英題は輝き
金井先生は箱の中身を卓上に並べた。色の違うカードの山札が三つ、数字の代わりに宝石の描かれたポーカーチップのようなものが六色、角を丸く加工された正方形の厚紙が数種類。木製の長机は程なく色彩豊かに飾られていった。
「『Splendor』。邦題は『宝石の煌き』というゲームです。プレイヤーは宝石商となって宝石をやり取りし、自らの名声を高めることを目的とします。名声っていうのが何なのかとゆうと」
先生はそれぞれの山から数枚のカードをめくった。表に向けられたカードは皆似たような見た目をしているが、左上部分に数字が書かれているものといないものがあった。
「この数字が名声点。順番に手番を行ってこれらのカードを獲得し、ゲーム中いずれかのプレイヤーの点が十五点に達したらゲームは終了。最終的に一番多く点を稼いだ人の勝ちになります」
遊人は少しだけ眉を上げた。何か引っかかる、微妙な言い回しに聞こえた。
「誰かが十五点に達したらゲーム終了、ならその十五点取った人が一番多く稼いだ人なんじゃないんですか?」
「ところが相楽くん、そう簡単にもいかないんですよ」
喜子の言葉を受けるように肯いて先生は続けた。
「十五点はあくまでも終了フラグ。誰かの点数が十五に達したら即座にゲームが終わるってわけじゃないんだ。誰かが十五点に届いたら、全員の手番の回数が同じになるように調整して、その後勝利者の判定に移ります。
例えば僕からゲームを始めて、相楽くん、友寄さんと時計回りに手番を進行していたとする。この時、僕の手番で十五点を獲得してすぐゲームが終わってしまったら、他の二人は最初に始めた人に比べて一回分手番が少なくなってしまう。これじゃあ不公平でしょ? だからこの場合は終了フラグが立った後にそれぞれ一回ずつ手番を行って全員の手番回数を同じにするんだ」
「そのフラグが切られた後の手番でもし私か相楽くんが十六点以上を取って先生を抜いたら、もちろんこっちの勝利です。初めに十五点に届いたからといって油断は禁物なんですよ。自分の番が一番最後なら気にする必要はないんですけど」
「なるほど」
遊人は納得して肯いた。先生も肯いて続けた。
「では、どのようにゲームを進行していくか説明するよ。このゲームは麻雀やババ抜きのように時計回りの順で手番を行っていきます。手番では三つ出来ることがあって、その中から一つを選択する形です。
一つめは、宝石トークンを獲得する。
二つめは、すでに獲得済みの宝石トークンを使ってカードを購入する。
三つめは、他の人にとられないようにカードを確保する」
先生は六色の丸いチップを目の前に並べた。
「この丸いのが宝石トークン。赤のルビーと青のサファイア、緑のエメラルドと黒のオニキス、それに白のダイアモンドの五種類各五個ずつ。宝石の名前間違ってるかも知れないけど、全部で五種類の宝石が五個ずつあるってことだけ理解してくれればいいから」
「その黄色いのは?」
遊人は一色だけ説明がされていなかったトークンを指して尋ねた。よく見ればそのトークンだけ描かれているのが宝石ではなく金塊のようなものだった。
「これは黄金。いわゆるワイルド、オールマイティの役割でちょっと扱いが違うから後で説明するね」
先生は軽く咳払いして人差し指を立てた。
「一つ目のアクション、『宝石トークンを獲得する』を選択した場合、場に出ている宝石トークンを自分のものとして獲得することができます。獲得の仕方は二パターンあって、別々の種類三色を一つずつ取るか、同じ色一種類を二つ取るか、好きなほうを選択してください」
「三個か二個かって言われたら三個取ったほうが得なんじゃ……?」
「いい着眼点だね。どちらを選んだ方が得かは時によって変わるけど、そのあたりは実際にゲームをしながら考えるといい。
あーただし、二個取る場合はその宝石が場に四つ以上残ってないと取れないから注意が必要だね。例えば僕が五個あるダイヤから二個を取ったら、場には三個しか残らない。そのため以降のプレイヤーは一度の手番でダイヤを二個取ることが出来なくなる」
