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ゲーマーズHIGH!!  作者: 御目越太陽
隔離された世界での未確定の未来
3/25

はじめに打算ありき

 遊人は先生の後に続いて職員室を出た。先生は人気のない廊下を歩きながら切り出した。


「実は期末の採点もう終わってるんだ。相楽くんは、まあちょうど真ん中よりちょっと上くらいかな。全教科の平均七十前後。赤点の心配はいらないけど、これでちゃんとした進学校に入りなおそうと思ったら結構頑張らないといけないよ」


「そりゃ頑張りますよ。あと半年以上あるじゃないっすか」


 遊人は先生の背中から目を逸らした。期末の結果が想定より悪く、内心焦りを感じていた。


「君も知っての通り、うちはそれほど学力的な部分では評判の良い学校じゃないからね。転入という形で年度の途中にうちより偏差値が高い別の学校へ行くのは結構厳しいと思うんだよ。まず学習内容に差がありすぎると相手側の了承が得られない場合が多い。門前払いってやつだね。年度の終わり、学年が変わるタイミングでの編入にしても手続きが多少楽になるだけで条件は変わらない。それも転入と違って経過した時間の分だけ学習内容の開きも大きくなるだろうから、その差を埋めるための努力は途中転入よりずっと必要だろう」


 遊人は黙って先生の言葉を聞いていた。事実に基づいた指摘の一つ一つが彼の甘い見積もりに亀裂を入れる。何より、その「学力的な部分で評判が良くない学校」の試験で五教科平均七十点程度の遊人に反論する資格はなかった。


「それから、学校を辞めて高認試験を受けるという選択。これはもっとお勧めできない。こっちは個人的な価値観によるものなんだけど、やっぱり高校生活ってのは今だけ、この三年間だけの特別な時間だから、自分から放棄するのはもったいないよ」


「要するに、俺には無理だからやめとけって話ですか? 本音は自分の受け持つクラスから転校とかされたら先生の給料下がるから、とか?」


 いわれっ放しが癇に障った遊人は嫌みないい方で尋ねた。その不敵な問いかけに、先生は怒るどころか声を上げて笑った。


「まさか。来るものは拒まず去るものは追わずが理事長の方針だ。もともと金持ちが道楽で作ったような学校だし、受け持つ人数が増えようが減ろうが僕らの給料に変わりはないから、そのへんは全然気兼ねしなくて構わないよ」

「じゃあ何でさっきからネガティブなことばっかりいうんすか? 辞めるの止めさせようとしてるようにしか聞こえないんですけど」

「邪推だよ、それは。僕は客観的な意見を述べてるだけ。辞める辞めないの選択はもちろん君の自由だ。もし具体的な目標が決まったら、担任として編入学が上手く運ぶようにサポートだってするつもりだよ。ただ個人的に、君がその判断を下すには少し早過ぎるんじゃないか、とは思ってるけどね」


 金井先生は北校舎三階にある第二実習室の前で止まった。鍵穴に鍵を入れて捻ろうとする手を、不意に止める。


 施錠されていなかったらしい引き戸を勢いよく開ければ、窓際の席にぽつんと腰掛ける人影が動いた。びくりと背筋を伸ばした彼女は手にしていたパンフレットのような冊子を慌てて閉じた。


「友寄さん?」

「あ、なんだ先生でしたか」


 不意の呼びかけに反応したのは野暮ったい髪の女子だった。黒縁眼鏡のレンズが相手を視界に収めると、硬かった表情はすぐ笑顔に変わる。ところどころに癖のかかったロングヘアを首の後ろでひっつめたその女子は、軽い足取りで室内を横切りながら尋ねた。


