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第七章 戻らぬ父


 ヴェルモンド家の葬儀は……その日の内に屋敷の近くにある吸血鬼たちの墓地でしめやかに行われた。

 参列する者はみな、ヴェルモンド家の関係者や吸血鬼だ。

 異様なのは、喪に服しているというのに、誰一人として黒の服を着ていない。誰もが純白の白を身に包んでいる。

 リリーとシロガネもまた、白で身を包み、父の火葬を見守っていた。

「すまぬ」

「……何がかしら?」

「キサマには、ボスが暴走の兆しがあったことを伝えなかったこと。それから、そのことに関して焦りがあったこと。ボスの命令とは言え、伝えなかったこと。申し訳なく思う」

「いいわ。大事な家族に、人間じゃないって伝えるのも。大事な家族に、人間じゃなくなるって伝えるのも、きっと勇気がいることだから」

 シロガネは怪我も癒えぬ状態で式に参列し、立ち上る火を見つめている。

 忠を捧げた相手を、この手で命を奪う。それはきっと誰よりも辛いことだろう。

「リリー。一人になるか?」

「どうして?」

「一人はいいぞ。自分の心と向き合える。誰も自分のことを見ないから……どんな表情をしていても、関係はない。たとえ、泣きじゃくっても、誰も見ることはない。……家族を失ったキサマが、一番辛いだろうからな」

 シロガネはシロガネなりにリリーを心配していた。

 幾度となくシロガネはリリーを斬ると言っていたが……今、この時だけはそんな言葉を使わなかった。あるいは、シロガネのリリーを斬るというのは、脅迫ではなく、救うという意味だったのかもしれない。なぜなら、それが活人剣なのだから。

「シロガネ、ありがとう」

「急にどうしたのだ?」

「あなたの活人のお陰で、お父様は暴走しても私を殺すことはなかった。それに、私は新しいボスになるって決めたから。だから、そのお礼」

「オレはキサマの親の仇だぞ?」

「違うわ。あなたは懸命に救ってくれた。そして、私とお父様の最期の時間をくれた。私はその時、自由を行使する代わりに涙を置いてきたの。当主になる自由のために」

「――だから、泣かぬのか」

「ええ」

「オレからもキサマに言っておくことがある。キサマの助太刀がなければ、オレはボスに負けていただろう。キサマがボスの姿を見る前に終わらせたかったが……なんと未熟なことか。すまぬ」

「全部、あなた一人で解決しようとしたこと、許さないわ。私に全部打ち明けてくれれば……」

「……すまぬ」

「いいのよ。最期にはお父様とお話しできたから。きっと、言葉は伝わったから」

 火を見つめ、空を仰ぎ、心で祈る。

「……オレはもう少し、ボスが天に昇るところを見ている。キサマは?」

「お母様やヴェルモンドに関係のある人たちに私が当主になることを話さないと」

「そうか。……キサマなら、出来るかもしれぬ。言うだけ言ってみろ。妄言でも、言うだけならばタダだからな」

「もう、バカにして。あなたは私を新しい当主として認めてくれたんじゃないの?」

「やるならば、かなりの覚悟がいる。当面は覚えることが多くて一人では立ち回れぬだろう。ボスが心配せぬよう、しっかりと報告せねば、な」

 シロガネは立ち上る火を見つめていたので、邪魔をせぬようにリリーはその場を離れた。

 これからリリーは知らないことやら、お金の管理やら、活人鬼とはどういうものか改めて知らなければならない。

 ブラムとの戦いで崩れた屋敷の修繕も待っている。やらないといけないことは山積みなのだ。


 葬儀の参列者は、そこそこの人数だった。

 中には、全身を白い服で身を包み、その上で傘を差している男性やら、その従者らしき人もいる。

「彼は、ヴァルロイヤル家の人間ですわ。吸血鬼ですのよ」

 リリーが探していたシラユリの方から声をかけてきた。

「危険な陽の差す日に、わざわざ活人鬼の葬儀だと白に身を包んできてくれた方ですわ。後で礼を言っておきなさいな」

「ええ、分かったわお母様」

 母の隣に遅れてやって来た、ユーナギが杖を突きながら、母を支えるように触れる。

「シラユリ様。無理しないでよ。後はあたしたちがやっておくからさ」

「あなたたち人間にも相当、無理をさせましたわね。二人とも重傷だと言うのに、わたくしたちのために……」

「気にしないでよ。みんなボスに礼があるんだ。シロガネだって、生きる術をくれたってずっと言ってるし、あたしなんか落ちこぼれなのに、こんな役に立たない情報屋をずっと雇っておいてくれてるんだよ。みーんなボスが好きなんだ。だから、これくらいは、ね?」

