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第五章 呪われた血(前編)

 ユーナギから情報を得て、その日の内に馬車へ飛び乗って、丸一日。

 神の街。それはエイフェンド帝国で最も宗教に盛んな街。

 民たちは祈り、神からの教えを受ける。多くの協会が集まり、多くの孤児院が作られ、治安維持たる警察組織や対魔師協会も、神の街に本部がある。

 熱心な信者たちが集い、彼らは神の教えを大切にしている。すなわち、他の街以上に、神への冒涜的な行為にならぬよう、気をつけなければならないことになる。

 馬車から降りたリリーは改めて衣服を正し、白い手袋に問題がないかを確認する。

 もちろん、活人鬼としての変身を警戒しての手袋ではあるが、最低限のマナーの再確認だった。

「それほどキサマが気にする必要はなかろう。ここの連中はよそ者に対して、非常に寛大だ」

「そうなの?」

 シロガネは帯刀しているにも関わらず、通り過ぎていく人たちは目もくれない。

「彼らは確かに神への冒涜的な発言をすれば怒りを見せるものの、ルールも知らぬよそ者に対して、いきなり声を荒らげる真似はしない。『自分を理解し、他人を理解することで争いはなくせる』。それが、彼らの美学だ」

「へ、へえー」

「敬虔な信者ほど、親切で、誰かを思いやっている……。皆が、誰かを助け、弱者に手を伸ばしてくれる世の中なら、良いのだがな」

 シロガネは道なりに歩いて行く。

 霧の街ほどではないものの、綺麗に磨かれた石の上を歩けば、観光をしている気分がどんどん強くなってくる。

 大きな建物が並び立ち、それでいて道を歩いていれば、はっきりとした声で挨拶をされる。

 霧の街や水の街では、すれ違う人たちは皆、周りにいる人たちを無視して歩いていたが、この街はどこか温かい。

「着いたぞ」

「え? もう?」

 シロガネは小さな聖堂の前で立ち止まった。

 対魔師協会の本部と言うからには大きくて厳かな建物を想像していたリリーの予想は見事に裏切られた。

「対魔師様というのは市井に紛れた吸血鬼たちに対抗するための組織だ。あまり表立って行動はしたくないのだ」

「どういうこと? この間、対魔師に職務質問されたばかりじゃない」

「あやつらの仕事は怪奇現象が発生した時に解決するのが仕事の主であり、タダの胡散臭い……失礼、市民たちに必要とされてないくらいが、彼らにとって丁度いいのだ」

 胡散臭いなどと発言したからには、通行人たちが一斉にシロガネに振り返る。

「とにかく、彼らは大きな組織ではあるが、目立つ行動をしていない。基本的には複数の拠点を用意してこっそりひっそりと活動している。たまに思い出して声を掛けてくるくらいだな。ただし、奴らも警察組織との繋がりがある。心してかからねば、痛い目に遭う」

――職務質問もしてきたし、往来で吸血鬼を捜してたじゃない。そんなにひっそりこっそりしているのかしら? 本当にその情報、大丈夫なの?

「フンッ! あやつらは底が知れぬ! 対魔師には吸血鬼も活人鬼も煮え湯を飲まされてきた! 油断をしているキサマならば、すぐに死ぬだろうがな!」

「な、何を怒っているの?」

「キサマの縫われていない口に聞け」

 プリプリしながらシロガネは協会の扉を開けば、冷たい空気が建物内から流れてくる。

「行くぞ。まさかと言うが、ここまで来て怖じ気づいたなどと言うまい」

「当然よ。マネのことは私が責任を取るし、私は知りたいもの」

 どちらかと言うと――マネに対して不謹慎ではあるが――また外に出ることが出来て、リリーは嬉しかった。

 自分は何も知らない。けれども、世界を知っていくことで、自分でも何かが出来るのではないかと。こう言っては語弊があるが、自分でも誰かを救えるのではないかと、そういう気持ちになった。


