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ゲーマーズHIGH!!  作者: 御目越太陽
虚構の世界だからこそ
18/25

難儀な性分

 追試は予定通り、その日の放課後に行われた。ショートホームルームが終わって教室に残ったのは十人余り。ゲームクラスでは遊人、健二、絵美の三人だけだった。ちなみに数学の追試は遊人と絵美の二人のみである。


「終わった人から帰って良いですよ。提出は職員室前にボックスがあるから、教科ごとに答案を入れてください。じゃ、僕は職員会議なので行きますが、皆くれぐれもカンニングとかしないようにね。そんなことして追試パスしても意味ないし、何より自分のためにならないからね」


 用紙を配り終わった先生は手短に伝えると足早に教室を出て行った。信頼しているのか黙認しているのか、監督する教員の姿はなく、各自が自由に追試の問題へと取り組んでいく。遊人にとっては意外なことだが、そんな状況でも誰一人不正を働くものはいない様子からどうやら前者らしい。


 と、感心している場合ではないことを思い出し、遊人も直ちに追試を始めた。ものの三十分ほどで問題を片付け、さっと見直しても直しの必要そうな部分はない。あの時、あと十分早く目覚めていれば、と思わずにはいられなかった。


 ともあれ片付いたのだから長居は無用である。遊人は教室を出てまっすぐ職員室に向かった。


 さて提出は、と遊人は引き戸の前に立って周囲を見渡してみる。向かって左手の壁に部活動の掲示板、右手には印刷室に通じるドアがあるいつもどおりの光景の中に、先生が言うところのボックスらしきものは見当たらない。


「……うん?」


 念のため確認したが印刷室には鍵が掛かっている。職員室の引き戸に手を掛けてみるもやはり施錠中。耳を澄ますと話し声が聞こえることからまさに会議の真っ最中ということらしかった。よくよく見ると脇に会議中の立て札も転がっている。


「あの、す、すいませ~ん、誰かー」


 控えめにノックしてみたり小さく声をかけてみたり、しばらく格闘したが室内から反応はなかった。


「いやいや、嘘でしょ、ちょっと……どうしろってんだよ」


 遊人は途方に暮れた。借金の取立てばりに大騒ぎすれば開けてもらえるかも知れないが、めちゃくちゃ怒られそうなのでもちろん却下だ。置いていこうかとも思ったが、自信があるとはいえ追試の答案を衆目にさらすのにも抵抗がある。仕方ないので職員会議とやらが終わるまでとりあえず待ってみることにした。


 少し経つと、遊人と同じく追試を終えたらしい生徒がちらほらやって来た。提出用のボックスがないことに気づいた彼らは例外なく慣れた様子で答案をしまい、掲示板を一瞥して去っていく。会議が終わるまで部活動にでも励もうというのか。慌てるそぶりもないところを見ると今日のようなことは別に珍しくもないらしい。


 あいにくと帰宅部の遊人にはただ待つこと以外は出来そうにない。廊下に座り込んでスマホをいじりながらさらに待つこと三十分ほど。バッテリーの残量も20%を切り、流石に遊人の苛立ちも限界を迎えそうだった。


 もう恥ずかしいとかいいから置いて帰ってやろうか。それか明日事情を話して先生に提出するか。溜め息を吐いて遊人は立ち上がり、尻を払う。


 と、そこへ、


「あれ、相楽くんじゃないですか」


 声をかけられて遊人は顔を上げた。


「何してるんですか、こんなところで? あ、ひょっとして相楽くんも追試ですか?」


 一ヶ月ぶりくらいに会う喜子先輩は当たり前の感じで尋ねた。顔を合わせたのはまだ三回目。時間にして三時間程度でしかないはずなのに、遠慮や緊張などと言う距離感を一切感じさせない気安い雰囲気には、人見知りとは無縁の遊人でも引いてしまうものがあった。


 しかし、ただ待つのにも飽きてきたところである。遊人は「まあ」と曖昧に答えて逆に尋ねた。


「も、ってことはそっちもっすか?」

「恥ずかしながら、数学と古文が」見せなくてもいいのに二枚の答案用紙を掲げ、先輩の笑顔には恥じる様子がない。「いや~今回は二教科ですんで良かったですよ。一学期の期末はこの倍もありましたから大変で大変で」

