第十九節 万引きGメン誤認逮捕
第十九節 万引きGメン誤認逮捕
特別隔離室――、
シゲミが水分不足で悶絶している。
「くぅん……」
すると、どこからともなく
「こげ茶色」
例の、こげ茶色の民の声が聞こえて来た。
「こげちゃん……こげちゃん、居なーい‼」
「!」
こげ茶色の民の主張は、色から人へと昇華された。
(い、色じゃなかったの? 焦げちゃんと言う人なの?)
困惑するシゲミ。
「こげちゃん……居な――」
「うるせぇ! そんな奴居るか‼」
「……」
黙り込むこげ茶色の民。どうやら、別室の特別隔離室に居る人物が切れたようだった。
「黙ってろよ、めんどくせぇ……」
そうこうしているうちに、
「カチャ」
廊下の扉が開いた。
「何か声がしたようだったけど、何かあった?」
看護婦さんだった。
「……」
「……」
「こげ茶色……」
「何も無いようねシゲミさん、ちょっと」
「?」
呼ばれたのはシゲミ。
「ここを出ましょう。もう飽きたでしょ?」
「よぃん(飽きたら部屋が変わるの?)」
「ガギィン‼ ガチャン! ガチャ!」
シゲミが入っていた特別隔離室の鍵が開く。
(いちいちコレやると、イライラしちゃうのよねー。力入れるからかしら?)
看護婦さんはそっと思った。
「さ、行きましょ」
シゲミ、特別隔離室から脱出!!!
「よぉ、おっちゃん。シャバの空気めいいっぱい吸ってこいよ」
廊下で通り過ぎる別室の患者が、シゲミに声を掛ける。
「くぅん」
温かい言葉に目頭が熱くなる。そして――、
「ガチャ! ガチャン! ガギィン‼」
「今日から、普通の隔離室だからね」
「! ! ! ‼」
下げて上げて下げられた。二度地獄に落ちたような気がしたシゲミはブラックアウトした。
その頃の松本――。
『しらネギ』と書かれたTシャツを着て、商店街を歩いていた。BEAMSでネット予約で買ったらしい。ハイセンス過ぎて付いていけない。
「殺されてぇのか?」
……。
松本は『とよち』と言う精肉店に立ち寄った。
「おっ、松本君。今夜は鍋かい?」
とよちの店主が尋ねて来た。
「いいや、しゃぶしゃぶだ」
返す松本。
「ありがとうございましたー。」
買い物を済ませる松本。
突如――、
「ガッ」
肩を掴まれる松本。
「⁉」
「お兄さーん、ちょっといいかな?」
話し掛けてくる謎の人物。
「? 何だキサマは」
返す松本。
「ちょっとこっちへ……」
促されるままについて行く松本。とある建物の前へと辿り着いた。中に入る。
「お兄さーん、そのバッグに入っているモノ、見せて頂戴」
中へ入るや否や、松本はバッグの中身を確認させられた。買った肉が入っていた。
「そのお肉、どうやって手に入れたの?」
「普通に買ったんだが?」
「本当かな?」
「! てめぇ、疑ってんのか?」
「うん、万引きGメンをやっている者なんでね」
「名前は何て言うんだ?」
「Y、とだけ、名乗っておこうか」
「Y氏、ね」
「死ね? 初対面で死ねとは何だお前!」
激昂するY。
「氏名の氏だ。日本語も分からねぇのか。俺は因みに松本と言う名前だ。……フフ」
両手を軽く上げ、手のひらを見せる松本。笑みが零れている。
「何がおかしい‼」
更に激昂するY。
「はは、いやぁ、最近の万引きGメンも大した事ねぇと思うと、おかしくってよう」
「何⁉」
話を切り出す松本。
「万引きってのは棚やらの商品売り場とかに置いてあるヤツを盗むってコトを指すよなぁ?」
「そうだ。その通りだ。それがどうした?」
「コレを見てみろ!」
Yに何かを見せつける松本。先程買った肉だった。
「精肉店で買ったやつだ。肉は売られる時、ガラス張りのショーケースに置いてあった。どうやって盗む?」
「ぐぬぬ」
ぐうの音も出ないY。
「更に見ろ。ご丁寧に量りにかけた後、ラップまでしてある。一体どのタイミングで盗んだっつーんだ?」
「ら、ラップにかけてから売っている精肉店だってある!」
苦し紛れの言い訳をするY。
「そうか、なら今から店まで行ってみようじゃねぇか。真相が分かるぜ?」
「‼」
汗をかきながらYは松本の後を歩き、とよちに辿り着いた!