いまいちぴんと来ない表情だが、ルールとしては理解出来た。遊人が一応肯くと、先生は中指も立てて続けた。
「二つ目のアクション、『獲得済みの宝石を使ってカードを購入する』。これは場に公開されているカードか自分が確保しているカードを獲得するアクションです。このアクションを行うことでプレイヤーは初めて名声点を得ることが出来ます」
先生は各色4枚ずつになるよう各カードの山からカードを公開していった。遊人はすぐそれらの違いに気づいた。
全てのカードの右上端には各種宝石トークンと同じ宝石の絵が描かれていた。そしてそれらのカードたちは裏面の色によって名声点の配分が異なっていた。裏面が緑のカードには名声点の記載がないものの方が多く、黄色になると平均して二点ほど、裏面が青のカードに至っては低くても三点、他は四点から五点のものしか見受けられない。四枚も獲得したらすぐゲームが終わってしまう点数だ。
「このように、場には常に三段階の山から四枚ずつ、計十二枚のカードが公開されています。カードにはそれぞれ異なるコストと名声点が記載され、購入したい場合はこの左下に書かれているコストと同数の宝石を支払う、つまり場に返すことで各カードを購入することが出来ます」
「あの、ちょっといいですか?」
「はい、どうぞ」
「この五点とか四点のカード、コストのところに7って数字が書いてあるんですけど」
遊人はおずおずと青い山から公開されたカードを指差した。右上にエメラルド、左上に数字の4が描かれたそのカードの左下端には確かに青い丸の中に7の数字が記されている。
「うん。そのカードなら青が七個あれば買えますね」
「でも、宝石トークンは全部で五個だって」
「いい質問ですね、相楽くん」
どこぞの敏腕ジャーナリストを思わせる口調で喜子が手を叩いた。先生は苦笑して続けた。
「実は購入したカードには点数以外にも意味があるんだ。それが右上の宝石のイラストだよ。カードに描かれた宝石には各宝石トークンと同じ効果があって、例えば前の手番で赤二個、黒一個の宝石を使ってこの白のカードを購入していたら、以降の手番では白の宝石トークンを持っていなかったとしてもこの購入済みの白いカードの枚数分だけ宝石を持っているものとして扱われる。しかも、トークンと違ってこのカードは場に返さなくていい」
「つまりこのあたりの簡単に購入出来るカードを七枚とか手に入れれば、いずれ宝石七個を要求するような点の高いカードもノーコストで買えるようになるってわけですよ。段階を踏んで、いかに効率よく自前の宝石を増やしていくかがこのゲームの大事なところです」
「ああ、それが点数書いてないカードの意味ってことですか」
遊人は肯いた。点数のない裏面が緑色のカードは軒並み宝石合計四つ以下で購入出来る。これをたくさん集めることで宝石トークンの不足を補うわけだ。
しかしそれでも、同じ種類を七個と言えば容易には集まらないはずだった。このクラスのカードを三枚でも手に入れるのはかなりの手間が掛かるだろうと遊人は理解した。
「使用した宝石を場に返して購入したカードは手元に置き、山札から新たに補充したらこのアクションは終わり。宝石に余裕があっても一度の手番に買えるのは一枚だけだから間違えないように」
続けて、先生は三本目の指を立てた。
「そして三つ目のアクション、『カードを確保する』。このアクションを選択したら、場に出ているカードか任意の山札の一番上から一枚だけを選び自分の手札として三枚までキープしておくことが出来ます。キープしたカードはカード購入の際、場に出ているカードと同じように購入することが出来、場のカードと違って自分以外のプレイヤーには購入出来なくなるから、まあささやかだけど妨害の意味もあるね。
それと、このアクションを選択した時、おまけで得られるものがあります。それが、さっき少しだけ話した黄金トークン」
先生は黄色いトークンを手にとって遊人に見せた。
