第17話「泥棒と北本」
「へっへっへ、ここまで来ればもう追ってはこれねぇだろ……」
月夜の暗闇の中、宝石を手にした黒服の男は多少息を乱しながら呟く。その視線の先にあるのは、全体を紫一色に塗られた大きな建物の扉。
今まさに中へ入ろうと、扉の取っ手に触れようとする。
「…………、待てよお前!」
だがその時、男が誰かに呼び止められる。
男が振り向くと、そこには男と並ぶ高身長の青年の姿が一人。
青年は男の左肩を掴み、険相な面構えで彼を睨みつけている。
「誰だぁ?………俺の邪魔をする気か?」
自身の行動を妨害してきた彼を、煩わしそうに一言口にする黒服の男。
「見ての通りだよ。そんな事よりよ……どうしてアイツからその宝石を盗んだんだお前。一体それを使って何するつもりなんだ?」
そう、彼……北本は先程出会った青髪の少女の私物、つまり宝石を盗んだ目の前の黒服の泥棒をここまで追ってきたのだ。
彼は焦る事なく男のした行為と、そもそも人の物を何故盗ってしまったのかと主に動機を聞く。
「あ? 何に使うかだって? はっはっは!! そりゃ決まっているだろう! 売りとばすのさ! この宝石商でね!!」
それに対し男は、当然とでも言うかのように、自分らの前に聳え立つ紫色の建物を指して大笑いして宣言する。
あそこは店のようで、そこで宝石を売却して儲ける魂胆だったようだ。
「……そうか、返すつもりは無いって事でいいか?」
男の下卑た笑みを聞いた北本は、表情一つ崩さない。
だが、彼の額には血管が隆起し、手には徐々に握り拳が作られて行く。水面下では確実に苛立ちと怒りを覚えている。
彼は男へ確認を取る。この問いの成否によっては容赦しないという圧も含めて。
「ハン、返すだと……? そんなことする訳ねぇだろ? はっはっはー! せっかくあの女から貰ったのによぉ!!」
それでも男は先程と同様、彼の言葉を蹴る。
しかも少女から"奪った"という言葉を使わず、"貰った"という言葉を使用し、わざと言葉の意味を違えて、だ。
「わかった……、じゃあ仕方ねぇな………」
「あぁ!? ………やっぱお前、俺の邪魔するつもりで来たんだろ!? この宝石を取り返しに来たってか!?」
この言葉を受けて、北本は遂に動き出す。
姿勢を屈め、今にも男に襲い掛かろうとしている。
しかし、即座に男も宝石を鞄に入れ、彼に背を向けて距離を取る。
「そうだ。オレはお前が奪った宝石の持ち主から頼まれてここまでお前を追ってきたんだ……。さあ行くぞ。宝石を返す気が無いなら力ずくで取り返すまで……!」
泥棒の男より宝石を取り戻すことを表明した北本、すると、その瞬間にスキル・幻影を使って自身の実体を消す。
「……へっ! テメェこの俺に勝てると思ってんのか? 甘いぜ! 俺のステータスの総合力は"500"以上だぞ! ガキめ!」
「って、あれ? いねえ、だと……?」
突然姿を消した彼、だが男はまだ消えたという現象に気付いていない。
そうして北本が今の今までいた方へと勢いよく振り返るが、そこには人一人も誰も居なかった。
総合力を口外して威張り散らす男だったが、幾度も辺りを見回しても、北本は何処にもいない。
「………は はははははっ! 俺の強さに怖気付いて逃げ出しやがったかアイツは!!」
「んじゃ、気を取り直して、売っ払いに行くか!」
このことから、男は彼が恐れをなして逃走したのだと解釈。
再び盗んだ宝石を闇商売で売り飛ばす為に、紫の建物へ歩みを進める。
すると、そのタイミングで、彼はあることに気付く。
「な、なに……! 宝石が………な、無い!? ば、馬鹿なっ!? 鞄に入れた筈だぞっ!?」
「や、やりやがったな……。あ、あの野郎ーーーっ!!」
それは、鞄に仕舞った筈の宝石が、なぜか紛失していた。
彼はコレに気付くとすぐに北本を探すが、もう遅い。
当の本人はその場からとっくに離れていたのだから。
◇ ◇ ◇
「ふっ……! ふっ……!」
(………やれやれ、なんとか上手くいったな)
北本は内心一呼吸する。
泥棒のいた場所から少し離れたところにある遊歩道、そこを彼は現在全速力で駆け抜けていた。
(……幻影を使った状態で"生物"以外の他の物に触れられるのか試してみたかったから丁度良かったが、もしすり抜けでもしたら面倒な事になっちまうとこだったな……、また機会があれば試してみよう………)
彼が使ったのは"幻影"の応用で、発動時に人や魔物などの生物に触れずして、武器や装備などの生物ではないものに触れる事ができるように、スキルの効果をコントロールした。
(………とにかく、この宝石をうまく取り返せて良かったわ)
これにより、泥棒から気付かれることなく宝石を奪い返し、そのまま帰る事に成功したというのが一連の流れである。
走りながら北本は、"幻影"の更なる進化の可能性に僅かな期待を抱き、取り返した宝石を握り締めて元いたところまで出戻った。
(さて、この辺りだったか……。ん………アレは……?)
