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ゲーマーズHIGH!!  作者: 御目越太陽
非生産的な規則の中で
13/25

価値と意味

「ぃやったー! 優勝? 優勝だよね、あたしの」


 拍手の喜子は笑顔で肯いた。


「はい、お見事でした! チャレンジ二回の成功で佐々木さんの勝利です。おめでとうございます」


 先輩の拍手に一年生たちも続いた。しばしの間勝者への祝福が捧げられる。


「くっそ~、全部、いけたのかあ」


 拍手の中、坊主頭を掻いて悔しげにぼやくのは健二だ。喜子はその言葉にしみじみと肯いた。


「ぎりぎりの勝負でしたね。リーチがかかってる坂井くん、相楽くん、佐々木さんの中なら誰が勝ってもおかしくない状況でした」


 臆病さが遊人の敗因なら、甘えは健二の敗因だった。7枚全てはいけまい、だからきっと誰も宣言はするまい、そう思うからこそ、彼は6を宣言したのだ。絵美の度胸を甘く見ていたし、伏せられたカードに対する読みも甘かった。リーチをかけている者の中で一番に勝ち抜けのチャンスが回ってきていたと自覚するだけに、判断ミスでそれを逃してしまった健二の悔しさはひとしおだった。


「ぅあ~腹立つ、何で俺6なんていったんだろ。つかお前も何でチャレンジしなかったんだよ? お前いってたら勝ってたべ。駄目でも1枚減るだけだし」


「いけると思ってなかったんだからしょうがねぇだろ」


 悪意のない健二の追求に、答える遊人はぶっきらぼうだ。こちらはこちらで、散々悩んだ挙句の二択を間違えて負けた精神的なダメージは大きかった。


 と、司会役の喜子は不意に二度ほど手を叩いた。歓談の流れになっていた一年生たちは先輩に注目する。


 皆の視線を確認すると、喜子は尋ねた。


「さて皆さん、初めての『髑髏と薔薇』はいかがでしたか?」

「面白かったっす、先輩!」


 率直な質問に健二の率直な答えが返る。苦笑する絵美も、始、良太郎、明日香の三人も、そしてまだまだ悔しさで頭がいっぱいの遊人も、異を唱えることはない。悔しさは面白さの裏返しだった。勝利の喜びだってゲームが面白いからこそ感じられるものだった。その上でなお彼らの胸に残る充実感と物足りなさも、全ては面白いと言う共通した感覚が彼らの心を確かに捉えたからだった。


「それは良かった。紹介した甲斐がありました」喜子は満足げに肯いて続けた。「私としても大好きなゲームの一つなので、楽しんでもらえたなら何よりです。シンプルながらも奥深い、対人戦だからこそ成り立つ心理の読み合いがとにかく素晴らしいですよね。プレイヤーの脱落要素があるにはありますけど、誰かがリタイアするころには大抵ゲームが終わりそうな状況になっていますし、勝利条件も二勝すればいいだけなので大逆転を期待して最後までくじけずに勝負に臨めます。それとコンポーネントもいいですよねぇ~。黒箱は何といってもデザインが素晴らしい。全体的に地味でシックな色合いですけど設定に見合った物々しさといいますか、ポップさがないところが私は特に好きで、あ、コンポーネントっていうのはボードゲーム全般でよく使われている用語でして、このゲームでいうところのカードやコースター、とにかく箱の中にあるものを総じて指す言葉なんですけど」


 一息にまくし立てたところで、喜子は後輩たちの冷ややかな、というよりは痛ましげな視線にようやく気づいて口を閉じた。流石に少し頬を赤らめ、軽く咳を払った喜子は落ち着いた口調で続ける。


「まあそれはさておきまして、皆さん気づきましたか? 実はこのゲーム、トランプを使って簡単に再現できるんですよ。使うカードは二十四枚、必要な絵柄は二種類のみ。絵札を髑髏、数字を薔薇にでも設定してしまえば、こんな専用のカードなんか用意しなくても遊べてしまえます」


 言われてみれば確かに、と遊人は思った。実際にプレイした今ならその面白さを理解することは出来る。しかし、ゲームが始まる前に健二がいっていたことだし、遊人自身も感じていたことだが、このゲームはとてもシンプル、悪くいうなら手間がかかっていな過ぎるなのだ。トランプで再現出来るというなら彼らの抱いた印象は正しいものだったらしい。


 何をこんなゲームに夢中になって。徐々に冷めていく自分自身を、遊人は感じていた。派手な見た目をしていれば、複雑で手間のかかったゲームなら、もっと楽しいはずだなどと遊人は思わない。ただ、こんな単純なゲームに本気で取り組んで、勉強や将来、現実で直面しているさまざまな問題のことなど一切忘れてしまっていた自分が急に腹立たしくなった。


 遊人の身勝手な変遷をよそに、片手で『髑髏と薔薇』の小箱を取り上げた喜子は、もう片手で人差し指を立てて尋ねた。


「では、それを踏まえた上で、一つ問題を出しましょう。フランスのゲーム会社が出版しているこちらの『髑髏と薔薇』、日本での定価は一体いくらくらいだと思いますか?」


 不意の問いかけに、卓の一年生たちはそろって首をひねった。ややあって、最初に手を上げたのは絵美だ。


「はい、佐々木さんどうぞ」

「百円くらいかな」


「やっす!」健二は大げさにのけぞって絵美を見た。「いくらなんでもそりゃ安過ぎんだろお前」


「えー? だってトランプだったら百均にいくらでも売ってんじゃん。二十四枚ならトランプよりカード少ないし、そんくらい安くてもおかしくなくない?」

「あー、まあ、確かにそうかもなあ」


 絵美の意見に秒速で説得される健二。反論の上がる気配がないのは、他の面々もその意見に概ね納得しているためだろう。と、一人難しい表情を浮かべる遊人に気づいて喜子は尋ねた。


