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活人鬼(後編)

 シロガネは屋敷の出口へと向かわず、ブレゲ・アームストロングの自室の前に立った。

 重たい木製の扉。『太陽神・ブレゲ・アームストロングの部屋。弱者は入るべからず』と掛札がつけられている。

 当然、リリーはその行動の意図が分からず、問いかける。

「ねえ、どうして逃げないの……!?」

 声を押し殺しながらシロガネに問う。だが、当のシロガネは黙ったままだ。

――まさか、そんなことないわよね?

 確信めいた疑問を、心の中で信じたくないと否定している。分かってはいる。分かってはいるが、理解したくない。

 だが、知りたいと言ったのはリリーだ。だから、シロガネを制止することはない。

「リリー……もし、キサマの暴走が激しくなった時。その時、オレはキサマを斬る。それがボスとの約束だ」

「血を吸えば、暴走は止まるんじゃないの?」

「止まらぬ。活人鬼が牙を生やすのは、血を吸うためではない」

 ならば、この牙はなんのためにあるのだ。だが、牙の本来の用途を考えれば、なんとなく分かってしまう。

 獣の首筋に食らいつき、獲物の命を絶命させるため。

「ブレゲ・アームストロング! そのお命頂戴するッ!」

 シロガネは扉を蹴破ると、ジャラジャラと金銭に戯れているブレゲ・アームストロングが驚き、立ち上がる。

「この太陽神・ブレゲ・アームストロングの屋敷に何用だ!」

 自称、太陽神ことブレゲ・アームストロングは室内にある十字架を模した槍を掴む。

「オレたちは活人鬼。キサマの悪行は我らの生活を脅かす」

「かつじん……? よく分からぬが、今日はついているぞ! 吸血鬼が三匹も揃ったわ! わはははは!」

 その吸血鬼の内、二人が牢屋から抜け出しているのは問題ないのだろうか。

 シロガネは吸血鬼の否定も、活人鬼に関する説明もせず刀を構える。語る言葉を持たないという奴か。

「対魔師Sランク、ブレゲ・アームストロング。キサマは庶民たちを散々虐げ、キサマの屋敷内で壊れるまで働かせ、勝手な私罪で庶民を殺害する暴挙などの数々の罪を犯した。裁判において関係者全てを買収し、その罪を逃れた。また、アームストロングなる貴族を殺害し、今の地位と金銭を得た! 相違ないな!?」

