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死と闇と活人と(後編)

 翌日、その機会はあっという間に訪れた。

「リリー。今日は、時間があるか?」

「……別に空いているけど、乙女の部屋にノックをしないで入るのは常識を疑うわね」

「注文の多い主人だ」

「今、ノックしても遅いわ」

 シロガネは、リリーの部屋に無断で入ってきた。

 もし着替え中なら、どうするつもりだ。

「で、今日、どうかしたの? 私もこう見えて読書と妄想に忙しいの」

「なら、キサマは暇しているわけだ」

「さっきまで空いていたけれど、もう予定が埋まったって言っているの。乙女の部屋に突入する変態さんに割ける時間はないわ!」

「……時間がないのは、みんな同じだ」

「シロガネ?」

「なんでもない。キサマは真実を知りたいと言っていたな? だからこそ、キサマには少しずつ教えたい……とボスからのありがたいお言葉だ」

 シロガネはリリーの腕を掴み、強引に引っ張る。

「どうしたのよ!? 私をどこへ連れて行く気!?」

「着いたら分かる」


 屋敷を出て、しばらく歩いた場所に、その目的地はあった。

 辺り一面に咲いた白い花。そして、何よりも異様なのは、名前の刻まれた石が立ち並ぶ……。

「墓地……?」

「ここは、通称、吸血鬼たちの墓地」

「ここに吸血鬼が眠っている墓地……?」

「それは違う。ここには吸血鬼によって殺された人間たちが眠る場所。キサマの言うとおり、活人鬼や吸血鬼も眠っているがな」

「屋敷の近くにこんな場所があったなんて……知らなかったわ」

「ここには活人鬼……オレたちが殺してきた人間たちも眠る。キサマに教えるわけにはいかぬ」

 シロガネは一つの石の前に座ると、手を合わせた。

 新しく掘り返された土。そこには可能な限り白い花を植えられている。

「……ここにはブレゲ・アームストロングがいる」

「なんですって! どうやって運んだの!?」

「やっていることはブレゲ・アームストロングと変わらぬ。金の力で、御者に何を運ばせたか分からぬようにするのは……容易い」

 リリーは彼の行動を信じられなかった。

 あの男は、リリーとマネを屋敷にある牢屋に閉じ込めた男。

 しかも、シロガネ自身が救いようのない悪人だと言っていたではないか。

 そんな男に立派とまでは言えなくとも墓を建て、花を植え、手を合わせて祈るのはどういう心境の変化だ。

「この男は死者だ。悪行を行えど、死者と魂には関係のない話。魂まで裁かれる必要はなかろう」

「殺した相手を祈る……私も祈っていいかしら?」

「ウム」

 シロガネの隣で手を合わせる。

 土の下で眠る、妄想男にヒドイ目にはあったが、シロガネの言うとおりだとリリーは思った。

 誰だって、死んでいい人間なんていない。

 でもリリーたちは殺した。殺しは犯罪だ。勝手な判断で殺した。リリーのやったことは、正しかったのだろうか。

「……この男を殺したことで、誰か救われたの?」

「ブレゲ・アームストロングなど、氷山の一角に過ぎん」

「それでも、私たちは活人鬼だから、悪を消さなければならないわけね」

「ああ」

「私たちがやっているのは、自分たちが暴走しないためかしら」

「そんなことはない」

「なぜ?」

「オレは……この活人という思想を深く大事にしている」

「弱者を救うために、ねえ。あまりお父様には言いたくないけれども、言い訳じゃないかしら」

「なんだと?」

「だって、そうじゃない。自分たちは暴走しないために人殺しをする。でも、人殺しは悪だから、活人なんて言って、自分たちに都合の良い言い訳を作っているわけでしょ」

「……キサマ」

 シロガネは刀に手を伸ばしたが、ピタリと止まった。そして、腕を組んで空を仰ぐ。

「……だが、確かにキサマの言うことは事実だ。活人鬼なんて、言い訳だらけの連中だ」

「言い訳して、自分を騙して、人殺しして」

「人を殺してまともにいられるのは狂ってる奴のみだ。だが、受け止める理由がないと、心を狂わせるのも事実。活人鬼たちは常に都合の良い言い訳を作っている。『人を殺すのは弱者を救う活人のためだ』、『子供を暗殺者に育てるのは、自分たちの暴走を止めてくれるからだ』、『犯罪を消すのは、必要なことなんだ』とな」

