第94話「プランズム」
グリードたちが盗賊の集団を退けてから、数時間が経過していた。
四人は無事に商人たちを目的地の町まで送り届け、任務は完了した。
だが夕日が沈み、夜の帳が森を包み込む頃──彼らは再び来た道を歩き、森へと戻っていた。
「ふぅ〜! 終わったなぁ依頼!」
軽く背伸びしながら、グリードが満足気に声をあげた。
「ああ、護衛の依頼ほど面倒くせえモンはねぇけどな」
レオスは少し不満を口にしつつも、歩調は緩めない。
「まあそんなこと言うなよ」
「費用がめっちゃかかる馬車に乗るってのも、オレたちにとっては結構レアな体験なんだしよぉ!」
グリードが笑いながら肩をすくめる。
「確かに、なかなか新鮮な感覚でしたね……」
「馬車ってあんな乗り心地だったとは……」
「だろ?」
「じゃまた今度、機会がありゃお前一人で乗ってみると良いぞ!」
「ひ、一人はちょっと勘弁して下さいー!」
和やかなやり取りが続く中──
キィー! キィー! キィー!
森の奥から、甲高い鳴き声が響いた。
鳥とも猿ともつかない、どこか不気味な声だった。
「…………、!? んんっ!!」
その直後、最後尾を歩いていたテレフィが突然立ち止まり、顔を歪めて両耳を押さえた。
肩が震えている。呼吸も浅く、苦悶の色が顔に浮かんでいた。
「てっ、テレフィっ!? お、おいっ! 急に一体どうしたんだ!?」
グリードが駆け寄る。レオスと伊村も慌てて彼女のそばへ向かった。
「落ち着けグリード!」
「テレフィは”心眼“を使えるんだ……」
「恐らくこの付近の動物か何かの心が、頭の中に流れ込んできちまったんだろう!!」
「え!? で、でも……」
「確か”心眼“って心を読み取るってだけで、読み取った本人がこんなに苦しむなんて……そんな効果は無かった筈ですよねぇ!?」
伊村は混乱しながらも、かつて彼女に心を読まれた経験を思い出し、疑問を口にした。
「………、そりゃそうか……」
「じゃあ、何が原因で………」
レオスが考え込みかけた、その時……
「…………に、」
塞いでいた耳の間から、テレフィの唇が微かに動いた。
「は!? テレフィが何か言ってるぞ!!」
グリードが耳を寄せる。
「人間の……叫びが…………っ、………たくさんの人間の苦しそうな叫びが! わたしの中に入ってくる!!」
「「……なっ!!?」」
グリードとレオス、そして伊村も、その言葉に息を呑んだ。
ズンズンズンズンッ!!!
「え……!? ちょっ……何か聞こえてきますよ!? これって……足音!?」
不意に、地面を叩くような重い振動が辺りに響く。
「…………!! い、いや待て……! アレは……そんなっ!?」
レオスが声を震わせながら、音のする方へ目を向けた。
伊村もグリードもその視線を追う。
「おい? ……レオス? どうしたんだ……っな!? あ、……あのモンスターはっ!?」
「な、何ですか……、あれは一体……!!」
ズオオオォォォーーー!!!
