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自由と不自由(後編)

 水の街は中心部に近づけば近づくほど、その名に相応しい幻想的な世界を見せてくれる。噴水が各所に設置してあり、水の無色透明と液体の性質を利用した様々なアートでリリーを感動させる。

 噴水から放水されれば、蛇をも連想させるようなヒゲの生えた龍が空を舞い、色を持った瓦斯灯が龍に命を与えていく。極彩色の龍は多くの通行人から時間を奪った後、噴水へと帰って行く。

「モタモタしている暇はないぞ。キサマがモタモタしている内に宿は次々と埋まっているのだ」

「分かっているわよ。でも綺麗なものを見ると心が奪われるものでしょ? あっ、あなたには奪われる心がなかったわね」

「ムロン、オレとて水に心を奪われる時があるぞ。一々余計なことを言う女の血で水を濁したらな」

 余計なことを言えば、ギロリと睨まれる。

 すぐさま話題を変えるため、考えていた作戦を始めた。

「あー、初めての旅で疲れたわー。もう一歩も外に歩けない。宿で一日中休んでいたいわ」

 これだけ言っておけばシロガネは宿から一歩も外に出なくなるだろうか。

 リリーが立てた作戦。それは宿に泊まった時、シロガネは間違いなく二つ部屋を取る。そして、リリーが一人になった瞬間を見計らって一人で外を出歩くのだ。

「そうか。身体に違和感はないか? 手足に血が巡ったり、こう……ムショウに喉が渇いたり」

「心配しているの? どうしてまた。不気味よ」

「べ、別に心配などしておらぬ。ただ、違和感を覚えたらすぐにオレに言え。すぐに屋敷に帰るぞ」

 これは、やはり心配しているのだろうか。妙な優しさと言うか、違和感を覚えさせるシロガネの態度はどういう意味なのだろうか。そんなにリリーの疲れを気遣っているのか。

「ええ、ありがとうシロガネ。頼りにしているわ」

 心にない感謝を述べる。

「……頼りにしなくても構わぬ。だが、必ず報告するように! キサマの怠け癖とロクでもない行動は目に余るからな!」

 そんなにリリーはロクでもない行動をしていたか。いや、結構な頻度で脱走を決行していたことを思い出す。その度にシロガネに見つけられては咎められていた。

「今度こそ何もしないわよ! ホントよ!」

「キサマの何もしないは、何かをすると言っているに等しいと考えているがな」

 何を失礼な。全くもってその通りなのだから、一々言わないでほしい。


 午後の――霧で隠れながらも――陽が頭上で輝く頃。宿は問題なく二つの部屋を取ることが出来た。さすがにシロガネと言えども男女同じ部屋を渋るわけにもいかず、別々の部屋だ。しかも運が良いことに二人の部屋は、数部屋ほど離れている。これならば表から抜け出しても問題なさそうだ。