「それは、良かったっすね」


 答える遊人の口元に浮かぶ微笑は自然なものだった。軽い自虐ネタも明るく語ってみせる先輩はささくれ立っていた遊人の心を思いがけず和ませた。もちろん、追試などこれまで経験したことがなかった遊人に相手を見下す気持ちがないわけではない。が、この先輩に語らせるとそんなちょっとした馬鹿さ加減も可愛げと感じられるのが不思議だった。


「いや、でも二つを一時間ちょっとで終わらせられたのは私としては結構な快挙でしたね。これで心置きなく部活に励めます……あれ? 回収ボックスはどこへ?」


 雑談の流れで答案を出そうとした喜子はようやく気づいた。


「ないっすよね、提出用のボックス? とかいうの。俺もとっとと出して帰りたいんですけど、困ってて。職員室は開かないし」


「なるほど、よりによって職員会議が」喜子は立て札を見て苦笑した。「忙しい時とかたまにあるんですよね、箱の出し忘れ。職員会議って先生方は全員参加らしくて、遅刻とか出来ないから大変らしいですよ、ばたばたしちゃって」


「終わるのいつも何時くらいなんですか?」


「う~ん」喜子は腕を組んで考えた。「五時くらいに終わることもあれば、八時くらいまで掛かることもあったような」


「八時……」


 遊人は目眩のする思いで漏らした。今は午後四時四十分ごろだから、最悪の場合あと三時間近くもこうして待ちぼうけを食らわされる可能性もあるらしい。


 はい、無理。帰ろ。遊人は即座に決断した。未提出のまま帰ったらもちろん怒られるだろうが、サボったわけでも不正を働いたわけでもないし、そもそも今回の場合落ち度は先生方の方にある。そう厳しく追求されることもないだろう、と言うかあってたまるかと遊人は半ば憤慨して答案を鞄に押し込む。


「じゃあ先輩、お先です」


 軽く手を振って遊人は廊下を歩き出した。喜子はぱたぱたと上履きを鳴らしてその後を追った。


 下駄箱へ向かう遊人の足は階段を下りていく。校舎にまだ用事がある喜子は踊り場からその背中に声をかけた。


「部活ですか? がんばってくださいね」

「いやいや、帰るんですよ、帰宅部なんで。じゃお疲れ~っす」

「え?」


 そのまま階下へと去ろうとする遊人を、喜子は慌てて追いかける。


「ちょ、さ、相楽くん、追試はどうするんですか? 出さないと受けたことになりませんよ」

「出したくても出せないんだからしかたないじゃないっすか」足を止めた遊人は少々迷惑そうに答えた。「明日出しますよ。会議終わるのいつになるかわかんないんじゃ、あそこで待ってても不毛だし」

「気持ちはわかりますけど、でも」


 喜子は言葉を詰まらせた。確かに気持ちはよくわかる。が、やはり勝手に帰るのには賛成できない彼女は、車通りのない深夜の信号もきちんと青になるのを待ってから歩道を渡るタイプだった。友人が誤った道へ進もうとしているのを、黙って見過ごすことなど出来ない。


 どうやって説得したものか。考える喜子は不意に何かを閃いたといった様子で握った拳の小指側を手のひらにぽんと打ちつけた。


「そうだ、相楽くん。ただ待つのが不毛なら、会議が終わるまで一緒に時間をつぶしてみるっていうのはどうでしょうか?」

「はい?」


 遊人は嫌な予感に眉根を寄せた。この先輩が顔を輝かすのが何を提案する時か、過去の少ない経験からでも容易に推量出来る。


 喜子は渋る遊人のことなどお構いなしに、その手を引いてとっとと歩き出した。


「さあさあいきましょう。大丈夫、すぐそこですから」


 足は遊人の予想通り階段を上がっていく。三階の廊下へ出るとやはり右に曲がり、そのまますでに見慣れた感のある第二実習室へ、と思ったらその手前で止まった。広い実習室の隣に設けられているその部屋には、準備室2と書かれた札が掲げられていた。


 喜子は遊人の手を取ったまま引き戸を開け中へ入った。


「やあどうも、遅れまして」


 軽めの挨拶に、室内からは二つの声が返ってきた。


「お疲れ様です」


 こちらを見もせずに控えめな会釈をしたのは喜子と似たような背格好の女子だ。やまと人形を思わせる頭髪は喜子と正反対に短めのストレート。可愛らしく下唇を噛み、真剣な面持ちで机上に並ぶカードと対面に座す相手を交互に見つめている。


