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ゲーマーズHIGH!!  作者: 御目越太陽
非生産的な規則の中で
12/25

簡単なようで困難な二回

 一年生たちは改めて選んだ1枚を各自のコースターの上に伏せた。


 親となった遊人は思案する。1枚乗せてパスするか、薔薇の枚数を予想して宣言するか。パスするなら何を新たに伏せるか、宣言するなら何枚でするのか。少し悩んで遊人は決断した。


「4でチャレンジする」


 遊人の宣言で全員がわずかな緊張を見せた。


「6枚中4枚か」


 と、唇を尖らせる健二に、一人傍観の喜子が肯く。


「悪くない数字ですね」


 これを上回るには5か6で宣言しなければならない。これより低ければ誰かが4を宣言していたことだろう。無謀ではないが余裕とも明言し難い、確かにちょうど良い数字と言える。


 喜子の言葉を裏付けるように、絵美以下の五名は悩みながらもパスを選択した。遊人は早速自分のものからめくる。当然薔薇だ。次いで絵美、始、良太郎のカードを順番にめくっていく。薔薇、薔薇、薔薇。3枚続いてあっさりチャレンジが成功した。


「おぉ~いきなりチャレンジ成功ですね~」


 ぱちぱちと、いささか空しく喜子の拍手が響く。


「んだよ、俺のめくれって」


 健二は自身の伏せた鷲のカードを表にした。説明の時と同様、髑髏の柄が露わになる。悔しそうな健二だったが、遊人がめくろうと考えていた候補の中に健二のカードは含まれていなかった。健二だけがパスを宣言する時ほとんど間を空けずに答えたのを覚えていたのだ。


「成功したってことは、もう一回遊人が同じことすればもう終わり?」


 絵美に問われて喜子は肯いた。


「そうですね。あ、相楽くんはコースターを裏返して黒い面にしてください。全員がさっきと同じように1枚ずつ伏せたら今チャレンジを行った相楽くんからまた手番開始です。それから坂井くん、チャレンジでめくられたカード以外は表にする必要ないんですよ」


「? 何か意味あるんすかそれ?」


 喜子は明日香の伏せる猫のカードを指して答えた。


「さっき彼女が伏せていたカードがどっちだったか分かりますか?」

「分かんないっすよ。めくられなかったし」


「そうです。分かんないんですよ」喜子は口角を上げて肯いた。「さっきのカードが薔薇だったら、今度は気分を変えて髑髏かも知れない。逆の場合もありえるし、二回続けて髑髏を出してくる可能性もあります。どっちだったか分からないから判断の当てがなく、難しいんです。結局はめくってみるまで分からないんですけど、どんな顔や仕草で何を何回出したかって情報は以降のラウンドできっと重要な判断材料になります。だから、相手に与える情報は少ない方が良いんですよ」


「でもそんなのさあ、遊人がまたぱぱっと成功させて速攻でゲーム終わったら意味なくない?」


 口を挟んでくる絵美に、喜子の口角はさらに意地悪く上がった。


「確かに、そうなったら仰るとおりですけどね」


 喜子が意地悪く微笑んだ意味を、遊人は実感をもって理解した。あと一回の成功で勝てる。そう思えばこそ、パスはしたくない。したくないのだが……。


 遊人は考える。ならばいくつを宣言するのが良いだろうか。さっきと同じ数字を宣言、これは通らない可能性が高い。初回と違って今はあと一回で勝ち抜けするかも知れないプレイヤーがいるのだから、それを阻止するために髑髏の割合が多くなっているのは間違いないだろう。極端な話、遊人以外全員髑髏かも知れないのだ。


 ならば1を宣言してみるか。他全員が髑髏なら誰にも邪魔されることなくそのまま勝ちが確定する。しかし、万が一薔薇を出している者がいたら2を宣言されてあっさりチャレンジを通されてしまう。流石に3で吊り上げる勇気はない。良くて2、最悪1が今の相場として妥当なところだ。


 2か1か、それなら、


「2だ」


 誰かに宣言を取られるより自身で選んで失敗する方を遊人は選択した。自分のものを抜かして五分の一で薔薇を引けばいいのだからそれほど難しくもない。遊人はこれがベストの数字だと確信していた。