「どうしたんですか? こんな時間に」

「それはこっちの台詞だよ。球技大会はどうしたの」

「やだなー先生、分かってるくせに。私が出たんじゃ勝てる試合も勝てなくなりますよ」


 アハハと悪びれもせず笑う彼女に、金井先生も溜め息を吐いて苦笑した。


「それもそうだね。まあちょうどいいし、少し付き合ってもらおうかな」

「付き合う? 何にですか?」


 不思議そうに先生の背後を覗き込む彼女の目と、怪訝な面持ちで実習室を見回す遊人の目が合った。


「一年の相楽くん。こっちは二年で僕が指導を手伝ってるクラスの友寄さん」


 先生は簡単に紹介だけして実習室奥の棚を物色し始めた。壁一面に配置されているガラス棚には大小色彩様々な箱が陳列されている。


 遊人は眉根を寄せながらも「相楽です」と軽く会釈した。すると友寄先輩は後輩を相手にしているとは思えない深々とした礼で応えた。


「ああ、どうもはじめまして、二年二組の友寄喜子(ともよせよしこ)です。友達が寄ってきて喜ぶ子供と書いて、友寄喜子。よろしくお願いします」


 顔を上げた喜子はじっと遊人の目を覗き込んだ。


「さがら君はどんな漢字を書くんですか?」

「? 相棒の相に楽しむで相楽ですけど」

「ほぉー」うんうんとしきりに肯いて喜子はさらに身を乗り出す。「下のお名前は」

「遊ぶ人で遊人ですが」


 遊人が答えると、喜子は突然大きくのけぞった。丸くなった唇の間から呼気とも声ともつかない音が細かく漏れている。


「す、す」

「す?」

「素晴らしい!」


 喜子は目を大きく見開いて遊人の手を取った。わけの分からない情熱のこもった握手に遊人はもちろん引いていた。が、喜子はそんな反応にもお構いなしで続けた。


「素晴らしいですよ、相楽くん! 相手と楽しく遊ぶ人で相楽遊人くん。とっても素敵な名前ですね。まさに、この学校に入るためにつけられたような、良い名前です」

「はあ……」


「僕も同じことを思ったよ」


 金井先生は棚からA4サイズよりほんの少し小さいくらいの小箱を取り出した。


「だからなのか、珍しく担任としての義務感が刺激されて、少し構ってやりたくなったんだ」


 机上に置かれたその箱には「S」で始まる英語の文言と、手にした宝石を見定める黒装束の男が描かれている。


「わは~!」


 悲鳴にも似た歓喜の声は喜子だった。黄色く縁取られた化粧箱を目にした喜子は獲物を見つけた猫のような機敏さで先生の向かいの席に腰掛けた。机に両肘をついて身を乗り出しながら、そわそわ体を揺らしている。


「やるんですか? やるんですよね? 付き合ってってさっき先生いってましたもんね」


 わくわくを抑えられない様子の喜子は、困惑に立ち尽くしている遊人を手招いて隣席の椅子を引いた。


「さあ、相楽くん、早く早く! 早く始めましょう」


 遊人はいわれるがままに着席した。しかし、生意気な態度に説教でもされるものと思っていた遊人は、どうも様子が違うらしいことに気づいてようやく尋ねた。


「あの、先生、始めるって何を?」

「最初の質問に答えようか」


 思わぬ返しに遊人は首をひねる。


「……何でしたっけ質問って?」

「二年次の選択コースの話。スキルコースは芸術分野以外のデザインに必要な技術を学習、習得するためのコースだ。専攻クラスは三つ。グラフィック、Web、そして僕が指導に携わっている、ゲームだよ」


 先生は指でとんとんと箱を叩いた。遊人はその箱と先生を交互に見やり、コントローラーを持つような仕草で尋ねた。


「ゲーム、ですか?」


「そう」先生は肯いて続けた。「うちの学校ではゲームという遊びを三種に分類しています。一つはスマホやブラウザで遊ぶアプリゲーム。もう一つが、今君がイメージしたとおりの家庭用ゲーム機なんかで遊ぶデジタルゲーム。そして最後、それ以外の仕組みで成り立つ遊び、アナログゲーム。相楽くんは、将棋や囲碁や麻雀はやったことある?」