「相違ない? ふはははは! 笑わせるな! 世間一般に知られていることだろう!」

「キサマの悪行……確かに自白をとったぞ!」

 なぜこの男、ブレゲ・アームストロングはこんなにもあっさり罪を自白したのだろう。

 リリーは疑問に思った。

「所詮、自白をとってもワシには手出し出来まい! ワシには大量の金がある! 太陽に人間は近づけんのだ!」

「キサマ……! キサマのせいで、幾多の血が流れたと考えているッ!」

「ワシを崇める弱者には歓迎だ! だが、ワシに逆らう弱者はワシには必要ない!」

 金で言うことを聞かし、聞かぬ人間は殺害する。

 なんと恐ろしい男だ。

 それだけこの男は金という力を持っているということか。自白しようが、証拠を固めようが、全てをひっくり返せるほどの力を。

「それで貴様に何ができる! ワシを警察組織に突き出すか!? いいや、太陽神には叶うまい! 対魔師協会もワシを崇めておる! いいか、良く聞け!」

 ブレゲ・アームストロングは拳を天に掲げる。リリーはなんとなく、爆発音が聞こえた気がした。

「ワシが龍を目指すのではない! 龍がワシを目指すのだ!」

 どどーんと火花が吹いた気がした。

――言っている意味が分からないわ。

 龍とは強者を意味し、多くの強者が頂点たる太陽、即ちブレゲ・アームストロングを目指すということか。

――真面目に考えたら頭が痛くなったわ。

「……キサマが救いようもない妄想野郎であることは相分かった」

「なんだと! 黙って大人しく聞いておったら好き勝手言ってくれおって!」

「オレたちは活人鬼だ。キサマの悪行を正し、弱者を守るため、呪われた一族」

「ふはははは! ワシの悪行を正すだと? この場において悪は貴様だ! 吸血鬼風情め!」

 ブレゲはモタモタした手つきで槍を構える。

「弱者は太陽を崇めなくてはならんのだ! それの何が悪い!」

 ブレゲは槍でシロガネを突こうとモタモタと走る。

 武器の長さに差のある剣と槍では、剣の方が分が悪い。単純に剣は槍に届かないから。

 だが、シロガネは迫る槍を相手に刀を納刀したままだ。

「抜かせずに斬る。掴ませずに斬る。座して、呼吸を合わせる――」

 ぶつぶつと呟き、槍が迫るその瞬間まで瞑想しているように見える。

 牙と爪が生えてリリーの感覚が研ぎ澄まされているのか、ブレゲとシロガネの動きが、色のついた写真のように目に映る。攻撃的な本能を剥き出しにする敵と、一切、動かぬ不動の達人が相対する光景。

「ゆえに――居を合わしてこそ、居合いッ!」

 それは、瞬間的な出来事だった。

 極限まで戦いへの本能を削ぎ落としていたシロガネが、本の瞬時のみ、戦闘素人のリリーにも分かるほど鬼の気迫を見せ――気がつけば、シロガネはブレゲ・アームストロングの背に立っていた。

 抜いたことも気づかせぬ、いつ臨戦態勢に入ったのかも分からせぬ剣術、居合い。抜かせず、触らせずの技術。鞘に入った非戦闘状態から、相手が戦闘状態に入る前に倒す戦い方。いつ、斬ったのかも悟らせない恐ろしい刀を、シロガネはゆっくりと鞘に戻していく。

 しかし、ブレゲ・アームストロングは笑っていた。

「言ったであろう! 太陽は空の彼方にあるのだ! 貴様のような弱者に触れることもできんわ! このワシの太陽にはな!」

 衣服の下に鈍色の格子が見える。リリーにはそれが、そんなファッションの模様だと思ったが、どうしてシロガネの刃が通らないのか。

「……鎖帷子チェインメイルか!?」

 ブレゲ・アームストロングは誇るように胸を叩いた。

 鎖状の鎧は刃物による切断を無力化すると聞く。

 シロガネの居合い術と、刃物による切断とは相性が悪いというわけだ。

「ふはははは! 貴様のような吸血鬼小僧の対策なぞ十分とっているだけのこと! 何度でも言う! ワシは太陽神! 圧倒的強者! 貴様ら吸血鬼など、灰になって消えてしまえ!」

 刃の切断を無力化する鎧に身を任せ、槍を再び構えるブレゲ・アームストロングを前に、リリーはシロガネに寄った。

「シロガネ、もういいわ! 私はそんなに怒ってないから、だから帰りましょう!」

「ダメだ! 逃げることは出来ぬ!」

「どうして!? 黙っていたけど、もう無理よ! どうして殺す必要があるの!?」

「キサマを元に戻すには、キサマらの呪いを解放するには。悪を斬らねばならぬ」

 それがシロガネが言っていた、活人鬼たちの悪行を正し、弱者を守る行為なのか。

「あなたの気持ちは分かったわ。けど、そんな殺人犯みたいなこと、私は嫌よ!」

「……刀を持つからには、その使用用途は自ずと殺人に限られる。それに、殺さねば救えぬ人間がいる! おいそれと逃げ出すわけにはいかぬのだ! でなければ……この男は気に入らぬ人間を殺す悪行を続けるであろう」