「間が良いね友寄さん。ちょうど終わったところだよ」


 何やら紙に書き込みながら言うのは細面に黒いフレームの丸眼鏡、いじった様子のない髪型と、いかにも文化系然とした男子だった。彼もまた机上の紙面に向き合っているため遊人の存在には気づいていないようだ。


「ほう、『路面電車』ですか」


 ゲームを認めるや、喜子は遊人を解放して机上を覗き込んだ。素早く視線を巡らせて感心したようにつぶやく。


「なかなか競ってる感じですね。妹尾さんの場は……バランスが良い。あ、でも4倍列車が2点分しかないのはもったいなかったですね」

「ちょっと出遅れちゃいました。もう一手番回ってくればあと二枚は出せたんですけど」


 二人のやり取りで遊人は気づいた。よくよく見てみれば、女子の方は同じクラスの妹尾明日香だ。遊人の記憶が確かなら、彼女はゲームクラスではなかったはずである。


 と、文化系男子はやがてペンを止め、おもむろに紙を取り上げた。


「結果が出ました。俺、103点。妹尾さん95点。8点差で俺の勝ちだ」


 明日香はがっくりとうな垂れ、対する彼は満足げに息を吐いた。


「あぁ~惜しい。一手の遅れが響きましたか」


 喜子の言葉に眼鏡の男子は肯いた。


「何とか逃げ切ったって感じかな。経験差が出るようなゲームでもないけど、まあ初心者相手に負けなくて良かったよ。さて、面子も増えたことだし、少し重いのでも」


 レンズを拭いて眼鏡をかけ直した彼は、その段になってようやく遊人の存在に気づいた。思い出した喜子が慌てて紹介する。


「あ、彼は一年の相楽くんです。さっき偶然会いまして、ちょっと時間を持て余していたので誘ったんですよ。確かゲーム専攻なんですよね? 金井先生に聞きましたよ」

「初めまして、相楽くん。デザイン科三年の原達樹、アナログゲーム部の部長をやってます」


 立ち上がった三年生は、180半ばはあるだろうか、まあまあの長身だった。しかし線の細さと物腰の柔らかさが相手に威圧感を抱かせない。


 遊人は差し出された手を自然に取って応えた。


「アナログゲーム部、ですか」

「そ。授業でやってるのに部活でもゲームしてんのかこいつら、とか思ってる?」

「はは、まあ、ちょっとだけ思いましたけど」


 あまりにも正確に思考を読まれていたため、遊人はつい肯定してしまった。先輩は気にした風もなく笑い、机に並んでいたカードを集めている明日香に尋ねた。


「ゲーム専攻ってことはもしかして同じクラスかな? 妹尾さんはグラフィックだっけ?」

「はい、まあ、そう、ですね」


 微妙な反応なのは遊人と同じ心境だからだろう。お互い面識がある程度で絡んだことはほとんどないため、やや気まずい感じは否めない。


「ゲーム好きなの?」


 気さくに話しかけてみる遊人に対して、明日香は「はひッ」と上ずらせた声で返事をし、


「そう、だすね」


 と、答えたきり耳を赤くして黙ってしまう。敬語でいくかタメ語でいくか悩んだ結果言葉遣いがおかしな事になってしまったことが恥ずかしいのか、単に人見知りが激しいだけか、どちらにせよ会話は弾まなかった。


 両者の様子から大して親しくもないらしいことを察した先輩は喜子に話を戻した。


「で、時間を持て余してるってのは?」

「ああ、実は職員会議で」


 喜子にあらましを聞いた達樹先輩は「なるほど」と肯いた。


「今の時期はちょっと長いかもしれないな、職員会議。中間終わったばっかりだし、二年は修学旅行なんかもあるし。まあでも、デザインの一年だと数学は金井先生でしょ? だったらここで待つのは賢明だね。金井先生うちの顧問やってて、会議終わったら大体すぐ様子見に、というかゲームしに来るから」


「それです、それ。まさに私がいいたかったのは。ゲームでもして楽しく過ごせば一時間二時間なんてすぐですから。ね?」


 遊人と達樹はもちろん信じなかった。本音はただゲームする仲間が欲しくて無理やり引っ張ってきたんだろうなと思っていたが、あえて口を挟むこともしなかった。


「じゃあ、先生が来るまで軽く何かやろうか。インスト込みで一時間くらいのがいいかな」

「そうですね。ぜひそうしましょう。いいですよね、相楽くん?」

「いや、俺は」


 正直なところ帰って勉強したい。事故のような数学を除けば、今回の中間の成績はそこそこ、いや、かなり良かった。この調子なら次の期末はもっと期待出来るし、そうなれば進級と同じタイミングで、比較的自然な流れでちゃんとした進学校への転校が見込めるかも知れないのだ。