「黄金トークンは何色としても使えるオールマイティのトークンです。そのため確保のアクションを行う時だけしか獲得出来ないし、一度に獲得出来る個数も一個だけ。数は全部で五個あり、宝石と同じように使ったら場に返す。場にない時でも確保アクション自体は行えるけど、当然黄金トークンはもらえません」
いい終えると、先生はトークン類を色ごとにまとめて置いた。喜子は慣れた手つきで公開したカードを各山に戻してそれぞれを切り直した。
「今説明した三つのアクションの内一つを実行したら次の人の番に移る。この時、持っているトークンが十一個以上ある場合は十個以下になるよう余分なトークンを場に返さなければいけません」
「十個以下ってことは、十個までなら持ってていいってことですよね?」
遊人の問いに喜子は肯いた。
「その通りです。もちろん手元に残す宝石は自分で選べますよ。周りの状況や場のカードも見て、どれを返すか考えたほうがいいですね。自分が独占してる宝石があるなら返さず保持しておくのもありです。というかそもそも十個超えないように宝石を取っていくのが一番なんですけどね」
「まあとにかく、そんな感じで誰かが十五点に達するまで手番を繰り返すというのが大まかな流れだけど、もう一つ得点にかかわるとても重要な要素があるので説明します」
先生は説明が始まって以来一度も触れられなかった正方形の厚紙を指差した。絵面の構成はカードと似ていた。いずれも左上に3の数字が明記されており、左下にはコストと思われる各色の数字が記載されている。異なるのは右上に宝石のイラスト等がないところと、中央に描かれているのが性別年齢の違いはあるものの、どれも近世風のいでたちをした人物画であるところだった。
「これは貴族タイル。見て分かるとおり手に入れた人に左上の数字分点数が与えられますが、カードと違ってコストに何かを支払う必要はありません」
「左のところに色のついた数字書いてますけど」
「実はそれ、このタイルを手に入れるための条件でコストじゃないんだ」
「見てください。カードの表記とアイコンがちょっと違うんです」
喜子の指摘で遊人は気づいた。改めて見比べてみるとカードのコストは丸の中に数字が書いてあるが貴族タイルの方は四角の中だ。遊人はその形から類推してみた。
「四角ってことは、カードですか? これを取るために必要なのって」
「正解です」
喜子は我がことのように喜んで手を叩いた。先生も肯いて続けた。
「貴族タイルはプレイヤーがタイルに書かれた種類の宝石をその数字分だけ購入した瞬間、即座にそのプレイヤーのものになります。拒否権はなく、後手番のプレイヤーが以降の手番で同じ条件を満たしてもタイルの所有者が変わることはありません」
「なるほど、これのためにカードを手放す必要はないんですね」
肯きながら聞いていた遊人はふと聞き流しかけた単語に引っかかるものを感じて尋ねた。
「拒否権はないって、拒否する理由なんてないんじゃないっすか? 何も払わず即3点もらえるのに」
「ああ、それは」
答えようとする喜子の口を、金井先生の手がさえぎる。先生は少し意地の悪そうな笑みで代わりに答えた。
「いい質問だ相楽くん。でもそれはこのゲームにおける大事な考えどころの一つだから、実際遊んでみて自分で答えを見つけてみようか」
目を丸くしていた喜子も先生の意図を酌んで肯いた。
「そうですね、うん、そうですよ。先生、説明はもう終わりですよね? 相楽くん、他に何か分からないことはありますか?」
喜子は身を乗り出して二人の顔を交互に見た。遊人は首を左右に振り、先生も苦笑して肯いた。喜子は嬉々として拳を高く掲げた。
「ではでは、早速手番順を決めて始めましょーう」
そのまま元気良くじゃーんけーんと続け、各自が一斉に手を出す。手番順は遊人→喜子→金井先生の順に決まった。
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