「…………」

「それからオレもだ。弱者を救うため……オレと同じストリートチルドレンたちを救うためと誓っているが……そんな言い訳に頼っていないと自我も保ってられん」

 リリーは自分の手を見つめた。

 この手は血で汚れていない。ブレゲ・アームストロングとの一件でシロガネの手伝いをしたので、間接的には実行犯みたいなものだが……後悔はしていない。

「自分の行動に後悔しないし、これから選ぶ自分の道だって後悔したくないわ」

「リリー?」

「私はよく分からないけど、特別なんでしょ? でも私は何も知らない箱入り娘。真実を知ったなら、今度はそれを受け止めた上で物事を決定していく」

「殺しでもすると申すか。キサマ一人では何もできまい」

「まだ……私は殺しは悪だと思うし、活人の思想は理解出来ていないのだけれど。私は知りたい。私自身が何者か」

 シロガネはリリーと目を合わせなかった。

「どんどんキサマは大きくなっていくな」

「あなた、いくつよ……」

 シロガネは、もう一度手を合わせる。

「さて、もう祈りも済んだろう。願わくば、ここに眠る魂たちに、安寧の地へ誘われるよう、心から祈るばかりだ」


 死者への祈りが終わり、シロガネとリリーは屋敷に戻る。

 いつもの屋敷は同じようで、どことなく違う感じがした。

 今までは囚われの家、抜け出して連れ戻されてを繰り返す牢獄の象徴がこの屋敷だった。

 今は人殺しが住まう居城。死を扱う断罪人たちが集う総本山。

 だが、不思議とリリーは敷居の高さを感じなかった。人殺しを受け入れているわけではないが、リリーなりに理解したいとは考えているから。

 そう考えれば、不思議とリリーは、この屋敷を完全には嫌うことができなかった。

 シロガネが外開きの扉に手を触れようとした瞬間、勢いよく扉が開き、シロガネは頭を打った。

「グッ! 誰だ、扉はゆっくりと開く物だと習わなかったかッ!」

「ごめーん! シロガネを探してて――って、シロガネ! ちょうど良かったよぉ~!」

 唐草模様のマフラーを身につけ、その少女は頭を押さえているシロガネの腕を掴んでいる。

 今日も、昨日も明日も元気はつらつ娘。それがリリーの知る彼女なのだ。

「ユーナギ? 帰ってきたの?」

「おっ! リリーじゃん。ひっさっしー光線」

 ユーナギは、元気よく指でピストルの形を作る。

「ひっさっしー光線バリアー……って、子供じゃないんだから」

 ひっさっしー……つまり、久しぶりと挨拶しているわけだが、どうにもユーナギはいつまでも変わらない。

「なんか、ネタを冷静に解説されるとスベってる感、半端ないねー」

「また、私、声に出てた?」

「んー? ばっちしばっちし! なんなら、リリーの顔を見るだけで会話できちゃうよ! じー」

「そんなにマジマジと見られると恥ずかしいわ」

 ユーナギ。

 彼女は東の国出身者で、よくヴェルモンド家に遊びに来る友人だ。

 外へと出ることを許可されていないリリーにとって、数少ない外の友人でもある。彼女から聞かされる異国の話に、どれだけ心を躍らせたことか。

「そういえば、リリー。キサマにはユーナギの正体を伝えたことなかったな」

「え?」

「彼女はヴェルモンド家で情報屋をやってくれている」

 ユーナギは誇らしげに鼻頭を擦る。いつまでもわんぱくで、少年のような心を持った少女だが、そんな彼女がヴェルモンド家の情報屋をしていたとは。

「そりゃーもう! あたしってば、ちょー優秀な情報屋だもんねー! しかも、なんと一番!」

「評価が一番下という意味で一番だ」

「あー! シロガネ、どーゆーこと! あたしの情報は信用に足るもんね! 例えば、最近研究されている銃に瓦斯を用いられているとか」

「……普通に巷の噂話として流れている情報だ。もう知っている」

 シロガネは、痛むであろう額を押さえ、ため息を一つ漏らした。

「こんな感じで情報はまるで役に立たんが、彼女は人間の協力者だ。各街で貴族や犯罪者の情報を集めて貰っている」

「うーん、暗殺一つおいても色んな協力者がいるってことよね」

「ウム。標的を始末するオレ。情報屋のユーナギ。他にも山ほどいる。情報の偽装工作の専門家、御者に偽装した荷物を運ばせる者、先ほどの墓とて、墓守がいるくらいだからな」

