セミが鳴いている。
セミが鳴いている。
季節は夏、7月の中旬。
今年は早くから暑くセミはいつもより早く鳴いていた。
この教室にもセミの鳴き声が聞こえる。
「セミって毎年毎年鳴いているから時々意識しないと聞こえなくなるのよね」
「言われてみればそうかも。帰る途中に暑さから気を散らそうと耳を済ませたら『セミが鳴いているなあ。また熱くなったのかなあ』とか思いながら帰っているし」
「そんなことを考えながら帰っているの?もっと周りを見ましょうよ」
「周りって…。いつも通りの道なんだよ?」
「それでもいいの。いつもと変わっているのを見つけるといいわ。例えば道端の草がいつもより元気だったり、いつもより鳥が元気に鳴いているとかね」
「そんな違い分からないよ。あ、これ終わったよ」
「ありがとう。些細なことでも新しいことを見つけようとするのも楽しいわよ」
「例えばさっきのとか?」
「それもあるけど、私は最近人を見ているわ。君もいつもと違う。分かるかしら?」
「え?いつも通りに支度してきたつもりだけど」
「いつもと違うわよ。鏡を貸してあげるからよく見てごらん」
「えっ、うん。わかった」
*
「…うーん。髪が少し乱れているとか?」
「それもそうだけど、私が用意した答えとは違うわ。それも一つの変化だけどね。」
「私が用意した答えは顔色。いつもより顔色が悪いけど、何かあったのかしら?」
「あー…ちょっと昨日やりたいことがあってね」
「もしかしてまたゲーム?ダメじゃない。『ゲームは1日1時間』と言われているのに」
「そんなの守ってる人なんていないよ。1時間なんてあっという間に過ぎちゃうし」
「そうかもしれないわ。ちなみにこの言葉には続きがあってゲームだけではなく体を動かして遊んだりもしようって続いているのよ」
「へぇー、知らなかったよ。よく知っているね」
「気になったことはすぐ調べるからね。忘れないようにメモもしているわ」
「だからみんなに信頼されているのかな。学級委員も似合ってるし」
「それはあなたもそうだと思うわ。同じ学級委員じゃない」
「どうしてだろうね。まさか候補に名前が挙がってそのままなるとは思わなかったから」
「それもまた同じ。意識しないと分からないことだわ。たぶん自分で思っていた以上にみんなに慕われていたんでしょうね」
「意識しないと分からないことって多いのかもね」
「お話もいいけど、手が止まっちゃっているわね。少し別のことでもしましょう」
「いいの?僕は構わないけど、帰るの遅れちゃうよ?」
「構わないわ。ずっと仕事していて疲れたでしょう?休みがてら少しこれで遊びましょう」
「トランプ?もうみんな帰っちゃっただろうし。誰か呼ぶの?」
「いいえ。二人だけでやるわ。やるのはブラックジャック。勝負は5回で親は私。コインの代わりにこの頼まれた仕事でどうかしら?」
「じゃあせっかくだしやろうかな」
「それじゃあ賭け金ならぬ賭けプリントを出してちょうだい」
「全部一枚ずつでいいよ。はい」
「ではどうぞ。…考えると静かになってしまうわね。お話も交えながらやりましょう」
「じゃあ最近ハマっていることでもある?あ、ヒットで」
「ハマっていること、ね…。強いて言うなら読書かしら。はい」
「へぇ、僕も本はよく読むよ。どういうのを読んでいるの?スタンド」
「乱読だからいろいろよ。昨日読んだのは事件モノだったわ。私の勝ち。はい」
「事件モノか。もしかしてシャーロック・ホームズとか?スタンド」
「違うわ。お店で目に留まったものよ。誰かもわからない。どういうものかわからない。ただ『これがいい』と思ったからよ。そうしたら事件モノだったわけ。また私の勝ち。はい」
「よくそんなことできるね。本1冊漫画で大体500円。小説だと1000円もするときがある。僕だと慎重に選んじゃうな。ヒット」
「同時に『これじゃなければ嫌』とも思ったのよ。でも私の目に狂いはなかったわ。人気はなかったもののとても面白かった。…表情に出ているわよ。次にいきましょう。はい」
「僕ってポーカーフェイスできないのかな…。そういえば本の名前は?スタンド」
「『花火の下に死体あり』よ。よかったら貸しましょうか?また私の勝ちね。はい」
「いや、今回は遠慮しておくよ。今読んでる本があるからね。なんでそんなタイトルなの?ヒット」
「桜の下に死体が埋まっているという噂話を聞いたことがあるかしら?それになぞらえて花火の下に死体があるっていうものよ。はい」
「でもあれって元々桜は白色で血を吸って桃色になったと言われているだけでしょ?ならおかしいんじゃないかな?ヒット」
「花火も元々はただの火よ。いろいろな金属を使って綺麗な色を表現しているの。まったく違うってわけじゃないわ。はい」
「やっぱり物知りだね。僕ももっと本を読んだ方がいいのかな。ヒット」
「そうね。本はいいわよ。楽しさと同時に新しいことを知ることもできる。新しい考え方もできる。たった1冊の本でも人生を変える本もあるわ。はい」
「…負けた。人生を変えた本ってあるの?」
「私はこれっていう1冊はないわ。あくまでもそういう人がいるってことよ」
「そういうことね。仕事増えちゃったなあ…。って残り全部じゃん!」
「さっき話したこと覚えている?」
「え?人生を変えた本のこと?」
「違うわ。しかもそれは今話していること。もっと前のことよ」
「えっと、意識していないと分からないってやつ?」
「そうよ。今の勝負、不思議に思わなかったかしら?」
「ただ単に運がなかったなあって思ったけど…」
「実はこれにはタネがあるのよ。君が最初に『僕が混ぜるよ』と言っていたら勝っていたかも」
「もしかしてイカサマ?ずるくない?」
「ずるくはないわ。気づかなかったあなたが悪いのよ」
「そんなことって…。まさかイカサマされるとは思わなかったから」
「これで一つ分かったでしょ?私はこういう人間よ」
「もしかしてさっきの本にそんな感じのでも書かれていたの?」
「そうよ。まあ本だと人の命を奪うことだったけど」
「そういえば事件モノだったね…」
「ちなみに仕掛けはどういうの?」
「簡単よ。先に明らかに中がバラバラだろう数字のカードを見せる。カードを仕掛けに触れないように真ん中に入れる。そしてそのまま始める。上から取っていくから上はいじらないようにね」
「用意周到だね。こうなることを予想してたの?」
「大方予想通りよ。まあ用意したからどうにかしてやるつもりだったけどね」
「どう?意識しないと見落としたりするでしょ?」
「まあ、そうだね。無理やりみたいなところもあったけど」
「今もそうよ。また見落としているわよ」
「これはわかった。君の顔が赤いね」
「…正解よ。じゃあ後はよろしくね」
「ああ、うん。大丈夫?体調悪いなら言ってくれればよかったのに」
「大丈夫よ。終わったら先生に出しておいてちょうだい」
「わかった。気を付けてね」
「バイバイ…」
「バイバイ。…どうしたの?まだ何かあった?」
「…好きよ。あなたのことが――」
セミの鳴き声が聞こえる。
いつもよりはっきり、くっきりと。
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