エピローグ 誰がための活人剣
リリーはドレスや、格好を手鏡で再確認していた。
レスファンとの戦いから一ヶ月、緊急の吸血鬼会議だ。
今回は、主催者であるヴェルモンドの屋敷にて会議が行われる。
ヴェルモンド家当主の従者として、シロガネとユーナギがついていた。
「き、緊張するわね」
「キサマはヴェルモンドの当主であろう。一ヶ月前の一戦の時のように、ドンとバカなことを言っていればよかろう」
「バカバカうるさいわね」
リリーの言葉に何が面白かったのか、ユーナギは笑った。
「あはは! シロガネはリリーが緊張しないようにジョーダン言っているんだって」
「そうなの?」
「だって、こうすれば緊張しないだろ~ってシロガネ、分かってる口ぶりだもん。ねー?」
シロガネはユーナギに詰め寄られて、そっぽを向いた。
――こんな可愛げのない従者がそんなこと言うわけないわ。
とてもではないが、リリーは信じられない。
「キサマ、口から漏れているぞ。今度、キサマがいらぬことを言えば、斬って矯正してやらねばな」
「さあ、行きましょう!」
「逃げるな!」
シロガネの殺気から逃れるように応接間の扉を勢いよく開けた。
中には多くの吸血鬼たちが、皆、黒を基調とした紳士服に身を包んでいた。
「――お忙しい中、遠方よりご足労をおかけしました。私が当家主、吸血鬼の派生種の活人鬼、ヴェルモンドの主にして、唯一の活人姫、リリーヴェル・レ・シェリダン・ヴェルモンド。よろしくお願いいたします」
リリーの芯の通った声が応接間に響いた。
それから、会議はリリーに多くの質問が寄せられた。
ある吸血鬼の紳士が、
「孤児院を設立してどのようにするつもりか? まさか、ヴェルモンド家の勢力を強化するつもりか?」
と質問がくれば、
「今いる多くのストリートチルドレンたちを救いたい。私の従者の望みです。純粋な世直しです」
と答え。
また、別の吸血鬼の紳士が、
「ヴァルロイヤル家の没落と、対魔師協会の権威失墜。この現状を利用して、活人鬼の存在を世間に知らしめ、活人鬼たちが世間を支配しようとしているのでは?」
と問い詰められれば、
「ヴェルモンド家の活人はこれから変わります。殺しをせず、負の連鎖を断ち切り、一人の死によって万人を救われるのではなく、悪人が悪を貫けない社会のために戦っています。ですから、我々は吸血たちや人間社会の頂点に立とうとはしていません」
と返す。
それでも全ての吸血鬼たちは納得してくれてはいないようだ。
「勘違いしないでいただきたいのは、我ら吸血鬼は変化を恐れている。ヴェルモンド家が新当主になってからと言うもの、全く新しい存在となった。我々は何を考えているのか、サッパリ分からず、困惑しているのです」
困惑するのも当然か。
なぜなら、リリーたちは世間には名前すら知れ渡っていなかった活人鬼の存在を世間に公表し、こんな言葉を浸透させた。
『活人鬼たちは悪を断罪する処刑人。悪をしていれば斬り捨てる。大も小もない。弱者たちを虐げるならば、我らは彼らの痛みの代弁を行う。義賊、活人鬼』
と。
悪人たちを街中で裸にされて吊されたり、不正金を盗み出したり。そのような形でシロガネたちは“斬り捨てて”いた。
ただ、効果がありすぎたのか、世間の治安が良くなりすぎたせいで、警察組織が解決のためにより一層力を注いだ。こうして吸血鬼たちの会議にて、リリーたちを不審に思う原因となっているのだが。
だが、リリーは逃げない。
なぜなら、自由への代償として、こうして世間と向き合うと。みんなの自由のために戦うと覚悟を決めたのだから。
「我々、活人鬼たちの願い。それはこの世から悪人たちから力を奪い、弱者が自由に生きられる世界を作ること。私の従者にも、元・ストリートチルドレンがいます。彼は、家がなく、食べるものも名前すらない。生き残るために殺しをしてきた。そんな犯罪が起きているのは、彼らが悪人たちに虐げられているから。父はそんな子供を殺すことはできなかった」
そう、シロガネは殺しをしていた。
それは悪であり、生きるためにどうしても必要だったのだ。