 聖堂の中は、頭上はコウモリ天井で覆われ、身廊は豪華な装飾がなされた柱が立ち並ぶ。

 一番奥にある祭殿には鮮やかなステンドグラスから聖堂内に陽の光が差し込み、何よりも忘れてはいけないのは、対魔師たちの紋章と同じ形のモニュメントだ。

 リリーは聖堂内の冷たい空気にビクリッと震えた。

 聖なる領域が、人外の存在を拒絶する錯覚すら覚える。リリーが普通の人間だったとしても、この重い空気はとてもではないが、耐えられないだろう。

 モニュメントの下で、マネと、それから以前にリリーを呼び止めた対魔師――名前は確かレスファン――が話をしていた。

「――ですから、違うと言っているじゃないですか。十字架も触りましたし、ニオイには耐えられませんでしたけど、ニンニクも食べました。吸血鬼じゃない証拠がこれだけあるんですよ!」

「吸血鬼は狡猾で、進化する生き物だと聞く。いるんじゃないかい? 十字架もニンニクも怖くない吸血鬼が」

 どうにも話は、レスファンがひたすら吸血鬼だと一方的に主張し、マネはそれを否定し続けているようだ。拘束されていないのは、吸血鬼としての証拠を得られていないからなのだろうが……大の男にずっと問い詰め続けられる方が、リリーにはずっとキツく思えた。

「横からすまぬ。貴殿ら対魔師協会からの“お誘い”で来た者だが?」

「来たね、ヴェルモンド家の当主の娘……リリーヴェル嬢。とお付きの人間か」

 どうやら、相手はリリーのことを調べたのだろう。

 以前はリリーを従者と勘違いし、シロガネを主人だと勘違いしていた。

「どうでもいいけど、私たちは吸血鬼じゃないわ」

「そうはいかない。君たちを見たという者、君たちを拘束したという者たちから似顔絵を取っている。君の牙も、君の爪も大勢の対魔師が見ているんだ」

「八重歯と切り忘れた爪が伸びていただけじゃないの?」

「君とそこの女の顔は、この通り、モンタージュにも描かれている」

 確かにレスファンが見せる紙には、牙の生えたリリーの姿と通常時のマネの姿が描かれている。まさしく、リリーとマネそのものと言ってもいいだろう。

 しかし、

「まあ、立派な絵ね」

「認めるのかい?」

「立派なことだけは認めてあげる。家に飾りたいくらいには立派ね。それにこれだけ妄想たくましく、牙を生やしているんだもの」

「この牙は後から書き足した物と?」

「当然でしょ」

「そうはいかない。先ほども言った通り、僕は多くの対魔師から情報を得ている。この絵も複数人の証言から成り立っている。もう言い逃れはできないよ」

「へぇー」

 リリーが平静を保ちながらも、どうしようとシロガネに助け船を視線で求める。

「貴殿ら、対魔師協会はブレゲ・アームストロングの部下たちの証言を認めると」

「従者殿。あなたが介入出来ることはないよ」

「ブレゲ・アームストロング。故人の悪口を言うのは忍びないが、話に聞くところ対魔師協会でも評判が悪いとか」

「それが?」

「もし、人間を吸血鬼裁判にかけた時、協会側はどうなることか。二人の少女を殺した協会は世間からどのような目で見られるのか。興味がある」

「……ッ!」

 苦虫を噛みつぶしたように表情を曇らせるレスファン。

 どういうこと? どうして、彼は押し黙ってしまったの?

 その答えをシロガネは臆せずに述べる。

「さて。協会側は不祥事に耐えられるのだろうか。根拠が証言だよりで、しかも証言する人間がブレゲ・アームストロングの息が掛かった人間だ。ハテ? それだけの情報で無辜の少女が殺せるだろうか?」

「くっ……!」

「しかも相手の片方は、貴族の娘だ。ムロン、ヴェルモンドは誠心誠意と真心をもって、対魔師協会に抗議を行い、何も残らぬほど綺麗にするだろう。それでも、まだ不毛なやり取りを行うのであろうか」

 そうだ。だから、マネは先ほどから一切拘束されていないのか。

 マネを吸血鬼だと断定するだけの証拠が証言に頼りっきりで、レスファン以外の対魔師協会の偉い人たちが、有罪と判断できないのだ。

 もし、間違って殺してしまえば……対魔師協会の存続が難しくなる。

「腹を割って話そうじゃないか。僕は君たち二人は吸血鬼であり、大罪人であると考えている」

「ならば、こちらも遠慮はいらぬ。警察組織の発表では、ブレゲ・アームストロングが殺人に巻き込まれた証拠は不十分と発表された。この時点で、リリーを捕らえることは不可能。次に吸血鬼であるという証拠もナシ。ではこれで、どのようにして二人を捕らえると言うのだ」