 シロガネは今日宿泊する部屋の前で立ち、何やら思案している顔でリリーを見つめている。

「シロガネ。私はしばらく部屋で休むから、あなたも先に休んでいて」

「で、脱走の準備は出来たのか?」

「もちろんよ。あなたが休んだらすぐに街に行くわ」

「そうか」

 シロガネは何も言わずに部屋の扉を開けると一人で部屋に入っていく。

 さて、それではこちらも水の街を一人で――

「って、バレてるじゃない! どうしてよ!」

 なぜだ。いったい、いつ、どこでバレたのだ。

 ガチャリと扉が開くと、僅かな隙間からシロガネが呟く。

「キサマの行動パターンなど、すでに読めている。キサマが次に取る行動は窓からの脱出だろう」

「くっ! そこまで読めていながら止めないの!?」

「止めているだろうが。無駄だと言っているのがなぜ分からん」

 ここまで行動パターンが読めているならば、逃げ出したところで無駄だとでも言うのか。それでもリリーは自由を諦めない。たとえ、一日でも外の刺激を受けてみたいのだ。

「こうなったら、意地でも抜け出してやるんだから」

「やれるものならやってみろ。キサマの浅知恵ではオレを出し抜けまい」

 行動を先読みする悪魔の如き男は扉を閉める。

 相手は強敵である。それも、一度たりともリリーに脱走を行わせることを許さなかったほどの相手だ。


 まず、リリーは裏をかいて正面突破と言わんばかりに玄関から抜けだそうとしたが、シロガネが玄関で新聞を読んでいた。

 次に裏の裏を読んで、借りた部屋の窓から抜けだそうとしたが、シロガネが先回りして裏庭の花壇を眺めていた。

 最後に煙突から脱出を試みようと考えたが、そもそも煙突自体が煤だらけなので入れなかった。

「ああもう! せっかく自由だと思ったら、これじゃあ屋敷の中にいるのと変わらないじゃない! なんのための旅よ!」

 リリーは部屋のベッド上でジタバタと暴れた。

 せっかく、外の世界を見てみたいと。念願叶って自由の旅が行えているのに、初日の昼の時点で屋敷と変わらぬ生活をしている。リリーの思い描いたものはもっと違うのだ。もっとこう、自由と夢に溢れているのが外の世界だと思っていた。だが、現実はシロガネという不自由が付きまとっていた。

「あーあ。自由ってなんだったんだろうなー」

 かつて、屋敷にいる時、シロガネは言っていた。「自由とは不自由である」、「自由を得るためには代償が必要だ」と。それがなんなのかも良く分からないし、どういう意味かと問うても答えてくれない。今でもリリーにはその答えが分からない。

