それぞれの思惑
十巡も過ぎれば、皆レベルⅠのカードはトークン一つの支払いで買えるようになった。相性が良ければノーコストで手に入ることもある。
今までは、
【宝石を取る→宝石を取る→カードを獲得する】
と言う工程だったのが、
【宝石を取る→カードを獲得する】
のように手番が短縮され、必然ゲームは加速した。
遊人の獲得カードは赤緑二枚ずつ。手札には三個で買える黒の他に赤を一枚キープしているのであと緑をもう一枚買えれば四枚あるうち二枚の貴族に手を出しやすくなる。緑青赤三枚のやつにするか、黒赤緑三枚のやつにするかは状況を見て決めればいい。状況的には後者の方が現実的か、と遊人は考える。
遊人としては、とにかく場に緑があれば積極的にキープなり購入なりしたいところだったが、残念ながら出ているレベルⅠのカードは赤二枚と白と黒。
結局、遊人が選んだのはノーコストで手札から黒を購入する手だった。いずれ黒は出す必要があったし、下手に場からカードを買って出てきたカードが緑だったりしたら困るのだ。
遊人は対面に座る先生の手元を見た。青と赤が一枚ずつに緑二枚。手札に赤と青をキープしているから緑さえ確保出来れば現状場にあるカードで条件を満たせる。遊人と同じく緑を欲しているのは明らかだった。
――となれば狙っているのは緑青赤の貴族タイルか。青をとって邪魔しても良かったけど、そんなことしてたら自分の手が遅れる。
遊人は手番が終わった後も机から目を離せなかった。思考は絶えず働き続け、食い入るように喜子の行動を凝視する。彼女の行動次第であの貴族タイルの行方が変わるのだ。どうしても注目せざるを得なかった。
そんな熱意を知ってか知らぬか、喜子は宝石トークンを支払って1点のついた赤のカードを買った。これで手元には黒赤白一枚ずつ。狙う貴族タイルは、どうも遊人や先生とは違うものらしい。
――いや、それよりも、
「次のカードは……」
場からカードを買ったということは、新たに山から補充されるはずだ。遊人は焦れる思いで喜子が山札からめくるカードを見つめた。もし緑だったら多少高くても先生が確保か購入をしてくるだろう。
果たして、喜子にめくられたカードは、
「じゃん! 青です」
遊人と先生、双方の間に張り詰めていた緊張感がにわかに緩む。ひとまず安堵した遊人だったが、すぐに思い直した。コストは緑と黒それぞれ二つ。それも青と言えば先生が集めているものだ。
先生は当然のように黒い宝石二つを支払ってそのカードを買った。これで購入済みは緑緑青青赤の5枚。後1枚の緑の購入でほぼ貴族に手が届く状況は遊人と同じだ。
今度は祈るような気持ちで、遊人はカードをめくる先生の手を見つめた。これが緑ならこの競争は遊人が一歩リード出来る。あわよくば先生が狙っているタイルだって取れるかも知れない。
同じ読みが先生にもあった。こちらは対照的に「頼むから緑だけは出てくれるなよ」と念じながら、重い手つきでカードをめくった。
出てきたカードは黒。コストは緑三個のみの、比較的容易に買えるタイプだ。
遊人はぐっと下唇を噛んだ。正直欲しい。だが、これを買ったらまた山札がめくられる。先生に緑を買われるリスクが増す。様子見でキープ済みの赤を出すか。駄目だ。コストが白二緑一黒二じゃあ、三つもトークン払わされてなんかもったいない。黒があと1枚あればこっちも白二個の支払いだけで買えるのに。一旦宝石取って様子を。いや、買われるかこれ。放置したら先輩が普通に買ってくか。いや、でも、もしかしたら……。
しばしの間、静かに時が流れた。遊人はもちろん、喜子も、先生も、誰一人言葉を発することなく、3分ほどが経過した。
視線を感じた遊人が顔を上げると、喜子と先生は口元に笑みをたたえて彼を見守っていた。
「な、何すかにやにやして」
「いや、長考してるなと思って」
頭を振る先生にいわれて初めて、遊人は自分の思考時間が長引いていることに気づいた。
「あ、すいません、すぐやるんで」
慌てる遊人を制して、こちらもまた何故だか妙に嬉しそうな喜子が答える。
「いやいや、いいんですよ、相楽くん、じっくり考えて」腕を組んでしきりに肯き、喜子は続けた。「これぞまさに『宝石の煌き』って感じですね。長考したくなるゲームは良いゲームっていうのが私の自論ですから、楽しんでもらえてるみたいでなによりです」
その、わが子の成長を見守る母のような表情が、遊人に気恥ずかしさを覚えさせた。遊人は堂々巡りの思考をすぱっと打ち切って決断を下した。宝石一つを支払い、出たばかりの黒をゲットする。黒赤緑があと一枚ずつで貴族タイルに届くが、肝心の緑をどうにか出来なければ先に進めない。なるようになれ、とやけ気味に次のカードをめくる。
「ははぁ、出ませんねー緑」
他人事のようにつぶやく喜子。その言葉通り、出てきたのは緑ではなかった。自色以外を一つずつで買える青だ。
すでにキープ済みのものがあるので金井先生にとって必要なカードではない。遊人にとっても喜子にとっても宝石を支払ってまで欲しいカードではないはずだった。
が、喜子は不足分の緑一つを支払ってそのカードを購入した。
「え?」
遊人は思わず声を出していた。そして彼女が何を考えているのか考える間もなく新たなカードがめくられる。今度も緑ではない。青四つで買える一点つきの黒だった。
遊人は軽く頭を振って思考を戻した。喜子の意図は考えても分からない。先生の動向に注目したほうが懸命だ。