 絵美はパスをした。始、良太郎も続けてパス。明日香は少し悩む素振りを見せたが結局パスを選んだ。ところが、次の健二が高らかに、


「3!」


 と宣言したことで遊人の予定は狂う。髑髏が多いと確信している状況で4を宣言するわけにもいかず、遊人も結局パスを選んだ。


「また自分で髑髏伏せてんじゃないの?」


 絵美の挑発に対して健二はドヤ顔で鷲のカードをめくる。薔薇だ。


「なめんじゃねえ。二回も同じ失敗するかよ」


 迷いのない動作で遊人のカードをめくる。当然これも薔薇。一同がやられたと思う中、彼の手は明日香の伏せた猫のエンブレムへ伸び、カードを表に返した。


「オラァ、3枚目じゃい! ……って、あれ?」


 明日香の髑髏を見て健二は固まり、同時に遊人らは感嘆の声を漏らした。見守っていた喜子もこれには唸る。


「これはお見事でしたね。私も完全に安牌だと思ってました」

「んな! 何だったんだよさっきの間は? お前髑髏伏せてんだったら悩む必要なんかなくね?」


 詰め寄る勢いに怖けながら、明日香は何故だか申し訳なさそうな声で答えた。


「だって、あーすれば誰か引っかかってくれるかなと思って」


「う~わマジかよ、完全にお前の思い通りじゃんか俺」のけぞる健二は天を仰いだまま両手で顔を隠した。「超恥ずい、まんまと乗せられちゃってもう」


「いやー、今のは彼女の作戦勝ちでしたよ」


 苦笑する喜子が健二のカードからランダムに1枚を抜いて箱に戻す。健二の悪態ももっともだが、結局喜子の言葉が正解だった。健二がチャレンジを横取りしなければ遊人が明日香から髑髏を引いてペナルティを受けていただろう。健二の「3」宣言も予想外なら明日香の髑髏も想定外の出来事だ。もう一回のチャレンジ成功は案外難しいのかも知れないと遊人は思った。


 失敗はしたものの、親番を手にすることになった健二。彼はその後も果敢なチャレンジを止めなかった。


「4だ!」


 と、スタートから宣言してチャレンジに移行し、4枚目にめくった明日香のカードでまたも髑髏を引いてしまうも、


「今度こそ5!」


 と、次のラウンドでもいきなり大きい数字を宣言。二度の失敗に警戒して明日香のカードを避けたのが功を奏したのか、これが成功し、手札を2枚に減らしながらも遊人と同じくリーチをかける。


「おっしゃ、リーチ!」


 力強いガッツポーズで喜ぶ健二は連続四度目の親番でも強気の姿勢を変えない。皆が一枚ずつ伏せるのを確認するや、いきなり「5」を宣言した。このまま一気に逆転してやる。たった一度だけとは言え、チャレンジを成功させた自信が彼を大胆にしていた。


 しかし、この宣言に絵美が「6」と被せる。


「強気な数字ですけど、大丈夫ですか?」


 喜子の問いに絵美は答えた。


「どうかな。まあ、パスばっかじゃつまんないし」


 このままこいつに勝たれてもむかつくしね、と続く本音は口に出さない。


 最大の数字が宣言されたのでチャレンジ権は絵美に移る。絵美は自分のカードをまずめくり、次いで健二のカードもめくって薔薇を2枚出した。


「6は無理なんじゃないかな~、無理だと思うな~」


 健二の煽りを無視して、絵美は良太郎の伏せる牛の頭骨に手を伸ばす。めくったカードは髑髏だった。


「あ~あ、やっぱ無理だって6は」

「うっさいな、さっきから」


 チャレンジは失敗し、ペナルティで小悪魔のエンブレムから一枚が抜かれた。しかし絵美にめげた様子はなかった。残りの三枚を検めると一枚を伏せながら喜子に尋ねる。


「で、またあたしからでしょ? 今チャレンジしたし」

「ええ、そうですね。皆もう伏せてますし、どうぞ、チャレンジかパスか」

「そんなの行くに決まってんじゃん」


 絵美は一同の顔を、取り分けリーチが掛かってる遊人と健二を眺め回して、挑戦的な微笑で宣言した。


「4」


 六分の四枚。遊人が一度成功させたこともあり、難しい数字でないことは確かだ。しかし、上を行こうとすれば難度は格段に上がる、やはり宣言者以外にとっては嫌な数字である。