だから、父は殺しをして人を救う活人剣ではなく、家と家族と名前を与えた。
きっと、全ての人を救う方法があると。
「私は一人、活人姫として生まれましたわ。それはきっと、父の理想を継いだ従者が側にいたからこそ。父から、私の信頼する従者へ。そして従者から私へ。皆を救うという理想を継いできました。だから、私は――みんなを救いたい」
その言葉は吸血鬼たちにどれだけ伝わったのだろう。
彼らにとって、人間は餌だ。
そして、活人鬼たちは、彼らとは同じ種族のようで、全く違う考えをもった異質な存在である。
それでも、吸血鬼の紳士たちは小さな拍手でリリーを褒め称えた。
会議が終わり、リリーは執務室にある机の上で項垂れる。
「随分と堂々としていた。多少、吸血鬼たちもやりにくい世の中になるかもしれんがな。それでもこの国の弱者と強者のパワーバランスは圧倒的に崩れていた。だから、納得してくれただろうて」
シロガネはリリーの隣でそう言う。
ユーナギもその隣でうんうん頷いていた。
「よっ! リリー! エイフェンド一ぃ!」
「なんだか恥ずかしいわ……」
「ええー! 蓄音機で録音したのになー!」
「や、やめて貰えるかしら……」
そんなものが再生されたらリリーは悶絶する自信があった。
「っと、ユーナギ。聞くのを忘れていたわ。レスファンの治療は?」
「んー。ヴァルロイヤルの実験資料みながらやってるけど、もうちょいかかりそうな感じだねー。ってか、あたし、最近活人で超忙しくて不眠なんだけどー!」
「あれもこれもやって貰って助かるわ」
「いーよいーよ! 不殺の活人なら、あたしでも出来るからねー!」
「別にいいけど、裸にして木に吊すって言うのは世間的に死んでないかしら?」
「……ま、いいじゃん」
本人は良くないだろう。
「とにかく、あたし次の仕事行ってくるよ!」
「ええ、お願いね」
ユーナギは執務室から元気よく出て行く。
「フンッ! あやつも、情報屋稼業から暗殺者に転換してからと言うもの、はりきりおって」
「殺しをしてないから暗殺者じゃないわ」
「まあ、あやつは元から潜入や戦闘の素質があった。キサマの不殺の理想に合致したのが良かった」
「……あなたは不殺に反対?」
「いや。キサマのやっていることが、確実に悪を減らしつつある。悪意ある人間が力を失い、悪事を行えない。それだけで活人鬼たちが住みやすくなっているであろうて」
「良かったわ」
「キサマのバカげた理想が、こうして成功しているのだ。もっと誇れば良かろう」
「やったわ! 私、超天才! 神にも等しい存在だわ!」
「別に調子に乗るのは構わんが、語彙力がないな」
シロガネは鼻で笑った。
「……ねえ、シロガネ。これで良かったのかしら?」
「何を今更。キサマの活人の思想が、殺すことでしか救いが出来ないと凝り固まった活人鬼たちの考えを改めさせたのだぞ?」
「そうじゃないの。私たちの戦いは終わらないわ。だって、人間たちを相手にしているもの。人は心に悪を持つ。だから――」
「終わりがない、と?」
シロガネの言葉に頷いてみせれば、彼は刀をホルダーから抜いて、胸に添える。
リリーは世界を知らない箱入り娘とは言え。途方もない存在、人の心と戦うこと、その大きさにはどうしても圧倒される。
だが、シロガネはむしろ笑ってみせた。
「戦うにせよ逃げるにせよ。キサマの自由だ。ただし、自由には代償がいる」
「……! そうよね。その代償を、私は払い続ける」
「キサマも刀を胸に添えて、その言葉に耳を澄ませてみろ。その刀にどんな言葉が込められているか」
リリーは、帯ヒモを解いて、ホワイトリリーを胸に添えてみる。
確かに感じる。この世界を良くしたいのだと。家族を守りたいからという、父の想いが。
「どうだ? 逃げ出す気持ちになったか?」
「いいえ。覚悟は決まってるわ」
リリーは刀を一度抜いて、納刀した。
覚悟を引き受け、覚悟を乗せるように。
「私の活人は――自由よ」
人の形をした怪物たちは、己の正義と救いと自由のために。
終わらない戦いへと、歩みを続けていく――