「よっ! また来たぜ」
「おっ、松本君、どうしたの?」
冷や汗が止まらないY。
「見ろよYさんとやら。こんな感じでラッピングせずにガラス張りのショーケースで売られているぜ?」
松本はYにとどめを刺した。
「この人誰なの?」
とよちの店主が問う。
「Y氏だ。厄介になるんで情報はそれだけでいい」
「Y氏、ね」
「Y氏、ねじゃなくてY死ねと言ってやってもいいぜ?」
「ははは」
松本の言葉に、苦笑いのとよちの店主。
「Yさんについてはあんまり首をつっこまない様にするよ。それで、帰ってきたのは何で?」
「おお、そうだったな。おやっさん。今日、ついさっき、この肉を俺はここで買ったよな?」
「バン!」
松本は買った肉をカバンから出した。
「うん、ついさっき買ったよー。それがどうしたのー?」
「ズキューン!!!」
店主のその言葉はYに深々と突き刺さった。
Yのライフポイントは0……を通り越してマイナスになった。もう勝負はついたのである。
「ほら、な? ん? どうした?」
松本がYに話し掛けるも、身体全身がしおれてしまったY氏にはその言葉は届かなかった。
「シュ――――」
小一時間後――、河原にて。
「俺、向いてないのかな? この仕事」
Yが悲し気に心中を吐露する。
「ああ、向いていない」
「グサり」
松本の心無い言葉が、Yを襲う。
「これで六人目なんですよ」
唐突に敬語になるY。
「六人目か……」
相槌を打つように松本は言う。
「誤認逮捕で六人……誤認なら五人で……ブハッ」
「ゴッ‼」
ふざけた態度をとるYに、一撃入れる松本。――、
「俺、就活もろくに結果でなくて、やっとこさ始められた仕事がこれなんです。それがこんな有り様で……笑っちゃいますよね?」
「いいや、笑えねぇな」
「グサッ‼」
松本の一言は、Yに致命的な痛みを与えた。
「ははは、もういっそ、生活保護でも受けようかな……」
「すっ」
Yの言葉を聞いて、立ち上がる松本。
「努力もしねぇで息吸ってんじゃねぇえええ‼」
「ゴッ‼」
Yは松本の一撃で宙を舞った。
――。
「うーん」
「パチッ」
Yが目を覚ました。今まで気絶していたのである。
「よぉ、目が覚めたか?」
松本が話し掛ける。
「は! ハイ‼ すいませんでした!」
右手を上げてYを制止する松本。
「謝る必要はないぜ。さっきの俺の誤認逮捕、あの一撃でチャラにしてやらぁ。警察には言わねぇ」
「は、ハイ‼ あり難き幸せ‼‼」
謎の返しを言い放つY。
「なんだそりゃ? まぁいい。Yとやら、歳は幾つだ?」
「ハイ! 23です‼」
「(もう少しボリューム下げれねぇのか?)分かった。確か、日本人は25までなら余裕で人生やり直せるらしい、頑張れよ」
「は、ハイ! すいませんでした! そしてありがとうございました!」
(また一人、救ってしまったか……)15の松本は黄昏ながら思う。
そして――、
Yはその日のうちに生活保護の手続きをしに区役所へと向かった。




