第99話「マトス」
「クソッ! 何処へ行きやがった!!」
「逃げ足の早いヤツめ!!」
「何をやっている! さっさと仕留めんか、無能共め!!」
「し……少々お待ちを! 探せぇ! 探し出せ!! まだそう遠くへは行っていない筈だ!!」
怒号が飛び交い、護衛兵たちが慌ただしく周囲を走り回る。
彼らの足音が石畳に反響し、街の一角は緊張に包まれていた。
◇ ◇ ◇
「く………! はぁ……! はぁ………!! はぁ………!!」
息を切らしながら、南野舞衣は壁に背を預け、必死に酸素を取り込んでいた。
喉が焼けるように熱く、心臓の鼓動は暴れ馬のようだった。
「まだ距離はある……! 逸れるなよ!」
横で声をかけてきたのは、彼女を強引に助け出した謎の青年だった。
彼はしっかりと南野の手を掴んだまま、何度も周囲を確認しながら走り続ける。
……そして、しばらくの時が経つ。
ようやく辿り着いたのは、陽の光が差し込まない薄暗い路地裏。
視線も人通りもないその場所で、ふたりはようやく足を止めた。
「…………! よし、流石にここまで来れば、もうアイツらも追ってこれないだろう」
青年は周囲を見回しつつ、大きく息を吐く。
これを受けて、南野もようやくその場に腰を下ろす。
そして、目の前にいる彼を改めて観察する。
彼は蒼い髪を後ろで一つに結んだオールバックの髪型で、切れ長の目が狼のような鋭さを持っていた。
装いは野性味あふれるもので、動物の毛皮を身にまとい、どこか盗賊を彷彿とさせる風貌だった。
「ふう……、あ、あなたは誰? なんであたしをこんなとこまで?」
疑問をぶつけながらも、彼女はその鋭い印象にやや警戒する。
ただ、助けてもらったのは事実。
自分なりに礼儀正しく言葉を投げかけた。
「あぁ? ………俺は“マトス・フリジオ”だ。ちょっとお前に用があってな」
このように名乗った彼は、どこか煩わしげでぶっきらぼうだったが、同時に真剣さも感じられた。
「え、あ、あたしに……?」
その言葉を聞いて驚く南野。
彼がなぜ自分に“用”があるのか、まるで理解できず首をかしげる。
「そうだ。……まぁ、積もる話は後にしよう」
しかしマトスは一言告げると、南野から視線を外す。
その方向は空。ちらりと見上げて周囲を確認する。
「よし。休憩もしたところで、さっさと行くぞ!」
束の間の休息を過ごす二人。
だが、マトスはそう言うなり、再びくるりと南野に背を向ける。
そして、
ガッ!
再び南野の左手を無言で掴んだ。
「えぇっ!? こ、今度は何処へ行くの!?」
突然の行動に南野は思わず声を上げる。
が、マトスは構わず先程と同じように道を進み始めた。
「………とにかくついて来い!! 話は後だ!!」
「え、ええええぇぇぇ!!?」
意見する暇も無い。
説明もろくにされぬまま、マトスに再び引きずられるようにして、南野は路地裏を後にする事となった。
だが、この時彼女の胸中には、奇妙な感情が芽生え始めていた。
あの目……あの手の温度。
どこか、ほんの少しだけ……懐かしいような感覚があった。




