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ゲーマーズHIGH!!  作者: 御目越太陽
非生産的な規則の中で
10/25

再会

 遊人と健二が時間ぎりぎりになってやって来た時、実習室はすでに人で一杯だった。見覚えのある顔がちらほら窺える。いずれも同じデザイン科に属する隣のクラスの生徒のようだ。男子連中とは体育の授業が一緒なので見知った者も多かった。


 室内は壁側を一組、窓際を二組の生徒にそれぞれ割り当てられているらしい。二人は自分たちのクラス側に空席を見つけて腰を下ろした。


 着席と同時に隣席から舌打ちが聞こえる。頬杖をついて顔を背けるのは未だ機嫌を損ねている様子の絵美だった。出席番号順に並んで座っているため、ホワイトボードの方を向けば彼女にとっては見たくもない健二の坊主頭が遊人を挟んで嫌でも視界に入るのだ。


 気まずい空気を感じて絵美の方を見れなかった遊人の目は、自然と実習室へ向けられる。遊人がこの実習室に足を踏み入れたのは二度目だった。一度目はもちろん夏休み前の球技大会の日、金井先生に誘われてよく分からないままゲームをしたあの日だ。この実習室は正確には第三実習室というらしい。第一と第二がどこにあるのか遊人は知らない。


 以前は気づかなかったが、室内は思いの他広く感じられた。片側三人掛け、一卓六人で座る大きめの机が二クラス分。八十人余りでもあぶれず席につく余裕があるところ、普段の教室より2倍くらいは広い造りなのかも知れない。


 やがて六時限目の始まる時刻となって、両組の担任と副担任ほか数名が姿を現した。徐々に私語は減り、全員の口が閉じるのを確認すると、一組の担任吉水先生は切り出した。


「はい、ご苦労様。じゃ、聞いてると思うけどもコース説明ね、するから。一通り説明終わったら最後に用紙書いて、今度からこの時間は専攻に分かれて授業を行っていくことになるので、ええ」


 吉水先生はなんとも気の抜けた調子でいい、次いで壁際に並ぶ同僚一同に尋ねる。


「で、どこからやりましょうか? アートから? 良いですか?」


 先生はしきりに肯いてペンを手に取った。ホワイトボードに何やら文字を書いていく。どうやら彼がアートコースの担当者らしい。


 遊人は聞くともなしに聞いた。アートの吉水先生は希望者の数にかかわらず実技試験を実施する旨を説明し、スキルコースグラフィック専攻クラスの前田先生は教材で絵の具などの消耗品を購入する必要があると注意して、Web専攻クラスの岡本先生は全校の中で一番進学と就職の率が高いことを強調した。しかし遊人にはもとより興味も関心もない話だ。どの説明も右耳から左耳へ抜けていく。


 最後にゲーム専攻クラスの金井先生が登壇した時、遊人はつと眼を逸らしてしまった。金井先生から専攻の話を聞くのは二度目である。球技大会の日に生意気な態度で先生の話から逃げてしまったことを思い出してきまりが悪くなったのだ。


「あー参ったな」金井先生はホワイトボードの上に据えられている時計を見ながら頭をかいた。「皆さんが巻くから僕だけであと三十分は持たせなきゃいけなくなった」

「先生も巻けばみんな早く帰れてWin-Winっすよ」


 健二の野次に小さな笑いが起こる。いやいやと首を振りつつ金井先生も苦笑して答えた。


「そうゆうわけにはいかないんだよ。一応これも授業時間に含まれてるから」


 先生は小さく咳を払って気を取り直し、改めて生徒一同に向き直った。


「さて、この中でまだコースなりクラスなりの選択を決めかねているって人はどれくらいいますか?」


 何人かの生徒が手を上げた。遊人は専攻を決めたわけではなかったが、手を上げなかった。先生は肯いて続けた。


「今手を上げている人たちなんかは、とりあえず用紙にゲームと書いて出してみても良いかも知れません。アートやグラに行くほど絵に関心がなかったり、Webに行ったもののプログラミングやコーディングの素養がなくて授業についていけなかったり。ゲームクラスはそういった人を受け入れ、無事卒業まで導くクラスです。まあ、いい換えるとデザイン科のセーフティネットみたいなところですね」


