十五点をこの手に
レベルⅡカードが売れ始め、貴族タイルが獲得されたことでゲームが中盤を過ぎたことを遊人は理解した。この段階になると、最早一点の価値もないレベルⅠカードは誰も買わなくなった。最低でも一点。トークンを消費するなら二、三点はもらえなければ手損となる。そうして着実に点を稼ぎながら、皆が見据えるのはレベルⅢの高得点カードだった。
貴族タイルの獲得から数巡を経て、遊人が新たに獲得した白カードはわずかに1枚のみだった。点数は十点まで伸びたものの二枚目の貴族タイル獲得は未だ一歩届かず、場に手が届きそうな白がないため、遊人は一縷の望みをかけてレベルⅡ山札からカードをキープしてみる。
結果、望みどおりの白は出た。コスト的にも安く買える額だが、点数は一点。貴族タイルを合わせても十五点には届かない。
苦い表情のまま、遊人は続く喜子の手番を見守った。
「えへへ、ではいただきまーす」
喜子は宝石トークンを支払ってレベルⅡの場から白のカードを獲得した。コストは白六個で点数は三点。中盤を過ぎ俄然漂う白人気の空気を敏感に察知して白をガメだした彼女のために出てきたようなカードだ。遊人も先生も欲しい色ではあったものの相性が悪すぎてキープすら躊躇していたが、白が豊富な喜子にはあっさり買われてしまった。
これにより彼女の総得点は十一になり、白のカードは五枚になった。順位は十点同着の遊人と先生を上回って単独首位。あと四点でゲームの終了フラグが切られてしまう。
先生は眉根を寄せながら、はしゃぐ喜子の代わりにカードを補充した。出てきたのは黒のオニキス。当然先生の表情は晴れない。点数は一点しかないが白緑三個黒二個のコストは今の喜子の手持ちでも買える額だった。これを彼女が買えば貴族タイルの三点と合わせて十五点。終局を感じさせる一枚だ。
少し悩んで、結局先生はコストの相性で喜子が手を出せなかったレベルⅡの黒カードをノーコストで購入した。これで二点を取ってすぐに巻き返す。先生は最後手番なので貴族タイルを取らなくてもあと三点取ったら即勝利となる。その前の手番で誰かが十五点以上取ったとしても四点以上を取ればすぐ巻き返せると判断したらしい。
実際三点以上のカードはたくさんあった。しかし、全てレベルⅢのカードで、そのうち二枚は五点が入る高コストカードのため現在の経済状況では誰も買うことが出来ないはずだった。残るカードにしてもコストが広範に渡り過ぎていて今一歩先生には手が出せない。それらが喜子にとって買いやすい白七個を要求するものでないことは彼女以外の二人にとって幸いだったが、後ひとつ足りない先生にとっては幸とばかりも言い切れなかった。
各自の点数を確認しているうち、不意に疑問を感じて遊人は尋ねた。
「そういや、全員が同点だったらどうなるんですか? 俺が十五点取った後の手番で先輩も先生も十五点止まりだった時とか」
「ああ、説明し忘れてたね」先生はルールブックを開いて続けた。「ゲーム終了時全員が同点だった場合、購入したカードが最も少ないプレイヤーの勝ちです。低い点数のカード数枚買うより高得点のカード一枚買ったほうが有利ってことみたいだね」
「それも同じだったら?」
「特に書いてないな。滅多に起きることでもなさそうだし、そうなったらさすがに引き分けでいいんじゃないかと思うけど」
「勝利を分かち合うってやつですね。ボードゲームのルールブックでよく見る文章ですよ」
遊人は机上に意識を戻した。現在の各自の獲得カード枚数は、
遊人:赤3枚、緑4枚、青1枚、白2枚、黒4枚=十四枚
喜子:赤3枚、緑2枚、青2枚、白5枚、黒2枚=十四枚
先生:赤3枚、緑4枚、青4枚、白1枚、黒2枚=十四枚
枚数こそ並んでいるものの手番順的にはレベルⅡカード1枚分くらいの点差がある。遊人がこの差を埋めようと思えばカードの獲得を最低限に抑えたまま貴族タイルを獲得する必要があった。
最速で取れる貴族タイルは、やはり黒赤白3枚ずつのものだ。状況的に宝石トークンを取ってくる余裕はない。ここを逃せば同じタイルまであと黒1枚の喜子がさっき出てきたレベルⅡの黒を取って合計十五点を獲得してしまう。
白だ。白しかない。遊人は改めて机上を見回した。
と、遊人の目はレベルⅡの場で止まった。さっきまでは出ていなかったレベルⅡの場に、白いダイヤモンドのカードがしれっと置かれている。今しがたの手番で先生が購入したカードに代わって補充されたものだ。点数は二点。コストは、赤五個の黒三個。ぎりぎり買える。
――よっしゃ、これで十五点だ。
自然に伸ばした手を、遊人は途中で止めた。十五点。現状の十点、場から買う白カードの二点、貴族タイルの三点、うん、確かに、合計すると十五点だ。俺は一番手だったから、十五点を取ったら後の二人に一回ずつ手番を残して、そこで終わる。この十五点で、もう終わっちまうんだ。
――大丈夫なのか、それで?
遊人は今一度考えた。手札の一点カードを買えば十四点どまりで終了フラグは立たない。貴族タイルさえ取ってしまえば、場の状況からして喜子もこの手番では十五にいかないかも知れない。先生の状況も一旦宝石を取るかキープして場に新しいカードを持ってくるかしないと十五は厳しいはずだ。やっぱり、ここは十四で止めて様子を……いやいや、ここで足踏みしてる間に宝石補充されたら駄目だろ。青か緑が七個に届いて五点カード持ってかれる。そうなったら次の手番で三点以上取らないと負けだ。やっぱ十五、いや十四で……。
カードへ手を出したり引っ込めたりしながら、かれこれ3分は考えただろうか。遊人は頭を抱えながら結局十五点を選んだ。
「あー貴族様が……」
ラストの手番、喜子は残念そうにレベルⅢの場から今の状態で買える最も高い三点のカードを購入した。最終得点は十四で止まる。
そして遊人にとって問題の先生。喜子が購入したカードの代わりに補充されたのは緑の四点カードでコストは白緑三個と青六個。白が足りないから先生には買えないカードだ。
遊人はほっと息を吐いた。これなら場から何を買っても十四点までにしかならない。白が足りないから貴族タイルも無理。勝利を確信する遊人は、しかしもう一つの不確定要素を完全に忘れていた。
先生は手札にキープしていたカードを表にした。コストに赤青三個と緑六個を要求する赤のレベルⅢカード。点数は四だ。
「悪いけど、ぎりぎりこれで勝ちだね」
黄金と宝石で不足なくコストを支払って最終得点は十六点。言葉通りの僅差だが、最後に勝利を収めたのは先生だった。