「あーあ、花壇くらいならシロガネも許してくれるかなー?」

 そんな呑気で大きな一人言を漏らしながら窓の外を眺める。

「ん? シロガネと……誰?」

 目つきの鋭い従者は、知らない少女と話をしていた。

「――貴殿の情報提供、感謝する」

「どういうつもりなんですか? 最近のあなたはいつも――」

「気にするな。オレは屋敷で働く使用人だ。かつての仲間たちを救えるだけの力がある」

「……分かりました。深くは聞きません。みんなのこと、よろしくです」

「ウム」

 少女は一礼すると、シロガネは去って行った。一体、なんの話をしていたのか想像もつかないが、分かることと言えばシロガネがロビーに戻っていったことくらいだ。

 さて、シロガネがいなくなったこのチャンスにすることと言えば、もちろん脱走の再決行である。リリーはひび割れた煉瓦を頼りに窓からの脱出を試みる。

「あの……何をされているのですか?」

 少女は当然のように首を傾げて問うてきた。

「ああ、いえ。ちょっと脱走をしているだけよ」

 地面を確認して、一気に飛び降りる。花は踏んでいない。土のお陰で音もそれほど大きくない。

「聞いていたのですか?」

「ええ。私の従者が話し込んでいたので、何事かと思ったの。ただ、盗み聞きまでしてないわ。情報提供が、うんちゃらかんちゃら言っているところまでしかね」

「うんちゃらかんちゃら……」

「気にしないで。私は単に抜けだそうとしているだけだもの。シロガネには秘密ね」

「この陽が昇っている時間帯にですか? シロガネの言っていた、主人……ではあなたも混雑種ダンピール?」

 だんぴーる。たしか、その名をどこかで聞いた覚えがある。

「あっ! もしかして吸血鬼!?」

「しーっ! あまり大きな声で言わないでください!」

 少女は指を口元で立てて静かにするよう促してきた。

 眼鏡をかけ、背の小さな少女は見た目こそ普通だ。特別、異なる点は見当たらないし、霧に包まれているとは言え、日中に外出しても大丈夫なのだろうか。

「シロガネから人外の主の話は聞いてますが……ダンピールではないのですか?」

「少なくとも私はダンピールじゃないらしいわ。純血の活人鬼なんだって」

「かつじん……吸血鬼の一種なのでしょうか」

 妙に少女とは話が噛み合っているようで噛み合わない。

「シロガネからは、あなたも人の形を持つ異形の者だと聞いています。ですが、活人鬼……聞いたことがありません」

「私からすれば吸血鬼すら初めて見たわ。吸血鬼ってそこら中にいるのね」

「まあ、わたしのようなダンピールなら、捜せば会えると思いますよ。ダンピールは人間に紛れて暮らすことが出来ますから」

 影こそ見当たらないが、日中に外出しており、見た目も人間と変わらない。強いて言うならば耳が少し尖っているように見えるくらいだろうか。

 なるほど、人間との違いが分からない。

「それにしても、あなた。シロガネとはどういう関係なの? 恋人?」

「いえ、違います。彼とは幼なじみなんです」

 幼なじみと言われてもピンと来なかった。リリーだって、同じ屋敷に住む幼なじみだ。いざ、もう一人幼なじみが現れても、そういうものだとしか思えない。

「ごめんなさい。言葉が足りませんでした。わたし、シロガネが屋敷の使用人として働くようになる前、ストリートチルドレンの時からの幼なじみなんです」

 ようやく、リリーは納得した。

「幼なじみの奇跡的な再会中だったのかしら。そんな時に邪魔して悪かったわ」

「いえ。シロガネはよく、わたしたちストリートチルドレン仲間に訪問してるんです。庭のお手入れの仕事を紹介してくれたのも彼なんです。月に一度は会いに来てくれるんです」

「へー。人の心のない殺人鬼だと思っていたのに、案外、彼も優しいのね」

「……そんなこと言わないでください。シロガネだって、子供の頃は好きで人を殺していたわけじゃありません!」

 幼なじみだと言う少女にぼつ然と詰め寄られた。そうだ。シロガネ本人が言っていたではないか。家無きものは何でもすると。

「違うの。彼、よく私に刀を振り回してくるから。そんな過去があったなんて、知らなかったの。迂闊なことを言って、ごめんなさい」

「謝るなら本人に言ってください。被害者の次に彼は傷ついているのですから……」

「失礼だけど……子供の頃、人を殺したことがあるの? 彼、一言もそんなこと言ってなかったから」

 質問しておきながら、重い内容を答えさせる無理強いをさせまいと、「答えなくてもいいわ」と告げる。だが、少女は隠すことなく口にする。

「親もなし、仕事もなし。暮らす場所もなく、シロガネは子供たちのリーダー的な存在でした。盗んだお金や食べ物をわたしたちに分けてくれていたんです」

「そう……私、彼がそんな過去があったのか知らなかった。そんな過去も知らないで、刀を振るう男だとばかり」

 一瞬、彼を許そうと考えたリリーだったが、やむを得ず刀で人を殺してきた過去と、気に入らないからリリーに刀を振る現在では別ではないか。リリーは特に殺される理由など持っていないハズだ。

「まあ、そんなわけで、わたし。マネは彼に今でも助けて貰っているわけです」

 マネが遅れて自己紹介をしてきたので、リリーもまたドレスの裾を摘まみながら挨拶をする。

「私はヴェルモンド家の一人娘、リリーヴェル・レ・シェリダン・ヴェルモンド。皆からリリーって呼ばれているわ」

「シロガネから簡単にはお話を伺っています。人間ではない、わたしの仲間のようなものだ……とまでですが」

「実を言うと、活人鬼だと教えられたのは昨日のことなの。普通の人間とどう違うのか、知らないのだけれども」

「ふふ。実は、わたしもダンピールって分かったのは、大きくなってからなんです。シロガネに教えられる前は一月に一度、夢遊病に罹ったように人を襲っていたらしいのですが……」

「つまり、お互いよく人間じゃないと分かってないコンビ。そういうことね」

「そうですね。実を言うところ、まだダンピールで、吸血鬼の血が混ざっているって言われても実感が湧かないんです」

 マネは袖を捲って、透き通るような白い肌を陽の下に晒す。その肌が燃え上がることも、灰になることもない。肝心の吸血も良く分かっていない上に自然と人間社会に溶け込んでいるのであれば、人間ではないと突然言われても違いが分からないのではないだろうか。現に、リリーも活人鬼と言われてから、普通の人間との違いが良く分かっていない。

「そうだわ、私、これから街を歩きたいの。こうして似たような友達が出来たもの。水の街の案内をしてくれないかしら」

「街を出歩くのはやめた方がいいですよ」

「どうして?」

「ブレゲ・アームストロングっていう男が街の中を闊歩しているからです」

「犯罪者?」

「いえ、対魔師です。ただ、あまりいい噂を聞かない方でして……」

「具体的にはどんな?」

「まず変人です。アームストロングという性は金銭と一緒に奪った名前という噂があります。次に変人です。それから、自分を祀り上げなければ気が済まないみたいです。後、変人です」

