第29話「ルガロ公国」
「うおおおぉぉぉーーーーッ!」
すっかり日が沈み、三日月と綺麗な星々が見える闇と静寂さを醸し出す夜の砂漠地帯。
その中で一人、大声で雄叫びをあげながら全力疾走する青年・東洋の姿があった。
「おおおぉぉぉーーーッ! ………クソ! 駄目だッ! どこまで行ってもこの砂漠から抜けられん! 一体どうなっているんだ全くッ!」
既に砂漠地帯を走り出してから実に一時間は経過していた。
にも関わらず辺りの景色は変わらず砂漠地帯のままであり、流石の東洋も60分以上も走り続けて疲れたのか両膝に手を置き肩で息をしている。
「し、仕方がないな! よし、こうなったらあっちの方角にルート変更だッ!!」
走るのをやめ数十秒ほど休憩をした東洋は進行方向を今度は逆、東方向から西方向へ変更し再び猛スピードで走り始めるのだった。
◇ ◇ ◇
「はぁ……、はぁ……、も、もう駄目だッ……体力がッ!」
約十数分後、西方向へ疾走していた東洋はまたもや走るのをやめて歩き出し、苦悶の表情で胸に手を置き息を荒くしていた。
(息が……。はぁ……、はぁ……、お、俺はまだこんなところでぶっ倒れる訳にはいかないんだッ! だ、だがッ……も、もう走れ……ない………ッ!?)
いまにも倒れそうなほどに体力を消耗している東洋は気合いを入れて踏ん張ろうとするも、身体が意思に反してどんどん鈍くなって行く。
すると彼は地平線の向こうから、まるで台風のように渦巻く風が凄まじい速さでこちらに接近している事に気が付く。
(………ぐ、な、何だアレはッ……! 風が渦を巻いて……!? まさか………"砂嵐"というヤツかッ!?)
そう、よりにもよって"砂嵐"が発生してしまったようだ。
コレが自身へ近付いている事に気付いた頃にはもう遅く、既にその風は砂を巻き上げながら東洋の目と鼻の先まで接近しており最早どこにも逃げ場は無かった。
「くっそおおおぉぉぉォォォォォッ!!」
直後、静寂に包まれた闇夜の砂漠地帯に東洋の断末魔に似た叫び声が砂嵐の風切り音と共に木霊した。
◇ ◇ ◇
「……………。うーん、ぐおおぉぉ……。んんッ!?」
真っ暗な視界。カーテンを開けるように瞼が開けば淡い光が入ってくる。
バッと上半身を起こし東洋が意識を取り戻すと、そこはなんと薄暗い石造りの牢獄の中だった。
彼が居る牢屋の鉄格子には鍵が掛かっており、鉄格子のすぐ向こう側には看守と思しき兵士の姿があった。
「なッ……、な、何がどうなっているんだ!? あの時俺は………、どこかも分からん砂漠でデカい砂嵐に巻き込まれてッ……! 気が付いたらここにいた………クソッ!」
「俺は一体何故ここにいるんだ! 何故俺は牢屋に入れられているんだッ! …………おい! 聞いているのかお前ッ!」
「……………」
多少声を荒げつつ東洋は看守を指差し自身が置かれた状況をあちらへ問うた。
………が、彼の問いに対する返答は全く返って来ない。
「何だよッ! ………寝ているのかお前! 起きろォォォーーーッ!!」
特に何の返事も返さない看守を見て東洋は眠っているのかと思い、目覚まし代わりにと大声で叫んだ。
「………無駄だぜ、どこの誰かは知らねぇがやめときな」
「ん!? 誰だッ!」
東洋が看守を起こそうと声を張り上げていると、隣の牢屋から若い男の声が聞こえてきた。
無論彼は大声で誰なのか言い、声の主を確かめる為に自分の牢屋の鉄格子の間から顔を出して隣の牢屋を覗く。
「オレは名も無きただの悪党だった男さ。………まぁ今じゃ捕らえられてこんな牢屋に入れられてる有様だがな……」
すると隣の牢屋の中には、どこからどう見ても囚人と言える黒と白のボーダー模様の服を着た年齢およそ30代くらいの男が居た。
「そ、そうか。……はッ!? お前元々悪人だったのかッ!? ってここ牢屋だから悪くて当然か!? いや待て待て、俺は悪事など何一つとしてやってないぞッ!」
「……ってそんな事より、無駄とはどういう事なんだッ!」
東洋はその男の話を理解してから、驚いた様子で先の言葉の意味を聞き返す。
「……? あぁそうか。確かお前 "勇者候補"ってヤツだったな……なら無理もねぇなぁ」
東洋に聞かれると、一瞬不思議そうな面持ちになったが直ぐに何か納得した素振りを見せ返事する。
「んん? "勇者候補"ッ!? お前、なぜその事を知っているんだッ!?」
彼はなぜか東洋の素性を知っていた。勿論東洋自身はまだ明かしていない。
身の上がバレている事に驚愕し、慌てて指差して追及する。
「お前が牢屋にぶちこまれる時に、看守の奴がお前を担いだ状態で『この者は例の勇者召喚でこの世界に来た者だから王に報告してくるように』と部下の兵士に言ってやがったのが聞こえたのさ……」
すると男は、牢屋の外側で俯き一言も喋らずに自分たちを監視する看守に視線を移して答えた。
東洋が牢に入れられる当時の状況、看守や兵士達の会話についてを明かす。
「んなッ、何だってェェェ!? いや、だが何で看守たちは俺が召喚されたという事が分かったんだッ!?」
彼に教えられた看守の言葉に東洋はまたもや驚き、今度は何故自分と面識の無いはずの看守がすぐに正体が分かったのかを問う。
「さぁな……、そこまでは知らねぇが、もしかしたらお前のその髪の色と服装でそう判断したのかもしれねぇな……」
東洋の黒い髪と少し土汚れが付いた学生服に視線を移した後、男は顎に手を当てつつ語る。
「そ、そうか……。確かに俺のこの服と髪の色はこの世界の者からすれば珍しいものなのかもしれんなッ……!」
その言葉を聞いた東洋は自身の髪と服を見て、納得がいったような声で呟いた。
「そういえば忘れていたが、さっきの看守が無駄だの何だのの話の説明をしてくれッ!」
ふと思い出したかのように手を叩くと、東洋は男と最初にした看守の話を詳しく聞かせるように要求する。
「あぁ、そういやそんな話をしてたんだったな……。良いだろう説明してやるよ」
囚人の男も東洋との最初のやり取りを忘れていたのか、そんなのもあったなといった表情をして呟きつつ細かく説明を開始する。
「っと、その前に……。お前 看守にここが何処なのか聞こうとしてたよな?」
先の話の説明をする前に男は、最初に看守に聞き出そうとしていたことを彼に確認する。
「お、おぉッ! そうだぜ俺は看守にここは一体何処なのか、何故俺は捕まっているのかって訊ねようと思っていたんだッ!」
囚人に聞かれた東洋は頷く。
今居る場所の位置と、どうして自分は捕らえられたのかを知りたいと表明する。
「そうか、看守に聞いてもどうせ何も答えねぇだろうからオレが教えてやるよ。ここに居ても暇なだけだしな」
囚人の男は退屈そうに口にすると、この場所は一体どういう場所なのかを説明することにした。
「ここは"ルガロ公国"、東大陸グリシアの最南端にある国で、"バーディア帝国"と国交のある国だ」
少し声のトーンを落としながら、男は自分たちが現在いる国の事について話した。
その名は………"ルガロ公国"。