「……感謝しています。そんな、身体なのに、無理をして」

「……気にしないでよ。ファミリーなんだから」

 シラユリは、当主の妻ということで色々とやることはあるようで、挨拶など忙しそうに回っている……。

 リリーも新しい当主として出来ることはないだろうか。いや、今は手伝えることはなさそうだ。

「ユーナギ、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ。今でも死にそうだもん」

 杖を使い、さらには応急処置で布をグルグル巻きにしてどうにも辛そうだ。

 そんな余裕のない状態なのに、他の参列者と同じく白い衣装で統一している。

「この白ね。あたしたちヴェルモンドは一切、悪くないよ~、あたしたちは正義だよ~って自分たちに言い聞かせるためにやってるの。それが活人鬼の葬儀のルール。でないと……自分たちの罪に押しつぶされるから」

「私は……そんなことも知らなかったわ。でもこれからはそういう訳にもいかないの。私は、当主になるのだから」

「え? そんな話、聞いてないんだけど!」

「だって、私がお父様を止める時に、誓ったのだから。今日、ついさっき決めたことよ」

「……リリー。ボスが考えていたこと、知ってる?」

 リリーはクビを振った。父が、自身が暴走寸前だったことを隠していたことは知っているが。

「あたし、実は人を殺したことないんだ。そりゃー、活人の思想は出身国の関係もあって、根強く知ってるし、ヴェルモンドでもいっっっぱい話したけどね」

「情報屋なんでしょ? 殺さなくて当然じゃない」

「まあ、あたし自体、活人剣だろうが、人を殺すこと自体を否定してるんだけどね。死んでいい人間なんていないっつって。だって、死んだら一生が終わるでしょ。だからこそ、ボスに頼まれていたことがあるの」

「それは?」

「リリーが屋敷を出たとき、その生活をサポートする」

 今まで屋敷を出ることを許可をせず、シロガネを従者にして箱入り娘にしていたのに、それはどういうつもりなのか。

 ユーナギは続ける。

「ボスが言ってた。リリーはもしかしたら、暴走しない特異な活人鬼じゃないかって」

「……活人姫」

「ん? ……まあ、そういうわけで。安全面が分かれば、殺しの経験がないあたしをサポートにつけて、屋敷から離れて二人暮らしをさせようとしてたわけ。もしかしたら、活人鬼と縁なく一生を過ごせるかもって……なのに」

「そうね。ボスの言うことを無視して、当主になる。きっと殺しに関わっていくことになるわ。お父様の望んだことの真逆を行こうとしてるわ」

「……リリー」

「私は子供じゃないわ。自分で何かを選べるもの。だから、私は当主になる」

「それが……ボスの願いの逆になるとしても?」

「ううん。蔑ろにはしないわ」

「できるの? 活人鬼というのは、悪を消さねばボスみたいに……暴走、しちゃうんだよ? それどころか、ボスだって、悪と向き合っていたら……あんな風になってしまったのに」

「やってみせるわ。その矛盾と向き合いながら、プリンセス・カルミアの血と向き合ってみせる」

 それに、リリーはそのプリンセス・カルミアと出会っているのだ。もしかしたら、また現れるかもしれない。その時にどうすればいいか、問い詰めてもいいかもしれない。また、適当にあしらわれるかもしれないが。

「分かったよ。リリーがそう言うなら、あたしも手伝うよ! だって、あたしは元々リリーのサポート役みたいなのを命令されてたし!」

「ユーナギ。あなたは私が当主になることを賛同してくれるのね?」

「あったぼーよ! リリーがそんなこと言えるほど成長してたんなら、あたしだってそれに答えなくちゃ!」

「頼りにしているわ、ユーナギ」

「へへっ! このユーナギ様に任せときなさいっての! こりゃーボスも大喜びするぞー」

「ふふ。私が活人鬼と関わっていくのは、反対してたんでしょ。喜ぶかしら?」

「そりゃー喜ぶっしょ。ボスも、天から微笑んでるよ、きっとね」

 参列者たちはヴェルモンド家の前当主が空へと昇っていくのを見守っている。

 こうして、私語をする者や、挨拶に回る母、それから涙を流す者。十人十色の反応の中で、リリーは強い決意を心に抱いていた。

「そんじゃーあまり暗い顔してるわけにもいかないね! まずは情報屋関係とか、協力関係になっている業者とか、色々挨拶回りに行っとく~?」

「なるべくゆっくり覚えていきたいのだけれども」

「ええー。膳は急げって言うじゃん。この国じゃ、言わない?」

「そうじゃなくて、私は右も左も分からない状態なの。だから、順を踏んでくれないと一気には覚えられないわ。それに――」

「おーけーおーけー。んじゃ、順に紹介しておこうか。イツツ」

「怪我の完治と、屋敷の修繕が先ね」

「そりゃ、そっか」

 覚えることも、やらねばいけないことも大量に待っていそうで、大変な未来が待っている。

 だが、そんな未来を受け入れたのだ。リリーは自分が何をしようと自由なのであれば、当主になることだって、大変な仕事をするのも自由なのだ。


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