 変人は三回ほど聞いたが、それほど重要な情報なのだろうか。

「とにかく、彼は危険な人物です。逮捕されて裁判にもなっていますが、全て無罪になっています。そんな男が名声求めて水の街へ……安心して眠れません」

「確かに危なそうな人間ね。でも大丈夫じゃないの?」

「今日は……嫌な予感がするんです。シロガネも彼のことを聞いていましたし」

「シロガネが?」

「……はい。ここのところ、彼、変なんです。この街で変わったことや悪人を見たことはないか、だとか、この街で悪い奴と言えば誰だと思う、とか。ストリートチルドレンの仲間たちに聞いて回ってるそうなんです。かく言うわたしも、ブレゲ・アームストロングのことを聞かれたばかりで……」

 リリーには、シロガネの行動に関して不審な点と言えば、屋敷を夜中に出ることがあるくらいだろうか。

 だが、幼少期から一緒にいると言われても記憶にないリリーにとって、シロガネがどういう人物で、どういうことをしていたのか、マネから話を聞くまで全くもって知らなかった。

「なら、いっそのことシロガネをつけてみない?」

「えっ!?」

「彼が何をしているか知ってみたいもの。観光もついでに出来るわ。危なくなれば彼を呼べばいいし。うん、それがいい!」

「そんなことをして大丈夫なんですか?」

「ええ、もちろんよ。だって私、彼の主なんだもの」

 世の雇用主が雇用者をつけ回して許されるものではない。だが、雇用主ではなく、屋敷の主人だから使用人の全てを知る権利がある。

 という乱暴な理論を振りかざし、マネの手首を掴んだ。

「そうと決まれば早速、出発よ!」


 宿屋のロビーからシロガネが出発することを目撃した後、マネは主人に外出する旨を伝えていた。簡単に許可が下りた辺り、随分と融通が利く宿屋だ。あるいは、観光案内も一つの仕事として扱われるのかもしれない。

 宿を出たシロガネの後をこっそりとつけ回す。彼は人知れず路地裏に入れば、しばらくして路地裏から出て行く。それを先ほどから繰り返してばかりで、水の街の華やかな場所を観光できていない。

「なんなの、彼。路地裏で何をしているの?」

 気になって、路地裏をのぞき込もうとするが、

「路地裏は危険です! 無法者やストリートチルドレンなど、人の目に付かない場所で暮らしていますから!」

 そう言って、マネは止めてくるのだ。

「いいですか? 絶対に子供たちを助けるだとか、施しをあげるような真似をしてはいけません! 路地裏に近づくのも論外です!」

「どうして? シロガネは遠慮なく入っているじゃない」

「子供にお金や食べ物を恵めば、彼らは遠慮なく襲ってきます。それこそ、シロガネが子供の頃に殺した相手の多くは、油断して施しをするような人間でした。彼らは善意を見せている限り襲われるなんて考えてもいませんから」

「彼らはそんなことをするの?」

「食べ物を恵んでくれる人間は恩人ではありません。狩り場にノコノコとやってきた間抜けなネズミ。それがこの世界の常識です」

 リリーが思うよりも、世間はより恐ろしく感じた。

「シロガネは手練れですし、そのことを良く分かっています」

「……だから、シロガネは路地裏に通ってると?」

「それは……」

「おかしくないかしら。だって、路地裏に行けば襲われるって分かっているんでしょ?」

「きっと、彼は施しをしているんです! 彼、今でもわたしや彼のような親のないストリートチルドレンたちを救おうと」

「でも、それはついさっき、あなたが危ないから止めておけって言ったことじゃない」

 確かに、シロガネは実力があるから襲われても大丈夫だと言えば腑に落ちるだろうか。いや、むしろ疑念の方が強まった。金銭を渡すのも、直接手渡しで知らぬ人間に渡せるほどの人間はいないだろう。なんらかの施設や団体に寄付する方が自然だ。

