第100話「山道を抜けて」
「…………。気を付けろよ、この辺りは魔物がよく出てくるからな」
マトスは前を歩きながら、後ろからついてくる南野へと注意を促す。
街を出てから既に一時間近くが経過していた。
二人は森を抜け、今は山道の中腹を登っている。
空は夕焼けに染まりつつあり、山々の陰影が濃くなっていく時間帯。
静かではあるが、どこか肌寒い風が通り抜けていた。
「へぇー、そうなんだ。………って、一体どこまで行くの!? あなたの目的は何!?」
「ちょっとくらい教えてくれたって良いじゃん!」
南野はマトスの警戒心には感心しつつも、自分が今どこへ連れて行かれているのか……そして、その理由が依然として明かされないことにいら立ちを隠せなかった。
「……それは着いてみりゃ分かる。とにかく今は俺と一緒に来てもらうぞ」
しかしマトスは後ろを振り返ることなく、淡々とした口調で返答する。
彼はなかなか自分の事情を明かしてはくれない。
それに歩く速度がやや速っており、南野は追いつくのに少し苦労している。
「さっきからずーっとそれしか言わないよね………」
彼の応対に、南野はぶつぶつと文句を言いながらも、足を止めずに付いていく。
険しい道のりだったが、彼女も体力にはそれなりの自信がある。
「……まだ文句があるのか?」
マトスの声にはやや呆れが混じっていた。
「はいはい、分かったよう。けど、罠とか……そういうのに嵌めようって気はないよね?」
彼女は素直に従うフリをしつつも、どこか警戒心は拭いきれない。
なので、南野は半ば冗談のつもりでそんなことを聞いてみる。
「安心しろ。お前を危険な目に合わせるようなことだけはしない。俺は、そこらの粗暴な盗賊達とは違う」
マトスはこれに対しても、焦らず淡々と返事をする。
その言葉には、はっきりとした重みがあった。
その後ろ姿からも、妙な誠実さが伝わってくる。
南野は少しだけ安心したように息を吐いた。
「それ、本当かなー。……まあいいや」
気の抜けた声を出しながらも、彼女は歩みを止めない。
そして、しばらく無言のまま並んで歩いた後、ふと思い出したように言葉を続ける。
「けど…………そろそろあたし達をつけてくる人達が何なのか、教えてくれないかな?」
あの時から感じていた視線の正体、それを南野はずっと気にしていた。
山に差し掛かった時より、彼女の気配察知がずっと何らかの人気を掴んでいたのだ。
ちらりと周囲を見やると、やはり何かがそこにいる。
今は隠れて見えないが、間違いなく自分らを追いかけている。
ガサガサガサッ!
ババッ!!
すると、突如として山道の左右から音が響いた。
道を挟むように生えていた草むらから、数人の人影が勢いよく飛び出してくる。
「………! ………はぁ、またお前らか」
草むらから出てきたものを目にしたマトスはわずかに目を細め、溜息交じりに呟く。
次の瞬間、彼は腰のナイフを引き抜く。
金色に鈍く光る刃が、山の陰で鋭く輝いた。
(!! ………この人たちは、まさか……)
南野の身体が強張る。
草陰から現れたのは、数人の人間の男達。
魔物ではないとはいえ、男たちは皆、野盗のような粗野な格好をしている。つまりは……
「けひひひ! 若い女がいるぞぉ!」
「金持ってそうだな、根こそぎ剥ぎ取ってやる!」
下卑た笑い声と共に、盗賊たちが武器を構える。
棘の付いた棍棒、錆びた斧、鉄のナイフ……どれも殺傷力の高い武器ばかりだ。
(やっぱり……盗賊か! さっきから草むらに隠れて、こっちの行動を監視してたのはこいつらだったんだ!!)
男達は"盗賊"と呼ばれる人種だと断言する南野。
自分の直感が正しかったことを確信しながら、背中の大剣の柄に手をかける。
瞬時に戦闘態勢へ突入。
視線の主は、まさしく今目の前に現れた連中だ。
あちらがどいつもこいつも人の命を刈り取る武器を持っている以上、手加減も容赦も不要。
南野の構えに呼応するように、マトスもまた、無言のままナイフを握る手に力を込めている。
目の前に立ちはだかるのは、決して一人や二人ではない。
だが……彼の目に恐れはなかった。