 もっと話を聞けば、色々な協力者の話が聞けるのだろうか。それだけ、ヴェルモンドと暗殺の歴史は切っても切り離せない関係にあるというわけか。

「そだ! シロガネ、大変だって! 対魔師協会がリリーを指名手配犯にしたんだよぅ」

「なんだと! なぜ、その情報が遅れた……!」

「だってぇ! 対魔師協会側がリリーに動きをバレる前に確保しようって話だし! 新聞も一切情報を載せてないんだよぉ」

「もしや、ブレゲ・アームストロングの部下どもか……! 見られたからには口を封じた方が良かったか……!」

「それ、活人じゃないじゃん。弱者を救うために斬るのが活人でしょ。自分たちの身を守るために斬ったら、殺人剣でしかないよ」

「ウ……ムぅ……何よりも、ただただ行動が迂闊だったことを悔いることしかできぬ……」

 本人を目の前にして、指名手配にされている話をするのはいかがか。せめて介入しようと、リリーは二人の間に割って入る。

「どういうこと! 私は何もしてないわ……いや、ちょっとしたけれども」

「そりゃもう、ブレゲ・アームストロングの部下さんたちが、リリー姫の顔を覚えていたわけだし。だから、似顔絵作成して吸血鬼の仲間を捕らえたって」

「マネが!?」

 確かに、ブレゲ・アームストロングの部下に掴まった際に、彼の部下にリリーとマネの顔を見られているが。

「ちなみに、ユーナギ。キサマ、それはどこからの情報だ?」

「……対魔師協会から、直接言ってこいって言われちった……あははは」

「キサマがヴェルモンドと繋がっていることは当然のように知っているってわけか」

「んー、まあ、こっちから出向いてこいって挑発してるっぽいねー。どーしちゃう?」

「……ボスに伝え、すぐに出発する」

「リリーは?」

「連れて行く」

「危険だらけの迂闊な行動じゃーない?」

「本人が希望している。オレたちが何をしていたのか。リリーが何者なのか」

「何者と来ましたか。ってことは、もう姫様は外の世界を知り、家族たちが何をしてきたか知っているわけかー」

 リリーは頷く。

「何も知らないから、私は知りたいわ」

「知れば傷つくんでなーい?」

「承知の上よ」

「ん。なら、いいんじゃない? ブラム様も望んでいるらしいし」

「お父様が?」

 シロガネがギロリと目つきを尖らせると、ユーナギは一度、口を閉じた。

「ボスが望んでいるのは、リリーが何者かを知るチャンスを与えることだけだ。余計な情報は無用」

「へいへーい。……仕方ないよね」

「ユーナギ!」

「っと、しまったしまった! ごめんよ! 留守の間、ボスのことは任せてちょーよ!」

 まただ。また、リリーに何かを隠している。

 一度、やられたことを何度も繰り返されるほど、リリーは間が抜けていない。

「今度は何を隠しているの? ハッキリと答えて!」

「……すまぬ。今度ことばかりは、この命に代えても話すことはできぬ」

「私が活人鬼を知ってからのあなたは変よ。いつもなら、『言うことを聞かぬなら斬り殺す』って、ロクに口も聞いてくれないじゃない」

「ならば、要望通り答えてやる。言うことを聞かぬなら斬り殺す。この場で!」

「あー……言っておいて、なんだけど。やっぱり斬り殺すのはナシで」

 シロガネはリリーが口を開こうとする度に刀をチラつかせる。

 結局、大事な情報は聞けずに再びリリーの旅が始まろうとしていた。


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