「どうするよ」


 しばし流れた静かな時間を、健二の一言が終わらせた。始はパス。良太郎もパス。明日香もパスして、健二も少し悩む姿を見せながらパスを選んだ。


 手番が回ってきた遊人は一度もチャレンジに失敗していないので、ここで強気に5を宣言して勝負に出ても良い。仮に失敗しても健二より1枚多い状態で次のラウンドを始められるし、絵美のチャレンジを邪魔出来る。


 私なら勝負に出る、と心の中で思いながら、喜子は悩む遊人の選択を見守る。


 しばしの間を置いて、彼が選んだのはパスだった。


「じゃあ、4であたしのチャレンジね」


 深く息を吐いた絵美は、まず自分のものをめくり、次に遊人の伏せた狼のカードへ手を伸ばす。薔薇だ。


 残りは四枚中二枚。大きく息を吸い込み、少しの間止めていた手を矢継ぎ早に動かして、始、良太郎のカードを一気にめくる。薔薇、また薔薇と宣言どおり四枚が表になった。チャレンジは成功だ。


「よっしゃーいぇーい」と手を叩く絵美。


 小さなどよめきとまばらな拍手、それに健二の「いきやがったか」と言う悔しげな声が彼女の健闘を称える。


 絵美のコースターも裏返り、これで6人中3人がリーチをかけている状態となった。手札の枚数で言えば4枚すべて保持している遊人が一番有利に思えるが、二本先取で即勝利のこのゲームにおいてはその差も大した意味をなさない。


 再び親となった絵美はリーチをかけている者のプレッシャーなのか、少し悩んでいる様子だった。


「う~ん、4……いや、3でもいいか。うん、3で」


 前回、前々回とは打って変わった弱気な宣言でラウンドが始まる。続く始がすぐに4で上げ、良太郎と明日香はパスをして、健二も渋々と言った様子でパスを表明する。


 再び遊人の番が回ってきた。くしくも宣言されているのは前回と同じ数字である。


 前回は絵美が4を宣言して、そのままチャレンジを成功させたが、実際には5でもいけたのかも知れないし、6で成功させることだってできたのかも知れない。確証などないのだから、一か八か、賭けに出てもいいはずだ。成功すれば即勝利。失敗しても失うのはたかがカード一枚じゃないか。そもそもこんな場面で勝負に出れないやつにチームの頭が務まるのか。直感と予測、さらにはゲームの設定まで、あらゆる状況が遊人の背中を押している。


 ところが、遊人は今回も勝負に出なかった。


「……パ、ス」


 消え入りそうな声で言ったそばから遊人は溜め息を吐いて目を閉じた。これでいい、これでいいんだと、尾を引く後悔の念を無理やりに断ち切る。始のチャレンジが成功するとは限らない。仮に成功したとしてもまだリーチになるだけだ。


 ――大丈夫、大丈夫。まだまだ、慌てるような時間じゃない。


 と、そこまで考えて遊人は気づいた。このラウンドの親である絵美にはまだ数字を宣言する権利がある。もし彼女が5か6を宣言して二回目のチャレンジ成功させてしまったら、そこでゲームは終わりだ。


 遊人は慌てて絵美を見た。しかし、遊人の不安に反して絵美はあっさりパスを選んだ。


 4の宣言が通り、始がチャレンジを行う。まずは自分の薔薇をめくり、そして当然最初の宣言者である絵美の小悪魔のエンブレムに手を伸ばす。


「え?」


 めくったカードを見た始はつい声を上げてしまった。自分で3を宣言しておきながら、絵美の伏せたカードは髑髏だったのだ。


「お前、誰も乗ってこなかったら自爆だったぞ、それ」


 健二の言葉に答える絵美は得意げだった。


「まあね。でも乗ってきたし結果オーライでしょ」


「確かに、3は絶妙な数字でしたね」肯くことしきりの喜子は興奮気味にまくし立てる。「もしそれを通せば佐々木さんの勝ち抜けとなる状況でしたから、極端に低すぎず決して高すぎもしない3なら、誰かが吊り上げる可能性は高かったと思いますよ。リーチをかけていることを思えば、やはり絶妙、まさにちょうど良い数字だったと思います。素晴らしい判断でした」


 顔に微かな悔しさをにじませながら健二も肯く。実際誰も宣言していなかったら彼自身4で吊り上げるつもりだった。彼が伏せているカードは髑髏だったから、もし絵美か遊人が5以上で被せてこなかったらそれこそ自爆になっているところだったが、リーチが掛かってる者の4ならすんなりと通ることはないはずだと、健二も考えていたのだった。


