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第八章 新たな当主

 ブラムの葬儀の翌日。

 リリーはブラムの執務室に入る。

「悪い夢じゃないのね、お父様」

 そこには、父の姿はない。昨日の出来事が夢ならばどれだけ良かったことか。だが、リリーは父と敵対した当事者だ。あの戦いの中で確かに高ぶった血の鼓動をまだ覚えている。

 その時に発現した活人鬼としての能力は、今では鳴りを潜め、天井に向かってジャンプをしても届かない。

 つまり、今は活人姫モードではないようだ。

「まあ、リリー! お父様のお部屋で何をしてますの!」

 リリーが執務室で父との思い出に浸っている間、シラユリが部屋に入ってきた。

「お母様。聞いて、私が新しい当主に――」

「シロガネから聞きましたわ! あなたはまだ危ないことをしようと言うのですか!」

「危ないことなら、一家全員でやっていたでしょ」

「それは……」

「活人って言っても犯罪でしょ。どんなに言い繕っても所詮暗殺よ。むしろ、私はそれを知らなくて危ない目にもあったし、お父様と戦うことになったわ」

「と、とにかくわたくしは反対しますわ。あなたは人殺しなどに関与してはいけません!」

「……よく聞いてお母様」

 普通にワガママを言っても、母には通用しないだろう。

 説得を行うには根拠が必要になる。それも、重大な物事を任せられるほどの根拠が。

「私は活人姫。プリンセス・カルミアと同じく活人姫。もしかしたら、私は暴走しないんだって」

「活人姫……!? どうして、あなたが!? いったい、誰がそんなデタラメを言ったのです!」

「プリンセス・カルミア、本人が」

「そんなバカな。彼女はわたくしたちの先祖。遠い時代の人物がなぜ……!」

「今、こうして私たち活人鬼の血に潜んで、彼女は生きているらしいわ。そして、昨日、私に言ってきたの。『活人姫には始祖の活人姫と話せる呪いがある』って」

 シラユリは……困惑しているようだった。

 それも当然だろう。いきなり、過去に生きた先祖が話しかけてきたと言って誰が信じると言うのだ。

「聞いて。もしかしたら、私は活人鬼が暴走しない方法をプリンセス・カルミアから聞き出せるかもしれない。それに活人姫は暴走しないらしいの。だったら、家族を救う方法を見つけられるかもしれないわ」

 かもしれない、らしい。そんな言葉が根拠になるのだろうか。

 果たして、シラユリは応えを述べる。

「……もしあなたが特別な存在だと言うのであれば。賭ける価値はあるかもしれませんわね。あなたは子供の頃から異様でしたから」

「お母様。それじゃあ」

「今まで通り、活人鬼としての仕事はシロガネに。屋敷の運営に関する仕事は、この母やユーナギを頼りなさい。それと他の貴族や活人鬼、吸血鬼との顔合わせなど、色々やることがあるけれど、それらを全部こなせますわね」

 リリーはメモを取り出し、ペンからインキを吐き出しながら、さらさらと書いていく。それから頷いた。

「ええ! よろしくお願いします!」

「良い返事ですわ――それにしても活人姫。プリンセス・カルミアが声をかけてきたなど、どうしてそんな妄言が」

「信じてくれないの、お母様?」

「嘘でそんな言葉が思いつくとでも思いますの?」

「もしかしたら、あるかもしれないじゃない。吸血鬼やら活人鬼がいるんだから、そんなことをする能力者が」

「……シロガネと相談して、リリーの小説類やら本の検閲をしなくてはいけませんわね」

「お母様……それだけはご勘弁を」

 リリーは外の世界を通じる唯一の手段が創作物。その入手方法は外に出るユーナギなどの友人たちからの入手に限られる。

 内容はともかく、問題があると言われてしまえば宝物が減ってしまう。それは困る。

「そういえば、お母様。シロガネはどうしたの?」

「それが、今朝から見当たりませんの。どこかに出かけたのかしら? 全く、ユーナギは屋敷修繕のために業者を呼んだりしてくれているのに。あの子と来たら……」

「ふふ」

「何が面白いのですの?」

「お父様が亡くなって……みんな落ち込むかなって思っていたのだけれども。みんな笑顔を失ってなくて、良かった」

 リリーは確かに見た。

 子を語らうときと同じく微笑む彼女の姿を。

「いつ、家族が暴走して亡くなるかもしれない。常に覚悟しているとは言え、わたくしだって、心の内では傷ついてます。……ですが、それ以上に生きていることを実感できているから、まだ笑えるのです」

「お母様もいつかは暴走するの?」

「ええ、きっと。けれども、シロガネが止めてくれるでしょう。それに、何よりも、あの人が暴走したまま家族を殺さなかった。最悪の事態が起きたら、きっと笑っては居られなくなるでしょうけども。あの子なら……」

「そうね。シロガネなら、きっと」

 ブラムが暴走した時、彼一人では止められなかったが……それでもリリーは彼ならばやってくれると信じている。

 もし、このままリリーやシロガネ、ヴェルモンドにとってのファミリーが死ぬことになれば、きっと、立ち直れなくなっているハズだ。それに、死したブラムが、罪無き子を殺した咎を背負ったままあの世に旅立つことになる。

 最悪の事態を回避できたことを考えれば……今、こうして皆が笑っていられなかったハズだ。

「ここ数日は怒濤の毎日だったけど、リリーヴェルはもう大丈夫よ、お母様。だから、頼りない当主に色々教えてね」

「ええ。当主になると決めた以上、スパルタで徹底的に覚えて貰いますわ。覚悟して下さいまし」

「お、お手柔らかにお願いします」

 それから、リリーへの指導は夜まで続いたのだった……。


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