の調査を命ぜられたそうだ。
「………ぐ、"軍隊長"!? そんな凄い役職の方だったとは……! で、でも、こんな広い森を調査するなんて、なかなか大変ですね!?」
そんな経歴を知ることになった伊村はまたもや驚愕。
森のような広い環境を、フレイアたった一人で調査するのは骨が折れそうだと普段人に手を貸したことの無い彼でも気遣う素振りを見せる。
「いや、私はこの調査が辛いと思った事など一度も無いな」
しかし彼女は特にこれといって不平も不満も抱いていない様子。
調査をきついとは思っていないと伊村へ言ってのけた。
「ええ? そ、そうですか………。すごいな、なんてメンタルなんだ! おれなんかとは全然違うっ!!」
森全体を探査する業務の過酷さ、それを物ともしない精神面の強さを備える彼女。
見習うべき人間性に、伊村は感嘆の言葉を口にしたのであった。