「将棋と麻雀なら、多少は」

「そのあたりもうちではアナログゲームと定義してる。オセロ、すごろく、それにポーカーなんかの各種トランプゲームとトレーディングカードゲームもそう。要するに、電気を必要としないゲームは全般がこの分類だね。多少の例外はあるけど」


「その特徴から非電源ゲームなんて呼ばれ方もするんですよ。あとボードを使うゲームが多いからボードゲームとか、ドイツを中心にヨーロッパで盛んに遊ばれてるからドイツゲーム、ユーロゲームって呼ばれることもありますね。まあ明確に分ければ違うジャンルなんですけど。デザイナーがアメリカ人でもユーロチックなゲームもありますし、ドイツ人だからといっていかにもアメリカンで大味なゲームを作らないってわけでも」


「オーケー友寄さん、そのへんでいいから、先に準備しといてもらえる?」


 引き気味の遊人を察して先生は止まらないゲーム談義を中断させた。


「了解です!」と切れのいい敬礼で答えた喜子は箱を開け、中から取り出したものをせかせかと並べ始める。


 遊人は改めて尋ねた。


「で、それが何なんですか?」


「相楽くん。さっきもいったように進退を決めるのは君の自由だ。合わないと思うならすぱっと切り替えて自分の望む環境を探す。正しい選択だと思うよ。でもそれを決めるのは、この学校についてもっとよく理解してからでも遅くはないんじゃないかな、と僕は思うんだ」


「はあ」


 眉根を寄せて返す遊人の答えはあからさまな生返事だった。


 対して金井先生は、三ヶ月近く授業を受けてきた遊人が初めて目にするくらいの饒舌をもって続けた。


「君はこの学校についてどれくらい知ってる? 君が目指す夢や目標は、この学校にいたんじゃ叶えられないものかな? 全て理解した上で君がどう判断するかは分からないけど、少なくとも僕は、この学校での時間が君の将来にとってマイナスになるとは思ってない。だから君が結論を急ぐ前に、この学校のことをもっとよく知ってもらいたいと、そう思ってるんだけど」


 返事を聞くためのしばしの間にも、遊人の反応は乏しい。先生は苦笑した。


「っていきなり言われても困っちゃうだろうね。君は物事を決めるのは早い方が良いと思っているようだし、実際問題時間ってのは有限だ。そこで、そんな君に僕からはこれを提案したい。ここで学べることの中でもほんの一部だけど、手短で、かつ分かりやすい指標になるんじゃないかと思ってね」


 先生は喜子が机に並べた箱の中身を示した。出てきたのは箱の表面と同じ絵が描かれた冊子とカジノでチップとして使われていそうなコインらしきもの、それにカードの束だ。いずれも電気を必要としているようには見えず、遊人にとっては初めて目にするものだった。


「あーつまりその、アナログゲームってやつをやれってことですか」

「この学校で僕に教えられるのはこれと数学くらいしかないからね。気が乗らない?」


「別に、そんなことはないっすけど、どうせならデジタルとかアプリ? とかの方で提案してもらいたかったなって」


 瞬間、カードの束を切っていた手が止まる。


「えぇー!? 何でですか? 嫌いなんですかアナログゲームは」


 遊人は心底残念そうな顔でこちらを覗き込む先輩から目を逸らした。わずかに良心の呵責を覚えるも、先生の提案から抱いた印象に変化はない。


「いや、別に嫌いとかじゃなくて、良く知らないし、大体VRとか3Dとかオンラインとか、そういうのが最先端の時代でしょ今は。スマホ一つあればいつでもどこでも誰とでも遊べるって環境が当たり前なのに、アナログゲームなんか勉強して意味あるんですか?」


 率直な遊人の言葉には軽い嘲りがあった。無意識のことではあったが、遊人はゲームという単語の中に囲碁や将棋や各種トランプによる遊び、アナログゲーム全般を含めていなかった。