図書館の前までやってきた北本は、その扉の横に設置されている長椅子に注目する。
そこにいたのは、俯きながら座る青髪の少女、彼女が今回宝石の奪取を頼んだ本人で間違いない。
「………おーい、取り返してきたぞー。寝てんのかー?」
北本は少女の前まで近付き、覗き込むように声をかける。
「………うーん、うーん………んあっ!? その宝石っ!!」
ベンチに座り放心状態のままでいた少女は、彼が手に持っている宝石を見るや否や即反応し姿勢を正す。
「……ああ、これなんだろ? 自称総合力500の野郎から盗み返してやったんだよ」
北本は泥棒が自信満々に言ってきた総合力の数値を、名前のように皮肉を込めて口にしつつ、改めて宝石を奪い返したことを伝える。
「あ、ありがとう……。すごい………、アンタすごいわ! まさか本当に短時間で帰ってくるなんて!!」
「あーっと、すまん……。実はもう少し早く終わらせるつもりだったんだが………謝礼金、減らすか?」
少女は北本の手早い奪還劇を感心して褒め称える。
しかし彼は奪取するまでに少し手間をかけた所為なのか、寧ろ短時間で終えれなかったと自責の念に駆られていた。
「謝礼金て……、減額はしないわよ。てか増やしてあげたいくらいね、銅貨20枚は少なすぎるから銀貨1枚……1万G、あなたにあげるわ! ありがとね!!」
その言葉を聞いた青髪の少女は、微笑みながら彼に再度感謝する。
逆にお礼の金銭は減額どころか、5万G分の銀貨5枚を彼にあげた。
「おお、一万もくれるのか……! けど本当に貰って大丈夫か……? こんな額………」
北本は銀貨を右手で受け取るも、これほどの大金を受け取っても良いのか?と彼女に問うた。
「ええ!! なんならもっとあげたいくらいよ! なにせあたしはこの国の……、い、いえ! なんでもないわ、忘れて今の!!」
青髪の少女は北本の問いに答えると、流れで自分の事も語りに入る。
……と思いきや、何故か途中で話すのをやめ、まるっきり聞き流すよう促した。
「……? そういえば名前を聞いていなかったな。オレは北本修二………、で、お前は? 泥棒から大事なモンを取り返してやったんだから名前ぐらいは教えてくれても良い筈だ………」
彼女の言動を不思議に思う北本だが、一先ずそれは後回しにして、まだ知らなかった名前を伺った。
「あたしの名前はリエ……、"リアラ"よ! 覚えといてね! あなたにはまた会いそうな気がするからっ!! じゃあまたね!」
先程までの落ち込みようは何処へやら、溌剌とした表情で元気よく彼女は名を名乗った。
ただ、一瞬名前を噛んでいたのだが、兎も角リアラという少女は北本から宝石を受け取ると、別れを告げて軽快な足取りで夜の街道を駆けて行った。
「……リアラか、少し変わったヤツだったな………」
北本はその後ろ姿を見送ってから呟くと、自分も移動を始めるのだった。