 絵美の髑髏はその心理を逆手に取ったものだった。もし彼女の宣言が1や2のような極端に消極的な数字だったら、伏せた髑髏をめくらせるためにわざと上回りやすい数字を出してきたと疑われていただろう。逆に4や5と言った大きな数字を宣言していれば、危険すぎて誰もその数字を上回ってこなかったかも知れない。適度に積極的で、かつ上回ってチャレンジすることになった場合にそれほど難しくない数字。見逃せば勝ち逃げされる状況で、確かに3はベストな選択と言えた。


「盛り上がってきましたね~」


 初心者らしからぬ高度な戦いが展開されていた。見ているだけでいや増す臨場感に、喜子は唇を湿した。許されるなら自分も混ざりたい。うずうずと湧き上がる欲求が彼女の口を動かす。


「でも、忘れないでくださいね、皆さん。このゲームはあくまでも度胸試しのゲームです。相手に髑髏をめくらせるより、自分が薔薇をめくって勝ち抜ける方がずっと早いんですよ」


 さりげない風を装った喜子の言葉は、先ほどからすっかり存在感をなくしている遊人へ向けられたものだった。


 遊人は表情を変えなかったし、肯きもしなかった。ただ、自身の不甲斐なさを痛感して知らず下唇を噛んでいた。一番早くリーチをかけていたはずなのに、白熱する勝ち抜け争いに全然参加出来ていない。歯がゆい現状が彼に羞恥を抱かせる。


 喜子にアドバイスされるまでもなかった。遊人はゲームが始まって以来一度も髑髏を出していなかった。いつでもチャレンジに行けるようにし、最速最短で二回成功させて勝つ、それだけを狙っていたのである。


 にも関わらず、親が健二に移った辺りから彼が宣言を行ったことは一度たりともなかった。宣言したかった数字を取られてしまった。このチャレンジを成功されてもまだリーチだから大丈夫。自分に言い訳をして、何度勝ち抜けのチャンスを逃したか知れない。


 最初のチャレンジで収めた成功が、後一回で勝てるかも知れないという気負いとなって、彼を必要以上に慎重にしているのだ。


 彼が感じる不甲斐なさとはそれだった。失敗を恐れるのではなく、失敗すると言うことをそもそも考えないような以前までの遊人なら、こんな状況は考えられない。思慮が浅いと言う短所は決断が早いと言う長所の裏返しでもある。以前の彼なら直感と運を信じ、多少の傷など恐れることなく、果敢に勝負を挑んでいただろう。実際今だって本質は変わっていなかった。その証拠に、彼は早々に方針を決め、実行に移し、誰よりも早く一度のチャレンジを成功させているのだ。


 ただ、今の彼にはそれを持続する勇気がとことん欠けていた。


 それを失ったきっかけは、遡れば受験の失敗にあった。あの挫折は遊人に否定できない現実をつきつけ、楽天家の心に影を作った。


 本当にいいのか。この決断は間違いじゃないのか。


 今までは考えが及ばなかった部分を今の遊人は考えるようになっていた。元が短絡思考の彼に筋道の立った論理の組み立てなどできるはずもなく、これといった結論も出ないまま考えるだけ、成功の二文字は遠ざかっていく。


 どうするべきかは遊人にだって分かっていた。簡単な話である。下手な考えを止めればいいのだ。今までどおり「何とかなるっしょ」でとりあえず行動して、後は野となれ山となれ。そう思い切ってしまえばいい。それだけだ。


 ところが、たったそれだけのことが遊人にはどうしてもできなかった。その理由はこの『髑髏と薔薇』のゲーム性にあった。


 『髑髏と薔薇』は心理の読み合いが主体のゲームである。どのカードを伏せるのか、何枚宣言するのか、全てを各自の判断で決めるため一回のラウンドの中にランダム性は皆無。ゲーム全体を通しても運の要素はほとんど絡まない。そのため、運を頼みとする遊人にとってはとにかく相性が悪かった。運が良ければ勝ち、悪ければ負ける、そんな系統のゲームなら遊人はここまで悩まなかったはずだ。自分の思考は信用できないし周りの考えることは分からない。日々募らせてきた自己への不信感が、遊人の決断をことさら難しくしているのだった。


