花奈Side 2
中学3年の夏、私とゆかりは同級生の子達とバンドを組んで、ラジオ番組主催のコンテストの予選に出た。
私たちのバンドは、大賞候補の一角だ、と言われていた。司会の人が言うには、音源審査で5本の指に入っていたとか。
曲の冒頭は、リードギターゆかりのソロなんだけど、その段階からもう客席がざわつき始めた。
ゆかりに先導されながら、ボーカルとベースとドラム、それとリズムギターの私も全力でそれに付いて行く。
演奏は過去最高レベルに上手くいって、アウトロに入る前から、観客が歓声を上げ始めた。
だけど、私はそれに気をとられて、一瞬だけ気が緩んだせいで、最後の4小節で完全にコードを間違えて、全部台無しにしてしまった。
それでも拍手を浴びながら、私達は舞台袖に引っ込んで、控え室に向かった。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
「まー、ライブなんだし、そんな事もあるって。花奈」
「私もちょっとだけ間違えたし、気にしない気にしない」
何度も謝りながら、泣きじゃくる私へ、肩に手を置くゆかりと、その横にいるベースの鈴木さんが優しくそう言ってくれた。
「頑張ったんだから大丈夫だよ」
「そうそう。それに、まだ落ちたって決まってないじゃん?」
「うん……。ありがとう……」
2人が慰めてくれたおかげで、なんとか立ち直りかけたとき、
「幼なじみだと何しても許されるんだー。ずるーい」
「せっかく完璧だったのにさー、最後にぶっ壊わすとか最悪なんですけど?」
ボーカルの吉見さんとドラムの佐藤さんが、私をキッと睨み付けて、きつい口調でそう言ってきた。
「あ……。え……っ」
弱っていた私には、その氷の様に冷たい声が心に深く突き刺さった。
「花奈!?」
パニックになった私は、過呼吸を起こしてへたり込んだ。
「落ち着いて! 大丈夫だから」
ゆかりは私の背中を撫でて、落ち着かせようと声をかけてくれて、
「ちょっと! その言い方は無いでしょ!」
鈴木さんはその2人にそう言い返した。
「別に本当の事言ってるだけなんですけどー?」
「そいつがミスったんだし、このくらい言われても当然じゃん?」
だけど、彼女達はそう言って、棘のある強い口調で私を責める。
「まあまあ3人とも。ちょっと落ち着こう?」
険悪な雰囲気の3人へ、ゆかりはそう言って仲裁に入ったけど、
「そうやってさ、甘やかしてるから失敗するんだよ」
「またミスされても堪んないし、もっとまともなの探さない?」
私への当てつけの様な口振りで、彼女達はゆかりへそう言う。
「ふーん。そんなこと言うんだ。じゃあ、私も厳しいこと言って良い?」
そんな彼女達に向かって、ゆかりは今まで聞いたことの無い様な、とても低い声を出した。
「佐藤さんのドラム、リズムがずっとズレてて、凄くやりにくかったんだけど」
自分の足元に置いてたボイスレコーダーを、ゆかりは佐藤さんに渡した。
「う……っ」
さっきの演奏を聴いてみると、私は必死で気がつかなかったけど、確かにバスがずっとバラバラだった。
「それと吉見さんは、ずっと音程がうわずってたよ」
吉見さんには、その楽譜を見せながら、レコーダーの音に合わせてゆかりが歌った。
結果はもちろん、ゆかり本人が言ったとおりになった。
「いや……、その」
「自分たちだって完璧じゃないのに、偉そうなこと言わないで」
それは普段、ゆかりが絶対言わない言葉だ。このとき多分、彼女は大分怒っていたんだろうと思う。
「ほ、ほら、その、ライブ感って――」
「言い訳しないでもらえる?」
引きつった顔でそう言いかけた吉見さんは、ゆかりは突き刺すようにそう言う。
「で、でも! 私たちまだアマチュアなんだし、ちょっとぐらい――」
「じゃあなんで、花奈にあんなこと言ったの?」
「えっと、その、あの……」
必死に自分を擁護する2人に、ゆかりはもう我慢の限界が来たみたいで、
「もういいよ。――私、このバンド辞めるから」
幻滅した声と顔で、2人に三行半をたたき付けた。
「じゃあ私もそうするね。――あんたらとはやってらんないわ」
鈴木さんもそれに賛同して、ベースを片づけ始めた。
「花奈さんごめんって。私が悪かったから!」
「きつい言い方してごめんね? ちょっと気が立ってたんだ、私」
バンドの要に抜けると言われて、2人は慌てて私に謝ってきた。
「ゆかり……っ」
彼女達の必死な様子が怖くなって、私は顔を逸らして、私のギターを片づけてたゆかりに抱きついた。
「花奈を馬鹿にするのもいい加減にして!」
怯える私を抱き寄せたゆかりは、2人へ声を荒らげてそう言い放った。
私が怒鳴ったゆかりを見たのは、後にも先にもこの1回だけだった。
片付けが全部終わると、
「じゃあ帰ろう。花奈。鈴木さん」
「……うん」
「オッケー」
私たち3人は、呆然とする後の2人を残して、結果発表も聞かずに会場を出た。
その後は、審査員の人が大目に見てくれて、バンドは予選を突破したと聞いた。
2人は慌ててメンバーを揃えて出たけど、ゆかりのパートを弾けるわけが無くて、評価は散々だったらしい。
でもそんなことは、この先、私に起こったある事に比べたら、ずっと小さな事だった。