第十二節 佐藤さん
第十二節 佐藤さん
「プルルルル! プルルルル!」
とあるホテル。携帯電話が鳴っている。表示は非通知となっていた。
「ザ――、キュッ」
シャワールームから一人の男が姿を現した。臼井すい、である。
「留守番電話に接続します」
携帯は留守番電話にメッセージを残すべく、作動し続けていた。
「ピー…………臼井のあんちゃんよぉ? 逃げ回っている様だが、逃げ切れるとでも思っちゃあいねぇだろうなぁ。いつか捕まえて小指の一本……いや、片腕の指全部もっていってやるけぇなぁ! 覚悟してろ‼ ブツンッ」
携帯の留守番機能は停止した様だ。
「ふ――。お互いではあるが……しぶとい……」
臼井すいはボソりと呟いた。
とある日の昼下がり、松本の通う学校にて……
「プルルルル! プルルルル!」
松本の携帯が鳴った。
「スチャ」
松本が携帯を手に取る
「はい……」
すると、
「佐藤さん、山〇組系暴力団の片岡ですが、例の品の取引、進んでませんよね? どうしたのですか?」
「俺は佐藤さんじゃない、松本だ」
見知らぬ男に対して、返す松本。
「え? でもこの番号は佐藤さんって聞きましたが……」
「知らん、俺は松本だ。切るぞ」
「あ? 待っ……」
「ブツン、プー、プー、プー」
(いったい誰の仕業だ? クソッ)
苛立つ松本。少し考えてみる。すると、
「キュピーン‼」
脳裏をよぎったのは――
(回想)「キミ、松本君て言うんだね。番号の交換をしよう」立野が松本に話し掛ける。「ふん……いいぜ、好きにしろ」(回想終了)
あんとき、春に番号交換したあの立野とか言うヤロウ、
「ピ、ピ、ピ、ピ」
携帯を動かす松本。電話帳を見ている。
(持っている番号は、あのヤロウと、いたイブキの2件だけだ。つまりは……)
「メキメキメキメキ」
机の角を握りしめる松本。机は変形していった。
(あのヤロウがヤクザに、俺の情報を漏らしやがったんだ……)
放課後――、
「おいっ‼」
「ヒッ!」
生徒Aの胸ぐらを掴む松本。
「立野とか言うヤロウを知らねえか?」
「しっ知らない……!」
むんずと顔を近付ける松本。
「……命拾いしたな」
謎の笑顔を見せる松本。ぱっと手を離す。
「ドシャ……シャ――」
生徒Aは床に落ちた後、緊張のあまり失禁した。
「あわ……あわわわわわわ」
震える生徒A。
「おい! てめえらに問う‼ 立野とか言うヤロウのコトを知らねぇか⁉ 知っていたら名乗り出ろ」
吠える松本。しかし、
(言ったら殺されるかも……)
(仮に知ってても言えねぇだろその表情さらされたら……)
ふー、と溜め息をつく松本。こめかみには血管が浮いている。
「仕方ねぇ! 一万出す! 知ってるやつが居たら名乗り出てくれ‼」
「ざわざわ」
ざわつき始める教室内。
「あ、あのう……」
ぽっちゃり系男子が手を上げた。
「! 何だ?」
「立野君とは顔見知りで、二つ隣のF組に居ます」
「!」
ずんずんとぽっちゃり系男子に近付く松本。
「ひっ」
怯えるぽっちゃり系男子。
「ッターン」
両手で肩に手をやる松本。
「ありがとう、駄賃だ」
「ひらっ」
諭吉が宙を舞っていた。
「や、やったぁ!」
ぽっちゃり系男子は喜んだ。
「ずんずんずんずん」
松本は全身に力を入れて進む。F組に到着した。
「立野とか言うクソ野郎は居ねぇか! ! ! ?」
大声で叫ぶ松本。
「ひいっ‼」
立野は、居た! ! !