「…………」

「対魔師協会がこれ以上、我ら無辜の“人間”たちに言いがかりをつけるのであれば……ヴェルモンド家は抗議を行う。さて、我らが新聞に載せた広告が何日間、掲載されるか。何人の関係者たちが我らに対して頭を下げるか。想像するだけで楽しみだ」

「卑怯だぞ。金の力を借りて! 正々堂々としないか!」

「卑怯で正々堂々としていないのは、貴殿……キサマの方だ! 貴族を相手にこんな場所に呼び寄すのはまだしも、庶民の少女にアリもしない事実を押しつけるのがキサマのやり方か!?」

「……くっ。この度は、ヴェルモンド、それから彼女にも迷惑をかけたことを……申し訳なく……」

 レスファンは頭を下げることなく謝罪した。

 この舌戦で勝利したシロガネは、それに満足したように頷く。

「では、今回の一件はなかったことにしよう。貴殿ら協会側と、我らヴェルモンド家。互いに仲良くしたいものだ」

「ええ。では、少し僕は一人言を呟いてもいいかい?」

「……聞かぬことにしよう」

「特殊な吸血鬼をあぶり出す方法はすでに調べがついている。どこにいようと逃がしはしない」

 果たして、明後日の方向に向けて、大きな声で言ったレスファンの一人言は何を意味するのか。

 ハッタリなのか、本当のことなのか分からないリリーは、努めて動揺を隠し、シロガネは笑うだけだった。

 シロガネはマネに馬車を呼んでくるよう言付ける。

 レスファンの響くような笑い声が聖堂内でこだまし、リリーは不気味に思った。

 彼が本当にハッタリを噛ましているのか、どうか。


 馬車が霧の街の駅に止まり、リリーは一足先に下りる。

 シロガネも続いて下りた。彼はマネの手を支えて下りるエスコートをする。

 レディへのエスコートは忘れていないようだが、主人もレディである。

「何を不満げにしているのだ?」

「別に。なんだっていいじゃない」

「姫様扱いが足りぬというわけか。オレがなぜ、そんなことをせねばならぬ」

 シロガネはリリーを嫌っていると言う。

 彼を昔、傷つけていたのだから、仕方がないのだろう。

 それに、リリーは彼の嫌う、何も苦労していない貴族だし。

「全然気にしてないわ。ああ、そうだシロガネ。マネを宿屋まで送ってあげたら?」

 リリーなりの気遣いのつもりだったが、シロガネはクビを振った。

 少しばかり嫌みを込めたのはナイショだ。

「主はキサマだからな。マネもここまでで十分だな」

「はい。神の街まで馬車代、ありがとうございます。それに、助けにきてくれたことも。それだけでもう大丈夫です」

「と、言うわけだ。とっとと、帰るぞ」

 別れの挨拶をしたマネが立ち去る前に、リリーは引き留める。

「なんですか?」

「いえ。度々、何度もあなたに迷惑をかけたわ。だから、ごめんなさい」

 ブレゲ・アームストロングやレスファンを相手に巻き込まれたのは、リリーのせいだ。

 だが、マネは「そんなこと気にしてません」と笑顔で返す。

「わたしたち、そういう血を持っているんですから。ダメな時はダメですし。それに、どっちもシロガネとリリーさんの二人で助けてくれたじゃないですか。なら、それで良いじゃないですか」

「……今度は、私たちの屋敷に遊びに来て」

「はい。ぜひとも」

 マネは水の街へ向けて歩いて行く。

 シロガネとリリーも、自分たちの屋敷に向けて歩み出した。

「――それにしても、レスファンが最後に言っていた言葉。なんだったの?」

「はて。どうせ取るに足らぬフェイクであろう。奴は活人鬼をまるで知らん。ニンニクと銀と十字架を後生大事にぶら下げている内は、大丈夫だろうて」

「ううん……なんだか引っかかるわね」

 シロガネが大丈夫だと言うのだから、大丈夫なのだろう。

 きっと、シロガネの言うとおり、レスファンの言葉など、動揺させるためのハッタリなのだ。

 この時までは。


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