 それは彼の認識や感覚が特別おかしいわけではなかった。一般にゲームといえば画面や液晶なんかに向き合って方向キーやらボタンやらで操作して遊ぶものであり、ゲームを取り扱う店に囲碁将棋や麻雀のセットが置いていなくても誰もおかしいとは思わないはずだ。「ゲームばっかりやってないで勉強しなさい」という母親の説教の中にビンゴゲームや王様ゲームが含まれることはなく、「ゲームの及ぼす悪影響」などという話題の中でトランプやカルタや福笑いのような遊びが批判の的になることはないのである。


 デジタルゲームが世に生まれ、ゲームという遊びの代表を担うまでに広く認知されていくに連れて、アナログゲームはその括りの中から全く悪意も他意もなく除外されるようになった。本質的には極めて近い立場にありながら、今や頭にアナログやボード、カードとつけなければ、その存在すら認知されないことも少なくない。


 故に金井先生は遊人の言葉を否定はしなかった。


「なるほど、そう考える人は確かに少なくないね」


 うんと大きく一般論を肯定し、しかしすぐに頭を振る。


「だけど僕は賛同しない。何故って面白さという感覚は普遍的なもので、いかなる時代や文化習俗にも影響されないものだからね」


 遊人は首をひねった。が、続く先生の弁に口を挟む隙は無かった。


「もちろん個人差はある。人によって好みは違うし、そもそも面白さなんてのは主観によるところが大きいから一概に語ることはできないだろう。けれども将棋や囲碁や麻雀はきっと縄文時代の人が遊んだってその面白さが分かるはずだし、発売当時のハードで遊ぶマリオやドラクエやポケモンだって、今の子達がやってみたらきっと楽しめるはずだ。ゲームそのものが持つポテンシャルとしての面白さは、受け手の好みや媒体の性質に左右されないものだと僕は思う。大体デジタルだから面白くてアナログだからつまらないなんて話は、全く論理的じゃない。違うかな?」


 遊人は何も答えなかった。例に挙げられたどれに対しても語れるほどの思い入れがないため、否定も肯定も出来ないのだった。


「まあ、百聞は一見に如かず、習うより慣れろだ。面白いか面白くないかは、実際やってみれば判断できるよ。これを学ぶことに意味があるのかどうかもね」


「意味……意味ねえ」


 遊人は好みではない味の飴をなめているかのような表情で繰り返した。やはり気乗りのしない様子の彼に、先生は頭をかいてまた苦く微笑んだ。


「仕方ない。こういうのはあまり好きじゃないし、教師として褒められたことでもないけど、強制するのも悪いから相楽くんが積極的に取り組めるような条件をつけようか」


「何かくれるんすか?」


「逆だよ。もしこのゲームで僕に勝ったら、夏休みの数学の課題、免除してあげよう」


 思わぬ提案に遊人、とさらに喜子先輩が反応した。


「先生、その条件は私でも有効ですか?」

「君は条件なくても参加する気満々じゃないか。むしろ負けたら課題増やすって条件も足すなら有効にしてあげてもいいけど?」

「うぅ、それはちょっと、悩みますねぇ」


 本来の取引相手以上の食いつきを見せた喜子は、難しい顔のまま腕を組んで悩ましげに天を仰ぐ。先生は遊人に向き直って尋ねた。


「で、どうかな、相楽くん?」


 元より遊人は楽天的で論理よりは感情を優先してしまうタイプの人間である。当然特別勉強が好きなわけではなく、付き合うにしたってせいぜい昼くらいまでといったところなら、先生の誘いを頑なに拒む理由もない。何より彼という人間は、遊びに誘われたら断れない性分なのだった。


 遊人はほんの少しだけ考える素振りをして、


「それなら良いっすよ」


 と、軽く答えた。


 遊人の返事に金井先生は笑みをこぼした。


「そうか。じゃあ、早速ルールを説明しよう」


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