 リリーを一目見るシロガネ。彼とは幼なじみで、全てを知っているようで、何も知らない。

 だから、彼が何を経験して、どんな気持ちを抱いているのか、想像も出来ない。

「ワシを無視して話をするな!」

 ブレゲ・アームストロングは槍を持って突っ込んでくる。

 その無駄な十字架を、シロガネは鞘で受け止めた。

「ほう、吸血鬼! 剣を抜かんのか!」

「抜く時は悪魔との契約時であるがゆえ。オレが悪に染まるのは、剣を抜いた一閃の刻のみと決めている」

 斬るときだけ悪になる。だから、普段は刀をしまう。

 シロガネなりの流儀だろうか。殺すことになぜルールが必要なのか。殺す必要があるのか否か。リリーにはまるで分からない。

 けれども、分からないなら、知りたい。

「シロガネ、分かったわ。私が倒してみせる」

「……なんだと?」

 受け止められないハズの突いた槍と、戦う意思を封じた鞘にしまった剣。この二つによる不思議な鍔迫り合いの中、リリーは立ち上がった。

「ほら、今の私って、言うならばそう、活人鬼モードじゃない? そしたら、強くなってそうだもん。なんか、そんな気がする」

「バカな。そんな根拠のない理由で……何も知らぬ姫如きが、何を成そうと……!」

「シロガネ、教えて欲しいの。ヴェルモンドが何をしているのか。私は何者なのか」

「昨日まで囚われの姫をしていた者に、殺しが出来るか! キサマには殺しは早すぎる!」

「殺して、救える人がいるんでしょ?」

「ウ、ウム。しかしながら、キサマに教えるのは、あくまでヴェルモンドが何をしていたかであり、キサマは殺しに関わる必要はない! 悪に染まるのはオレだけで十分だ!」

 シロガネは鞘で槍を弾くと、あっという間に剣を抜き、ブレゲ・アームストロングを斬り抜ける。

 再びブレゲの背に立つシロガネだが、それでも鎧のせいで怪我の一つも負わすこともできない。

「無駄だと言っているのが聞こえんのか! 吸血鬼は太陽に勝て――ん?」

 ブレゲが背に振り返ろうとしているが、動かない。

 それもそのハズだ。

 リリーが、槍を掴んでいるから。

「小娘! バカな! このワシは強者であるぞ! ワシの槍を掴もうなど、一億年早いわ!」

 ブレゲ・アームストロングは槍を捻ったり、引っ張ったり、逆に押したりしているが、ビクともしない。リリーは片手で止めているだけだと言うのに。

「リリー! キサマ、まさか暴走しているのではなかろうな!」

「暴走ならとっくにしてるわよ! こんな殺し合いの場に参加させられて、殺しの手伝いなんかしてるもの!」

「確かにそれもある種、暴走とも言えるが――どうして、キサマにそんな力がある!? そんな力を発揮しながら、なぜ意識を保ってられる!?」

「知らないわよ! 活人鬼モードだからじゃないの!?」

「……分かった。だが、良いのか?」

 シロガネはゆっくりと剣を引き抜くと切っ先をブレゲ・アームストロングにくっつける。

「キサマも殺しの共犯になるのだぞ」

「でも、ヴェルモンド家はこんなことやっていたのでしょ? それに、私は手を下してないもの。あくまであなたが死なないように、槍を止めているだけ」

「ふっ。あくまで、殺しに加担しているのではない、か」

 何も知らぬ他者から見れば、きっと「一方が槍を手で捕まえて動けなくした後、もう一方の仲間が斬った」と十人中十人が答え、二人で殺した共犯だと言われるだろう。

「……ま、待てッ! 貴様には、太陽神の側近の位を与えよう! だから、その剣を下ろせ!」

 先ほどまで鎖の鎧で息巻いていた男の発言だと思えない変わりよう。

 どうして、さっきみたいに自信満々で刃物を躱せると言わないの?

