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あらざらむ  作者: 松澤 康廣
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 油断があったのかもしれない。

 何故、夜襲を防げなかったのか。

 篝火(かがりび)をたいて、警戒はしていたはずなのに……。

 何日も戦闘がなかったので、警備の兵が居眠りでもしていたに違いない。

 圧倒的な(とき)の声に、三郎も河井もすぐに目が覚めた。何が起きたかはすぐに察した。

 敵は次々と崖を越えてきた。三郎に恐怖が襲った。河井も同様だった。

 河井は大刀だけは腰につけ、他は何も持たず、武具もつけずにすぐに逃げた。

 三郎は赤革の腰巻きだけを身につけ大刀を持ち河井の後を追った。

 幸運だった。二人は崖から一番遠い地に寝ていた。敵はまだ遠かった。

 河井は走りながら、大刀も捨てた。三郎も腰巻きを捨て、大刀も捨てた。

 身が軽くなった。それにより、敵との距離が広がったが、そのかわり、若し、一人にでも追いつかれたら、終わりだ。しかし、その可能性は高くなかった。

 夜が明けていない。暗がりに(まぎ)れることこそが唯一の助かる手段だった。味方の兵は四方八方に逃げた。河井は転がり落ちるように、山を下っていった。三郎も従う。この先に何が待っているかは分からなかった。今追ってくる上杉の兵から逃れるのが全てだった。 

 上杉の兵が二人を追ってくることは無かった。そのことに気づくのにそれほど時間はかからなかった。兵の声は遠くに聞こえるだけになった。

 彼ら全ては権現山を目指していた。

 山を下り終わるとそこは断崖だった。

 海が広がっていた。

 時折白波がたった。頭上の三日月が僅かな光を放っていた。

 左手に海を見ながら、どこかにあるだろう砂浜を目指して、必死に崖を伝った。

 太陽が水平線を上がりきるころに、眼前に砂浜を見つけた。

 長閑(のどか)な浜辺だった。敵の姿はなかった。

 砂浜に下り、裸足(はだし)で走った。

 敵に会わないことだけを祈った。どこで、敵に会うかわからない。

 そこで初めて、三郎は死の恐怖を感じた。

 砂浜を駆け上がり村に出た。

 日が頭上高く昇る頃、荷車を引く農民に会った。もう、敵と遭遇する危険は無かった。敵とったとしても、兵と見られる心配はない。

 鎌倉はどちらかと河井は尋ねた。鎌倉は誰でも知っている、それに、どの道も鎌倉に向かっていると思ったからだ。男は何も言わず方向を手で示した。河井は礼を言った。

 そのうちに戸塚を知っている者に出会った。着ている小袖も袴もぼろぼろに破れ、さらに泥だらけの足を見て、不審に思ったのか、農民は「戸塚に何の用事だ?」と訊いた。

 河井は「帰るのだ」と答えた。

 教えられた道を歩く。

 戸塚に着くと、境川はどこかと聞いた。誰もが知っていた。しかし、どれだけ歩いてもなかなか境川に着かなかった。農民に会うたびに河井は同じ質問をぶつけた。

 ようやく境川に辿(たど)り着くと、あとは川に沿ってとぼとぼと歩いた。

 日が暮れる寸前に、何とか河井の家に着いた。

 河井も三郎も何も言わずに、上がり(がまちにへばった。

 二人の倒れこむ音に気づいたのか、奥から奥方が出てきた。寿々も出てきた。

 奥方は言った。

「武士のするようなことはしないと言ったのに。それが約束でしたのに。もう夫をなくす経験はしたくない……」

 奥方はいっぱい泣いた。

 寿々も言った。

「何で武士の真似事なんてするの。武士は捨てて。このままでいい。何も不満は無い」

 寿々は河井に向けていた眼を三郎にも向けた。

 刺すような鋭い眼だった。


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