 いずれ先生が来ると言うなら、今ここで先輩たちに答案を預けてしまえばいい。わざわざ会議が終わるのを待つ理由も、ゲームをして楽しく過ごす必要もないはずだ。


 しかし、こんな時にはいつも性分が邪魔をするのが彼と言う人間だった。「いや」と否定の言葉を口にした瞬間、至極悲しそうになる喜子の顔が、遊人の固い意志を一瞬で粉々にしてしまう。こうなるともう、彼の口は否定の言葉を続けることが出来なかった。


「じゃあ、まあ、一時間くらいならいいっすよ」

「やったぁー! ばんざーい、ばんざーい!」


 返事を聞いた喜子は飛び上がって喜んだ。そんなに喜んでくれるならいいか、一時間くらい。諦めと共に思う遊人は昔から、面と向かって誘われるとどうしても断れない難儀な性分を抱えていた。


 それに今日の彼の心はいつになくネガティブで投げやりな気持ちが大部分を占めてもいた。そんな必死こいて頑張ったって報われないかも知れないしな。先輩からの断りづらいゲームの誘いは、今の暗い気持ちと面白くない現実から目を背けるのにちょうど良い逃避先なのだった。


「さあ、それじゃ何にしましょうか、部長?」浮き立つ気持ちで問う喜子は、返事も待たずにゲームが陳列された棚へ手を伸ばす。「お、これなんかいいんじゃないですか? おっと、こっちもなかなか捨てがたいですねー」


 一人で盛り上がっている後輩を半ば無視して、部長は遊人に問いかけた。


「専門が始まって一ヶ月ちょっと、ってことはワーカープレイスメントかデッキ構築あたりはもう授業でやった?」

「あーそのワーカーなんとかってやつ、この前のテーマでした」

「ほほーう、ワーカープレイスメントですか」


 二人のやり取りを聞きつけて不意に目を光らせる喜子。一方、部長は常識的な判断によっていくつか、比較的小さい箱のゲームを棚から取り上げる。


「だったら『ラングフィンガー』はどうかな。手短で、四人ならまあ適正人数だし」


 その中の一つ、オレンジ色をした『宝石の煌き』よりは小さいが『髑髏と薔薇』よりはやや大きめの箱を手に取ると、達樹先輩は伺いを立てるように一年生たちを見た。特に希望もない二人はちらと顔を見合わせ、どちらからともなく肯こうとする。


 ところが、そこに大箱を持った二年生が割り込んだ。


「いやいや部長。ワーカープレイスメントといったら私は断然こっちを勧めたいですね」


 微かに風を起こして机上に置かれた重量感のあるその青い箱は『宝石の煌き』や『アグリコラ』より三割り増し大きい。


「友寄さん、一時間前後って」


 達樹先輩は呆れ気味に苦笑した。これまでの授業の中でいくつかのボードゲームに触れてきた遊人にはその理由が分かった。一概には言えないが、ボードゲームというものは箱の大きさに比例してゲーム内容がより複雑になったりプレイ時間が長くなったりするものなのだ。というか箱の側面にプレイ時間九十分と書いてある。対象年齢も十三歳以上と書いてあることからルールの把握だけでも軽く三十分は要することが容易に想像できた。


 どれだけお勧めでも流石に遠慮したい。口にしようとした矢先、


「へぇ~綺麗な箱絵ですね」


 無邪気にも明日香が食いついてしまった。機を逃さず喜子は箱を開け、次々に内容物を出していく。


「パッケージも素敵ですが中身はもっと面白いですよ~。さあさあ二人とも座って座って。インストはもちろん私がしますから」


 駒を出し、タイルを出し、ボードを出して、強引に準備を始める喜子。達樹先輩は申し訳なさそうな目顔を遊人に向ける。「もう好きにしてくれ」と、遊人は諦めて卓についた。


 皆が着席するのを確認すると、喜子は今にも踊りだしそうな上機嫌で高らかに宣した。


「ではでは、『ツォルキン:マヤ神聖暦』のインストを始めていきたいと思います」


http://hobbyjapan.games/trambahn/

https://boardgamegeek.com/boardgame/58329/langfinger


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