 その疑問に答えるようにシロガネが口を開いた。

「“斬る”のには強い鎧でも、“突く”ことには無力な鎧では、どうしようもできなかろう」

「くぅ……! だから言っているだろう! ワシの側近にしてやろうと! 答えはどうなのだ!?」

「粛正を行う相手の言葉は聞かぬ」

「何だと! 太陽神と共に弱者から歓声を受け、そして、弱者をこの手で操ることができるのだぞ!? その権利を捨てると言うのか!?」

「キサマには分かるまい! 弱者がキサマのような連中に踏みにじられ、死んでいく痛みを! 我ら弱者の痛み、その命で支払え!」

 刃がブレゲ・アームストロングの腹部を貫き、反対側にいるリリーの目の前に現れる。

 ぬっと現れたそれに、恐怖を感じ、思わず目を逸らす。

「ぐおおおおおっ! 太陽神が倒れるなどあり得ん! 絶対にあり得ん! ワシは強者なのだ! 死してはならん、神なのだ!」

「……強者の使命は弱者を守ることにあり。キサマの欲望と妄想のため、死んでいった家なき同胞たちに呪われながら死んでいけ」

 シロガネが刀を引き抜くと、珍しい和紙を惜しげもなく血拭きに使い、刀を鞘に戻した。

 ブレゲ・アームストロングは床に倒れて……カーペット一面に血の染みを作る。

「活人。ゆえに、斬ることで救える弱者がいる。我々、ヴェルモンド家の家業は、この呪いによる正義の行使」

「呪い……殺しで人を救う、ね」

「そうせねば……ならぬのだ」

 シロガネはブレゲ・アームストロングの脇を通ると、リリーの両肩を掴む。

「キサマら活人鬼は吸血鬼の変異種だ。吸血鬼は強大な力の代償に陽の光やニンニクなどの多量の弱点を持つ。そして、活人鬼は……悪意に弱い」

「悪意?」

「キサマがいわゆる変身しているのには、理由がある。それは、吸血鬼にとって毒である陽の光を浴びたように、ブレゲ・アームストロングという悪意の塊が近づいたからだ」

「ブレゲ・アームストロングっていう太陽に近づいたからね……」

「…………」

「ぶ、ブレゲ・アームストロングっていう犯罪者に近づいたからよね!」

 太陽という言葉で眉間にシワを作らないでほしい。

「それで……私を元に戻すために、この男を斬ったの?」

「ウム。悪意など、抽象的な表現で、かつ千差万別。だが、この男は殺しておかねば、いずれは活人鬼たちが“当てられる”」

「つまり、太陽が吸血鬼を焼くのと同じだから、太陽を斬ったってことね?」

「……ウム。まあ、大体その解釈で相違ない」

 イライラしながらも、それに、とシロガネは続けた。

「この男は殺しておかねば、弱者が次から次へと食い物にされる。ゆえに、オレは斬らねばならぬ。すでに被害者の数は数十人にも上る。誰かが止めねば」

「……シロガネ」

「なんだ?」

「屋敷に帰ったら、お父様も交えてお話を聞かせて」

「良いのか? キサマの大層喜んだ自由への旅をもう終わらせても」

「……ううん。私、まだ自由な旅なんて出来てなかったわ。私はこの旅を普通の人間のように世界を見て、普通の人間のように世界を経験したいと思っていた。でも、私は普通の人間じゃない。何も知らないまま、旅を続けても、私は普通の人間のようには、世界を見られないわ」

 シロガネはしばらく考えた後、頷いた。

「良かろう。自分の正体をロクに知らぬのも気持ち悪かろう。それにオレたちの家業を知ったのだ。キサマにも何をしていて、それに加担するか否か、自由に決める権利がある」

「シロガネ……」

「ただし! 自由にも、己を知るにも、責任と覚悟がいる! それを忘れぬことだ」

「もう、覚悟は出来ているわ。だからこそ、こんな暗殺に協力してるんじゃない」

「…………」

「でも、必要なことなんでしょ? 殺さずに解決してほしいとは思うのだけども、私たちにはブレゲ・アームストロングみたいな人間は毒なんでしょ? そして、弱い人たちを助けるためにも」

「……案外、物分かりが良くて安心する。キサマは……知らぬ間にどんどん大人に近づいていくな」

「あなた、私と同い年でしょ」

 シロガネはリリーとは一度も顔を合わせずに、マネを担いで、部屋から出て行く。

 リリーは……シロガネから離れなかった。


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