「おい、佐藤ってやつの事。知らねえわけねぇだろうなぁ?」
「あ、あわわわわわわ」
教室の隅で口から泡ぶくを出す立野。完全に気を失いかけている。
「おい!」
「あ!」
松本が二歩近寄り声を荒げた。
その瞬間、立野は気を失った。
(クソッ! 聞きてえコトが山ほどあんのに気を失いやがった……二、三発殴って起こすか……? 大抵コイツが、シャブやるか売るかしてて、逃げてえときに俺の番号やら個人情報やらを売ったんだろうが……)
松本が考え事をしているその瞬間、
「プルルルル! プルルルル!」
また、非通知で電話が鳴った。電話に出てみる。
「ハァ……ハァ……佐藤さぁん⁉」
「NO! プツン」
松本は言い放った。生まれてから数年、死の恐怖とは無縁だった漢が初めてと言っていい程に生命の危機を感じた。その時言い放った言葉はNOの二文字だった。
「プー、プー、プー」
「あぶねぇ……今のは、完全にシャブかなんかやってる奴の声だった……クソッ!」
立野を見る松本。
「コイツの所為で……!」
何か思い付く松本。
「そうだ……doc〇moショップに行こう。番号の変更だ」
パァっと明るくなる松本。結構、単純である。
「黙れ」
……。
doc〇moショップに行く途中、数人の黒服姿の男たちが松本の前に立ち塞がった。
「……」
身構える松本。一人の男が口を開いた。
「こんにちは、佐藤さん。例の薬の件ですが……」
「知らん、俺は松本だ」
松本は至極、正論を唱えた。
「しらばっくれるのですか? 佐藤さん」
「俺は松本だと、言ってるだろうがぁあああ!」
拳を握り、突進していく松本。
しかし、
「カチャ……」
黒服達全員が、懐から何かを取り出した。
「! ! ! ⁉」
それはチャカだった。突進を止める松本。
「賢明な判断ですね」
一人の男が話し出した。
「佐藤さんが如何に大柄で力強くても、コレには……この武器には敵わないでしょうね」
(俺は松本だ……)
「ジリ……」
睨み合いが続く。
(マズいな……ナイフ程度なら蹴って片脚を犠牲にすりゃ獲物を無効化できる。しかし、――)
銃口を見つめる松本。
(飛び道具なら話は別だ。片脚どころか、四肢全部持ってかれそうだ。しかも、相手にはノーダメージで……)
数十秒が経過しただろうか……双方に動きは無く、やはり睨み合いが続いていた。
刹那、
「パァン! パァン! パァン!」
銃声が鳴り響いた。黒服はもちろん、無傷だった。なんと、松本まで無傷であった。誰がどこを狙って撃ったのか……? 答えは状況を客観視すれば分かった。
黒服達が持っていたチャカが、全て破壊されていた。
「!」
「‼」
「⁉」
「‼」
撃ったのは臼井すいだった。
「大丈夫か?」
臼井すいが口を開いた。
「! ああ、済まねぇ。礼を言う」
返す松本。
「礼を言うのはまだ早いさ」
「?」
「この場所から逃げきれたらしにろ……!」
「ダッ」
ダッシュで近付いて来る臼井すい。
「ガッ‼ ドッ‼」
蹴りや膝蹴りを繰り出す。
「ガッ‼ ゴッ‼」
松本も負けじと、殴打を繰り出す。
「なんだ! コイツら‼」
黒服達は動揺する。
(馬鹿強ぇえ! ! !)
黒服達は7、8割が倒され、残りは撤退していった。
数分後――、
「どうして奴らに狙われたんだ?」
臼井すいが問う。手のひらを両方とも軽く上げたのちに、松本は事情を話した。
「成程……なら、doc〇moショップに行った方が良いな」
「そうだ、だから俺はdoc〇moショップに行く」
「……」
「……」
「また、何かあったら……」
松本は、人生三人目の電話帳登録をした。
「じゃあ、な……」
「スッ」
臼井すいに、片手を上げたのち、松本はdoc〇moショップへと足を運んだ。
「いらっしゃませ――‼」
「番号を変えに来た」
「そうなんですねぇ……」
「……」
「ありがとうございました――」
松本は、携帯電話の番号を変えた! そして、電話帳から立野の情報をすべて消した。