 挙手していた生徒たちは自然に手を下ろしていった。何ともいえない表情で互いに顔を見合わせる。ゲームクラスは他のどこにも属せなかった落ちこぼれが行く掃き溜め。そんな印象を抱いたのかも知れない。慌てた副担任の北条先生が登壇者に苦言を呈した。


「金井先生、その言い方だと印象悪いですよ」


 金井先生はまた咳を払って続けた。


「もちろん、うちだけの利点、強みもありますよ。特別な技術や知識、能力をゲームクラスは必要としません。ゲームという遊びは、本来人を選ばない娯楽ですから、普段ゲームを遊ばないという人が入っても学べることは多いと思います。それと、一部の言語だけならゲームクラスにも指導してくれる先生がいらっしゃるので、プログラミングを学びたい人で課題や成績に追われたくない人はゲームクラスを専攻してみるのもいいでしょう」


 先生はポケットに片手を突っ込んで頭上の時計を振り返った。話し始めてから五分も経っていない。終業までは軽く三十分強の時間があった。


 金井先生は周囲の先生方を見、苦笑したまま肯いて言葉を続けた。


「正直これ以上話すこともないんだけど、せっかく時間も余ったようなので、内容についてもちょっと触れてもらいましょうか」


 先生が出入り口の戸を開けると、現れたのは遊人らと同じ制服だった。各々小脇に何やら色んな道具を抱えて、十名ほどが教壇の前に整列する。上履きの色から二、三年生であることが分かった。遊人はその中に一人、見知った顔を見つけて思わず口を開けた。


「授業の雰囲気を体験してもらうために来てもらいました、ゲームクラスの先輩たちです」


 言って先生が促すと、二、三年生たちは各々手近な机に向かっていった。遊人の知る人物は相変わらず野暮ったいポニーテール、というより江戸時代の浪人のように雑にまとめた後ろ髪を背中で揺らしながら迷わず彼の座るテーブルへやって来た。


「お久しぶりですね、相楽くん。球技大会以来ですか」


 友寄喜子先輩は掌大くらいの小さな箱を机に置いて挨拶した。名前の示すとおり、喜びの感情が顔いっぱいに表れている。


「はあ、どうも」


 答える遊人の表情は対照的だった。自然に振舞おうと思っても難しい。彼女の笑顔を見ていると、胸のもやもやが一層大きくなって今にも口から飛び出そうになるのだ。


「何? 知り合いなん?」

「はい。お友達です」


 健二の問いには喜子自身が答えた。遊人の見解とはずれた答えだったが、反論する隙もなく喜子はお決まりの自己紹介を始めた。


「デザイン科二年二組、スキルコースゲーム専攻クラスの友寄喜子。友達が寄ってきて喜ぶ子供で友寄喜子です。よろしくお願いします」


 同じ机につく一年生たちはまばらに拍手して顔を見合わせた。「こっちも自己紹介する流れ?」と目顔で確認し合う。


 しかし、頭を上げた喜子は後輩たちの気遣いを手で制して話を続けた。


「はいはい、皆さんはお互い良く知ってると思うので自己紹介は省きまして、本題に移りましょう。今日は短い時間ですが、ゲームクラスの授業ってこんな感じだよ~っていうのを体験してもらおうと思います。まあざっくりですけど、実際の授業はこんなフリーダムな感じじゃやりませんけどもね」

「ってことは、ゲームするんすか? 何系っすか? アクションなら俺得意っすよ。格ゲーでも野球でもサッカーでも」


 一人テンションを上げる健二に喜子は立てた人差し指を振って答えた。


「ノンノンノン、残念ながら今日やるのはそういった系統のゲームじゃあございません。モニターもハードもないでしょう? 普段アプリとデジタルの授業は別の実習室でやってるんですよ」


 健二は元気よく上げていた手をゆっくりと下ろして首をひねった。


「じゃあいつもは何やってんすか、ここで?」


 待ってましたとばかりに喜子は肯く。机上に置いた黒い小箱を顔の横まで持ってきて通販番組の販売員のようなしぐさで答えた。


「その答えはこちら、アナログゲームですよ」


 何故だか遊人は気恥ずかしさを覚えて、はしゃぐ喜子を正視出来なかった。子供の運動会や授業参観ではしゃぐ親を見ているような、そんな気分だった。


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