第六章 決意(前編)
リリーはシロガネとの戦いを見守らず、目の前にいる始祖の活人鬼と向き合っていた。
「プリンセス・カルミア。どうしてあなたがここにいるの?」
リリーの質問に対してカルミアは自身の毛先を弄る。
『ここにいる? ハテ。私は死人なのだけどなぁ』
「じゃあ、今ここにいるあなたは幽霊なの?」
『それは違う。私は全ての活人鬼たちと共にいる』
「……意味が分からないわ」
『君たちの血には、私の情報が刻まれている。子を成し、新たな活人鬼が産まれれば、その子供にも私の情報が刻まれる』
「だから、意味が分からないって言ってるじゃない」
『分かるほど、教育も受けてないだろう? おっと、これは君の父親がシロガネに言った言葉だがね。中々煽れると思って、使う機会を待っていたんだよ』
とにかく、意味が分からない。
リリーは試しに肩に触れてみた。
『君ぃ。なんてことをするんだい。この偉大な始祖の活人鬼に対して、肩パンなんて。不敬、不敬であるぞ』
「あなたと遊んでいる暇はないの。どうして、あなたがここにいるのか、分かりやすく簡潔に答えなさい。それとも用がないなら帰りなさいよ!」
『まあ、そんなかっかしなさんな。私がここに来たのには理由がある。まあ、正確には来たのではなく、君たちの血に刻まれているから、常に見ていたわけだが。知ってるよー君の私生活も、考えていることもねー』
こんな時間のない状態で余裕たっぷりに話をしてくるカルミア。
『結論から話そうか。ブラム・レ・シェリダン・ヴェルモンドを止めたいかい?』
「止めたいに決まってるじゃない。教えて、始祖の活人鬼。暴走を止める方法を!」
『簡単だ。命を奪うだけでいい』
「なんですって……?」
『始祖の活人鬼が現れました、じゃあ、君たちを助けるための素晴らしいアドバイスを送ると思ったかい? 残念だが、この世界は非情でね。あそこまで暴走したら、止まらないのさ』
こんな状況だと言うのに腹を抱えて笑っているカルミア。
リリーはなんだか腹が立った。
「なら、なんのために現れたの!? 私たちを笑うため!? バカにするなら死者は死者らしく消えなさいよ!」
『望んで、急に現れたんじゃない。生憎、私はそこまでファンタジーな存在ではない。ただ、呪われて、今でもこの世に無駄に留まっているだけの地縛霊。まあ、ホント言うと、もう一人の活人姫には、私と話をすることが出来る能力を持っていたことが驚きで仕方がないんだけどなー』
「活人、姫」
それはカルミアを表現する言葉だ。なぜ、それをリリーに対して使うのだ。
リリー自身が悪意に触れて、牙と爪を生やすことはあっても、暴走までしない。それが、活人鬼ではなく、活人姫の証拠だと言うのか。
『そう、活人鬼の中でも特別呪われた存在、姫』
「私が活人姫だとして、何ができるって言うの!?」
カルミアはリリーを観察するように回りを歩く。
『さぁーて。活人姫ってのは、私以外に知らないからなー。こうして呪われて、活人鬼たちの血に巣くう地縛霊となった以外に知っていることは……まあ、比較的暴走しにくいってところかな』
「……暴走」
『そ。暴走。でも暴走しちまった方がいいかもよ? 理性をぶっ飛ばして、どんな悩みも憎しみも忘れて野生に帰れるんだ。なんて自由なんだ』
カルミアはやはり笑うだけだった。不気味で、何を考えているのか分からない。古ぼけた写真の中の微笑みとは違い、自分を持たないような印象を受ける。
『んじゃ、助けてあげよっか』
「なんですって? どうして急に」
『私は君たちの血に巣くっている。なら、君の血を暴走させることも可能だ。あんな獣になっちまえば、楽にブラムを殺せるぜ?』
「…………」
『暴走すれば、みーんな助けられる。殺す際に戸惑いも苦しみもない。気がついたら、全て終わっている。なんて嬉しい私からのプレゼントだ』
「冗談じゃないわ」
『ん? なんだって?』
「冗談じゃないって言ってるのよ! 理性を失うほどの暴走が自由? そんなのおかしいわ!」
『殺せるの? ハハッ! 無理だろ』
「殺しをすることで人を生かす……それが活人よ」
『……私が東の国から学んだ言葉だ。私の子供たち、みーんな、その言葉を大事にしてくれているね。活人鬼と名付けて良かったよ』
「なら、私の答えは決まっているわ」
旅を通じて、外の世界を知って、家族が何をしているのかを知って。
リリーは多くの出来事から目を逸らさなかった。そして、これからも。
知ることで、自分で物事を決定する。その自由がどれだけ大きな責任を持つものだったとしても、目を逸らさない。
その自由で、どれだけ傷ついても、その度に立ち上がる。
「私は活人姫。大事な家族を救うために殺す必要があるって言うのなら、私は背負っていく」
『結局、どの活人鬼とも同じ。殺しで人を救うか』
「悪を断つなんて大層なことは言えない。人を殺すことに戸惑いがある。けれども、そこに救える人がいるなら、私は救いたい。それだけよ」
カルミアはしばらく無表情でリリーを見つめる。
大きな音が響き渡り、目を逸らした隙に、カルミアの姿は消えていた。
『ま、君の血の中で、何ができるのか。拝見してようじゃないか』
頭の中でカルミアが喋り続ける。
何か、特別に力が湧いてくることはない。
けれども、覚悟は決まっている。
「お父様!」
大きな声を挙げれば、シロガネに迫るブラムが再びリリーの方へ向いた。