森の奥から現れたそれは、全長10メートルを超える、緑と紫が混ざり合う不気味な色彩の、巨大な食虫植物。
ねじれた蔓、歪な触手、牙のような葉の縁……。
それはまさしく、恐怖そのものだった。
「……プ、“プランズム”……」
「何でここにいやがんだよ!?」
「と……とんでもねぇのが現れやがったっ!!」
レオスもグリードも目を見開き、そいつを前にして震える声を漏らす。
「………? あ、あの魔物はそんなにヤバいやつなんですか……?」
伊村が尋ねたその答えは、絶望そのものだたった。
「いや見りゃ分かるだろ!?」
「“プランズム”ってのはな! 一度暴れただけで国が一つ滅びるって言われてる……」
「“S級モンスター”の一種だ!!」
プランズム、それは一国をまるごと滅亡させうる力を持つS級に該当する魔物。
そんな化け物が、よりにもよってこの場所の近くで活動していたのだ。
「え、ええぇーーー!? S級モンスターって……」
「てことは、あの”プランズム”ってのは総合力が”1万”以上の化け物なんですか!?」
「……つ、つまりはそういう事だぜ伊村っ!」
「今のオレらじゃ到底勝ち目はねぇ!! とにかくここは逃げ……!?」
その強さは言うまでもなく、さらには群れをなしている。
この力の差を前にして、無理に戦うよりは撤退した方が良いと判断し、その場からの逃避を選択する四人。
だが、グリードがその言葉を言い終わる前に………
ズシャッ!!
「……ごふあぁっ!?」
「「……っ!!?」」
プランズムの鞭のような触手が、鋭く尖りながらグリードの腹部を貫いた。
そのまま彼の身体を空中へ吊し上げる。
ズズズオオオーーー!!
さらに触手は動き、グリードを壺のような捕食器官へと引きずっていく。
「こっ! この!! ……うおおあぁぁっ!!」
レオスが叫び、凄まじい速さで駆け出す。
だが……
「……んぐっ!? ゴバァッ!!」
レオスもまた、反対側から伸びたもう一本の鞭に貫かれた。
「!? レ、レオスさん!? グリードさん!? く……クソォッ!!」
伊村の目の前で、仲間が次々に捕らえられていく。
怒りと悔しさが交錯し、拳が地面を強く叩いた。
「く、くおおああぁぁぁーーーっ!!?」
「おおうあぁぁーっ!?」
絶叫と共に、グリードとレオスは捕食器官へと投げ込まれた。
ズジュウウウ………ッ!!!
中から聞こえてくるのは、肉が溶ける音。
消化されていく音だった。
「あ、ああぁ…………っ」
伊村は、膝をつき、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
ズズズズグググ………!!
プランズムが次に狙ったのは、耳を塞ぎ蹲るテレフィだった。
「………っ!? やっ、やめろおおぉぉぉーーーっ!! テレフィさんにっ……何するん、ぐほぇっ!?」
叫びながら飛び出した伊村だったが、再び放たれた鞭が彼の脇腹を打ち抜き、近くの木に叩きつけられた。
「あ………うぅ……声……が………、伊村…………生き……のこ……れーーー」
ズズジュウウウ……………ッ!!
鞭に巻かれたテレフィは、最後に伊村に向けて微笑むと、プランズムに捕食された。
◇ ◇ ◇
「…………………………」
伊村は、完全に抜け殻のような表情でその場に座り込んでいた。
何も抗うことなく、ただ虚ろな瞳を向けていた。
ググズズズ……………。
プランズムは伊村を見下ろし、その無抵抗ぶりから、刺すまでもないと判断したのか──鞭を巻きつけ、淡々と彼の身体を引き上げて捕食器官へ放り込んだ。
暗闇の中。
そこには“グリードだったもの”、“レオスだったもの”、“テレフィだったもの”が、ただ液の中を漂っていた。
(………、おれは無力だ………。誰一人として大切な人たちを守れない……)
伊村は、溶けてゆく己の身体に目も向けず、ただ心の中で呻いた。
(自分で自分が嫌になる………。いや、そうだ………)
(おれにもっと”力”があったら……この化け物を倒せるくらいの”力”があったら…………こんな事にはならずに済んだんだ……)
(…………あああぁぁっ! ……悔しい、悔しい…………悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいッ!!)
(こんなところでっ!! ……終われない、終わってたまるかああああああぁぁぁぁぁっ!!!)
天を穿かんとする魂の慟哭、死んでも死にきれぬほどの後悔。
絶望と怒り、無力感が限界に達した瞬間………
伊村の意識は、そこで途切れた。