 慈善活動ではないなら、彼は路地裏で何をしているのだ。その疑問を解決したく、路地裏をこっそり伺う。

「これは……」

 リリーの目に飛び込んできたのは痛ましい光景だった。骨に皮が張り付いたような小さな子供。痩せこけた老人。綺麗な水が街を彩る光景とは裏腹に、ゴミなどが集まる闇の部分。

 少年や老人がリリーを見つめてきたので、その場を離れた。

「行きましょう! シロガネが行ってしまいますよ」

「え、ええ」

 外の世界がこんなにも悲惨で、誰かの犠牲の上で世界が成り立っているなど知らなかった。老人や子供の汚れきった衣服と、鼻を塞ぎたくなるようなニオイが未だに記憶から離れない。

 水の街と霧の街の境目でも、シロガネから庶民の暮らしぶりを教えてもらった。

「私の読んだ、どの物語の登場人物も、こんなに苦しい生活をしているとは教えてくれなかったわ」

 シロガネなら、彼らの痛みを知っていただろう。

 だが、このような場所でシロガネは何をしているというのだ。カウンセリングや、マネの言うとおり施しを与えているのだろうか。

 どうにも腑に落ちない。納得のできる理由を今から聞いてやろうかと後をつけるが、

「あっ、ごめんなさい。少し急いでいて」

 気もそぞろに歩けば、大柄な髭を生やした男にぶつかる。

 背が高く、大きな槍、そして衣服にバカデカイ対魔師の紋章――らしきもの――を胸につけた男。

「小娘がワシにぶつかるとは! なんたる無礼!」

「謝ってるじゃない! さあ、そこを通して」

 リリーは男を無視して脇を通ろうとするが、槍で道を塞がれる。

 先端部分が十字架の形をした槍。一応、対魔師らしく対吸血鬼っぽい装備だ。

「なんのつもり?」

「ワシは遥か天空で輝く、太陽である!」

「……は?」

「つまり、ワシこそが太陽神! ゆえに、小娘! 貴様は太陽を崇めなくてはならん! 太陽にぶつかる罪は重いと知れ!」

 なんなのだ、この男は。太陽神? なに、妄言をほざいているのだ。まだ夏はまだまだ先で、これから寒くなってくると言うのに、どうにもこーゆーのは暑くなくとも多い。

 関わらない方が正解だと、リリーはマネの腕を掴むが……震えが伝わってきた。

「対魔師Sランク……ブレゲ・アームストロング……!」

「貴様! ワシは神にも等しい頂点に立つ男! 弱者ごときが気安く呼び捨てにして良い名前ではないわ! ワシのことは、太陽神・ブレゲ・アームストロングと呼べ!」

 ああ、厄介だわ。話が通じない相手って。

 リリーは無性に逃げ出したくなった。だが、相方を置いていくわけにはいかない。本当にこのような男が、霧の街で出会ったレスファンよりもランクの高い対魔師なのだろうか。

「さては貴様ら! 吸血鬼だな! この太陽神を前に灰となれ!」

 妙なところで鋭い。単に当てずっぽうかもしれないが。

「ワシの聖なる太陽の槍よ! この弱者どもの本性をあぶり出すが良い!」

 十字架の形を持つ槍を頭上に掲げるブレゲ・アームストロング。

 だが、十字架程度ではダンピールの本性を暴くことはできず、マネは平然としている。

「ふはははは! 片方はハズレか!」

 吸血鬼が十字架に弱いのは、自責の念からと聞く。己の罪の意識から十字架を苦手としているらしいが、マネは平然としている。

「え? 片方?」

 この男は間違いなく片方と言った。なら、もう片方はどうなっているのだ。

 そう、もう片方の人間ではない活人鬼は。

「リリー……さん?」

 舌で自分の犬歯に触れる。鋭利なそれで舌を怪我した。次に自分の手を握ったり開いたりすれば、爪がよく当たる。

「者共! 太陽神に続け! この二人を捕らえ、ワシの屋敷に連れて行くのだ!」

 ブレゲ・アームストロングは無駄に大きな声で騒ぎ、あっという間に配下であろう対魔師に囲まれたリリーは連れて行かれてしまった。


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