 遊人の葛藤などお構いなしに、ゲームはペナルティで一枚抜かれた始から再開された。


 チャレンジ失敗に萎縮してしまったのか、始はこのゲームが始まって以来初となる手番のパスを選んだ。カードを一枚重ねると、親は左隣の良太郎へ流れる。


 すると、親番が回ってくるや、良太郎は即座に宣言した。


「4」


 全員がゲーム中に何度も聞いてきた数字だ。さらに言えば計三回の成功のうち、二回は4だった。宣言するのにはちょうど良い、そう良太郎は判断したのかも知れない。


 しかし、左隣の明日香がすぐさま、


「5」


 と、吊り上げる。立て続けに健二も、


「6だ!」


 と、宣言。あっという間に数字は上がり、遊人の番となった。


 始が一枚多く伏せているから最大は7。今ならそれを宣言してチャレンジ権を自分のものにすることができる。遊人は一瞬だけ考えた。そして7を宣言しようと思った。6で健二にチャレンジさせるわけにはいかない。7を絵美に渡すわけにもいかない。ならば答えは明白だ。


 一瞬の思考は閃きと同じ、感性によるものだ。故に不安定な自我がそれを妨げる。


 7枚全部、本当にいけるのだろうか。これまで最大を宣言したのは絵美だけだ。そのチャレンジは3枚もめくらないうちに失敗した。あの時よりもリーチが増えている状況で、本当に全員が薔薇を伏せるのか。始にいたっては二枚も薔薇を。


「相楽くん」


 喜子の声で、遊人は我に返る。また埒もない思考に没頭していたらしい。周囲の、特にリーチがかかっている両サイドからの視線が痛い。


 喜子は改めて尋ねた。


「どうしますか? 挑戦しますか? 降りますか?」


「……」


 7、七、なな。その、たった一言が出てこない。負けるかも知れなくても、勝負するべきだ。本能が彼にそう告げていた。そして恐らく、それは正しい。正しいはずなのに、理性はその声を否定している。負けると分かってて、勝負する意味はあるのか。放っとけば健二、いや多分絵美が、どうせ失敗する。きっとする。でしゃばってしくじったら、また恥をかくだけだ。冷静に考えて分が悪いのは、絶対7を宣言して全部めくることだ。降りろ。逃げろ。勝負するな。仕方ないさ、今回は運が悪かった。


「……降ります。パスです」


 遊人は眉間に皺を寄せ、搾り出すように答えた。直後、対照的に軽い調子で絵美が続ける。


「あっそ。じゃあ、あたし7で」


 いとも容易い宣言には卓が小さく沸いた。


「はいはいまたパーフェクト宣言ですか。止めときゃいいのに無理なんだから。いくらなんでも7枚全部はなあ、なあ?」


 健二は同意を求めるように問いかけた。向かいの席の3人はなんとも答えづらい様子で曖昧に肯いたり首をひねったり。遊人は難しい表情のまま黙って否定も肯定もしない。


「うっせーっての。やってみなきゃわかんないじゃん。ねえ、先輩」

「まさにその通りですね。じゃあ佐々木さん、早速チャレンジ、いっちゃってください」


 喜子に促され、絵美はまず自分の薔薇を表にした。立ち上がり、続けて反時計回りに遊人、健二、明日香、良太郎のカードをめくっていく。全て薔薇だ。残りは始の伏せた2枚のみ。


 と、緊張感の漂う空気の中、喜子が少しずれた注釈を挟む。


「おっと忘れてました。重なってるカードは必ず上からめくってくださいね。上のほうが髑髏っぽいから下だけめくるとか、そういうことはできませんので」


「どっちみち全部めくるんでしょ?」と、怪訝そうに返す絵美。


「まあ、今回はそうですね。最大値の宣言でしたから関係ないです。もし、坂井くんの6が通ってチャレンジとなっていたら考慮する必要があるルールでした。ちゃんとしたルールは周知しておいた方がいいかと思いまして」


 喜子は軽く咳を払って気を取り直し、絵美に尋ねた。


「さて、残りは2枚ですから、一気にめくっちゃいますか? 手っ取り早いですし」

「オッケー、良いよ」


 絵美は始のコースターの上から重なっている二枚のカードを取り、一枚ずつ両手に持った。一つ大きく呼吸して、


「せーの、どうだ!」


 と、同時にめくる。黒い背景に地味な色合いの葉っぱの縁取り。その中心に髑髏の白は――ない。描かれているのは双方とも、暗く褪せた緑色の薔薇だ。


 瞬間的に上がるどよめきと共に、絵美は高く拳を上げた。


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