先生は場からノーコストで赤を購入した。これでキープ分を合わせれば赤も青も三枚に緑二枚でほぼリーチ。手番順的に遊人有利の中、金井先生がカードをめくる。
現れたのは白だった。タダで買えるコストだが、取ったとしても大して得はない。遊人は一番安く買えそうな黒を買って祈りながらカードをめくる。
「げっ!」
とうとう滞っていた緑が出てしまった。しかも各色一つずつで買える比較的安価なやつだ。先生の手元を確認する。やはり宝石を支払えば余裕で買えてしまう。喜子の手番終わりに出なかっただけ幸いだったかも知れないが、彼女が手をつけずに手番を終えたら同じことだ。
遊人は肩を落とした。彼の読みでは喜子の狙いは目下ライバルのいない黒赤白の貴族タイルに直結する黒か白どちらかになるはずだった。支払い一つで取れる白か、二つ払うが場に1枚しか出ていない黒か、どちらにしろ残った緑は先生の手に渡る。
「じゃあ、折角だから一番安いやつをもらっときましょうか」
白か。と、片目を閉じて動向を見守る遊人は、喜子の手が緑のカードを持っていく様を目撃してまた声を出してしまった。
「え、緑、なんですか?」
喜子は笑顔で答えた。
「はい。この組み合わせならタダですから」
喜子は購入済みのカードを示した。緑以外の全色が一枚ずつ。確かにこれならタダで買える。そして五枚目に緑を買って、
「これで全色コンプリートです」
堂々とVサインを決めてみせる。
「もしかして、全色揃えるとボーナス的なものが」
「いや、ないよそんなの」
遊人の発想は金井先生によって即座に否定された。喜子も手をひらひらと振って答えた。
「全部あったほうが動きやすいってだけですよ」
「そうなんですか?」
遊人の問いに先生は難しそうな顔をした。
「どうかな。レベルが低いやつを集める分には便利だと思うけど」
それだけで勝てるゲームでもないことは遊人にも理解出来た。レベルⅠのカードにはほとんど点数が記載されていない。たまにあっても1点どまりではレベルⅡ以降のカードを2、3枚取られただけで容易く逆転されてしまうだろう。すでに一手番を費やしてまで手に入れるべき状況ではないはずだが、実のところ緑を欲する先生と遊人にとっては効果的な妨害でもある。
気を取り直して、先生は喜子の代わりにカードを補充した。すぐ目に入った白いダイヤモンドがその表情を暗くする。先生はカードには手をつけず、白青黒の宝石トークンを取って手番を終えた。
先生に三枚目の緑が渡らなくて一安心といきたいところだが、結局遊人の状況は一手番前と何も変わらなかった。キープ済みの赤を購入しようかとも思ったが現状では白が一つ不足しているため黄金を使わなければならない。既視感に不安を覚えながら、遊人は今出たばかりの白をノーコストで買ってカードを引いた。
「うげ、またかよ」
遊人はまたも呻いた。二手番続けて緑を引いてしまったのだ。
今度ばかりは買われると覚悟した遊人だったが、引いたカードのコストを見て考えを改める。一点つきのそのカードは黒い宝石四つを要求していた。先生の手持ちでは黄金を費やしても買えないはずだ。喜子の方も同様に。
妨害の意味でキープしてくる可能性はある。そうすれば黄金三つと黒の宝石トークン一つで三枚目の緑が獲得出来るが、それだけやるのはかなりの手間となるはずだった。その間にもっと手に入れやすい緑が出ないとも限らない。
遊人は一転明るい気持ちで喜子の手番を見守った。喜子は予想通りタダで手に入る白を買ってカードを補充する。引いたカードは青だ。
遊人は胸を撫で下ろして先生を見た。問題はこの手番だ。キープされるのは確かに困る。しかし先生だって二手番もかけた上に黄金全部を使い切るのはきっと本意ではないに違いない。
別の手を打つだろう。っていうかそうして欲しい。
遊人の祈りは届いた。しかし、それは彼の望む方法ではなかった。
先生は黄金二つと青黒白を一つずつ支払ってカードを買った。レベルⅡの段に並んでいたそのカードは一点を持つ緑。先生にとって3枚目の緑だった。
「あ」
「おっと、もうレベルⅡですか。駆け足ですね先生」
先生は平然と答えた。
「いや、いい頃合いだよ。目的はちょっと違うけど、うかうかしてたら両方持ってかれちゃうかも知れないからね」
先生は次とその次の手番でキープしていた赤と青をノーコストで購入し、緑青赤三枚の貴族タイルを手に入れた。
先生がタイルを手に入れた次の手番には遊人も同じく貴族タイルを手に入れていた。しかし、一番手でスタートした遊人には先生に遅れをとっている自覚があった。現状の点は同じだが、仮にこのまま一度の手番に同じ点数だけ獲得し続けたら、先生の手番で十五点に届いてゲームは終わる。
何かで優位に立たなければいけない。獲得するカードの点数か、あるいは残る二枚の貴族タイル。
遊人は残りの貴族タイルを見た。先生も同じものに注目していた。
場に残っているのは緑青白と黒赤白を各3枚ずつの組み合わせたタイルだ。二人の視線は場に公開されている白のカードを探した。何としてでも相手より早く3枚を集める。そこが勝負の分かれ目になるはずだった。
一方、貴族タイルを取れなかった喜子は二人に大きく点を離されていた。点数はレベルⅠカードからの一点のみ。獲得カードの枚数もこの時点では他の二人より一枚少ない。
無論、この時点では。