「相楽くんはどうです?」


 遊人はまだ少し考えながら、自信なさげに答えた。


「五百、いや、千円いかないくらいじゃないっすか?」


「そりゃ、オメーたけーよ」健二はまたも声を張る。「トランプで遊べるってさっき先輩いってたじゃんか」


「いや、トランプだって高いのなら五百円くらいすんだろ。あと、UNOとかカードの麻雀とか、たしか千円くらいしたと思うし」

「でもトランプは色々できっけどこれはこれしかできないじゃん。それで千円は高くねーか? カードだってUNOより少ないし」

「う……確かに」


 健二らしからぬ論理的な物言いに、今度は遊人が返す言葉をなくした。結局それ以外の回答は出てこず、一同は誰からとなく先輩に視線をやる。


 喜子は頭を振って答えた。


「いい着眼点ですが、残念ながら皆さんはずれです。正解は、出た時期にもよりますが、平均すると確か三千円を少し超えるくらいだったと思います」


「三千!?」一際大きく声を上げたのは健二だった。「たっけー。ナゴドの外野席よりたけーじゃん、なあ」


 健二はばしばしと隣の遊人の肩を叩く。うざいリアクションだと思ったが内心の驚きは遊人も同様だった。そしてそれは、卓を囲む一年生全員に言えることでもあった。行き交う視線、喉元まで出かかる声。いずれも喜子が明かしたこのゲームの値段が彼らの想像を大きく上回っていた事実を分かりやすく表現している。


 喜子は困ったように微笑んだ。


「まあその反応は自然ですね。普段この手のゲームを遊ばない人からすれば三千円は確かに高いと感じる値段でしょう。何度も遊べるゲームだとは思いますが、何時間も没頭して遊ぶゲームでもないですし、製作するのにだって、コンシューマーゲームのように、何十人ものスタッフをいくつものチームに分けてって感じで、お金をかけて作っているわけではないと思います」


 実のところ彼女が手にしているこの黒い箱絵のバージョンは絶版となって久しいプレミアものだった。今手に入れようと思えば定価の三倍くらいは覚悟するべきレアな一品だと告げたら、後輩たちは何というだろうか。微笑に混じる苦味を濃くしながら、喜子は「しかし」と続けた。


「しかし、実際にこの『髑髏と薔薇』は世界中で数多くのゲーマーに評価され、発売から五年以上経つ今でも根強い人気を誇っています。デザインを一新した新版が一度ならず出されている点からもその人気振りがうかがえることでしょう。内容自体は単純で、模倣しようと思えばいくらでも出来そうなほどお手軽なゲームであるにもかかわらず、このゲームはロングセラーを重ねているのです」


 箱を机上に置いた喜子は、一年生たちの手元からカードとコースターを回収し、一枚一枚丁寧に重ねて再び箱の中に収めていった。


「このたった数十枚のカードで構成されたシンプルなゲームは、私たちに二つのことを教えてくれます。一つは、面白いということには価値があるということ。そしてもう一つはゲームに、言い換えれば人が面白いと感じるものに必要なのは、手の込んだ仕掛けでも莫大な開発費でもないらしい、ということです」


 六人分の真剣な眼差しが、全て喜子に向けられていた。他の卓も似たような状況にあるのだろう。にぎやかだった実習室は、いつの間にか落ち着いた雰囲気を取り戻している。軽く周囲をうかがって、喜子も話をまとめに入った。


「それではそんなゲームを、とりわけ面白いゲームを作るのに必要なのは、いったい何なのでしょうか? そもそも面白いってどういうことなのでしょう? ゲームクラスはゲームという媒体を通してそれを学んでいくクラスです。興味がわいた方はぜひこのクラスを選択してみてくださいね。以上、スキルコースゲーム専攻クラスの友寄喜子でした。ご縁があればまたお会いしましょう。ありがとうございました」


 喜子は深々と頭を下げた。と、ちょうどその時、計ったようなタイミングで終業を知らせるチャイムが鳴る。頭を上げ、踵を返す喜子は、軽やかな足取りで他の卓についていた上級生たちと共に実習室を出て行った。


 再び壇上に立った金井先生が二分ばかり何かを話し、先生方によってプリントが配られる。コースの変更は今週金曜までなら可能だとか、そのようなことをいっているようだが、遊人の耳には入らない。


 遊人はすでに出て行った喜子の背中の幻を見ていた。受験にはもちろん関係ないはずだった。とにかく良い大学に入ってそれなりの会社に就職して、という具体性のない薄らぼんやりした将来設計にとって必要なものでは、どう考えてもないはずだった。


 それでも、喜子が最後に投げかけた疑問は、どうしようもなく遊人を惹きつけて止まなかった。彼女の言葉を借りるなら、その疑問に興味を引かれるこの気持ちにも価値はあるのかも知れない。何故なら遊人には、面白いとは何かを考えることが、どうにも面白そうに思えて仕方がないのだ。


 彼の胸の内に灯された小さな火は、太古の昔より人類を更なる高みへ上らしめてきた根源的な欲求である。ある学問の分野ではその欲求についてこう考えられている。それがあるからヒトは進化し、足りなかったためにチンパンジーは森を出られなかった。それは人類が共通して有する本性の一つなのだ、と。


 その欲求とは即ち、好奇心である。


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