code:00.始まりの劇鉄
「走るんだ!急げヒロ!」
「大丈夫だから、あと少し頑張ってアズ、ヒロ!」
やや息を切らせた父の声と、我が子らの名を呼ぶうわずった母の声。轟音がそれらをかき消し、巨大な影が街を飛ぶ。10メートル程の人の形を模したそれらは、AGと呼ばれる最新鋭の兵器だ。ヒロ―― 神代 優翔はその鉄の巨人の輝きに顔を強張らせる。
彼らは戦火から逃れるため、戦争とテロリズムが横行する今となっては当たり前となった、国が設置していた緊急用地下シェルターを目指して山間部の自宅から林道を走っていた。優翔達一家が住んでいた神金島は独立民主国家「大和」の軍需企業白兎や軍施設などが集中し、侵攻の主たる標的とされたのだ。
闊歩する巨人の影、銃弾やミサイルの飛び交う街には、すでに幾筋も黒煙が立ち上っている。それを横目に走る優翔の目に、木々の隙間からシェルター施設が見えた。シェルターの扉は開けられていて、軍の人間が避難民を誘導している。その時父の安堵の声で視線が前方へと戻る。前方では2両の軍用車が避難民を収用していてシェルターへと運ぼうとしていた。家族揃って安堵の表情を浮かべた時だった。
その時、優翔の目に林を降りた先の神金神社の鳥居を前に力無く座り込んだ1人の少女が映った。避難をしながら怪我でもしてしまったのだろうか?彼女も自分と年は同じくらいだろう、他の家族は?動けなくて誰かの助けを待っているかもしれない。
「父さん、皆を連れて先に収用してもらって!あの子を拾って僕もすぐ戻るから!」
何?と疑問符を浮かべる父と危ない、といった母の静止を聞かずに一気に斜面を駆け降りる。ねぇ君、大丈夫―と少女に声をかけると肩先ほどの綺麗な黄金の髪を足らしながら小さくではあるが頷いた。
「早く逃げなきゃ。見たところ神社も流れ弾で潰れてしまったみたいだし…ここも危ないよ!」
行こうと手を引くと少女は顔を上げ、神社だったものを見つめて言う。
「でも家族が…私だけ…生き残って…!!」
「君は…もしかして神金神社の?」
優翔はクラスメイトの話していた神金神社の金色巫女と呼ばれる女の子の話を思い出していた。
---そうか、この子が…
避難の途中家族を亡くしたのだろう、そう思っていた優翔にはかける言葉が思い付かなかった。、
刹那、轟音が耳を叩き、世界が回る。
咄嗟に少女を抱きかかえる、2人の体を轟音と衝撃が襲う。
気づいた時、少女と二人吹き飛ばされ、アスファルトの地面に叩きつけられていた。
全身に広がる鈍い痛みと口に広がる鉄の味に顔を歪ませながら少女に声をかける。
「大丈夫?怪我は!?」
少女はまたもこくりと頷くだけであったが、見たところ目立って大きな外傷はない。少女の安否を確かめ、安堵のため息をこぼす。
しかし、優翔の中に1つの不安がよぎる。
家族はどうなったのだろう―――
そして辺りを見回し、唖然とした。
今まで駆け降りてきた林はすでに焼け焦げ、大きくえぐられて赤茶色の土が露出していて、木々は吹き飛び、炭になって煙を上げているものもある。それが戦闘の流れ弾によるものだと、理解するには時間はかからなかった。
呆然としてただ立ち尽くしていると遅れてやって来ただろう3両目の軍用車が接近し、中からは軍人が駆け降りてきた。軍人達が何か声をかけてきているがその声は耳に入らない。とにかくと、軍人達が優翔と少女の肩を抱えてその場から避難しようとする時、ようやく我に返った。
「父さん…母さん…!?アズは……!?皆っ……!?」
軍人の手を振り払うと力なくよろよろと焼けた大地へ歩き出す。
そこに動く影はなく、目に飛び込んできたのは積み重なった土砂の中から覗く細く、小さな影。
嫌な予感はしていた、だが確かめなければ。
「え…?ああっ…!アズ…!?」
予感は的中し、絶望が身を打つ。虚ろな視線を四方にやると、えぐれた大地のあちこちに何かが横たわり、投げ出されていることが分かった。
人だ―――
手足を四方にねじらせた糸の切れた操り人形達、無惨にも横たわるそれは何より優翔が探していた家族や軍用車に乗っていた避難民達の変わり果てた姿だった。
少年は堪えきれず、その場に力なく座り込む。
「君!急いで避難を、ここは危険だ!」
すぐさま追い付いた軍人が差し伸べた手に、優翔は訳も分からないまま震える自らの手を伸ばしかける。そのとき、再び周囲を轟音が包んだ。君も早く---と軍人が叫ぶ。金の髪を持つ少女も軍人に抱えられシェルターへと連れていかれるのを横目で見ながら、軍人の手に引かれるまま軍用車へと足を進める。力無く街だった場所へと振り返ると、目には再び〈巨人〉の影が入り込む。
緑色の巨人数体を伴いながら街の中心を闊歩する全身を黒で染めた鉄の巨人は両手に刀と思える武装を持ち、まるで武者とも形容できる姿をしていた。肩先に見えるエンブレムには見覚えがある、確かニュースで特集されていた。
乱れ桜と刀――それが国際テロ組織〈アメノハバキリ〉のものであることがはっきりと認識出来た。
その瞬間だった、少年の中に何かがこみ上げる。何故こんなことを?---怒り、悲しみ、憎しみ、―――それら全てがごちゃ混ぜに体内を駆け巡る。
少年は怒り狂う獣のように天に吠えた。
15歳の己の無力さを呪い、あの黒き鉄の武者に復讐を誓うかの
ように――――。
静寂を電子音が破った。
けたたましく枕元で鳴り響いている時計のアラーム機能を停止させる。
伸びきった黒髪を掻きながら枕元の時計に目をやると、 デジタル表記の時計が12月24日午前7時12分を表していた。
「あの夢か…今日は…くそっ…!」
額に浮かぶ嫌な汗を拭い、ベッドから出る。洗面所へと向かい、顔を洗い、服を着替えてリビングへ。すると先客が居たようだ。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよ、ソラ」
流麗な金色の髪を1つにまとめた背の低い女の子、少年をお兄ちゃんと呼ぶのはソラ-神代空音だ。あの時から家族を失った者同士、同じ苗字を持つ家族として暮らしている。
「朝ご飯出来てるよ、一緒に食べよ?」
「もちろん、いつもありがとな」
感謝を述べつつ優翔は空音の頭を撫でてやる。
「もう!子供扱いしないでよ!私だってまだ背は145cmだけど…もう15歳なのっ」
「悪い悪い、いつもの癖だ」
そうして二人、いつも通りの朝を過ごしていく。
「行ってきます。父さん、母さん、アズ…そしてソラのご家族も、あれから2年。二人でなんとか生きています」
「あのね、私もこれからも二人なら大丈夫って思ってるの。それじゃ行ってきます…」
二人で並び、それぞれの家族の遺影に手を合わせ、戸締まりを確認すると家を出る。
外に出ると冬の冷たい風が頬を刺す。軽く積もった白い雪に目をやりながら学校へと足を進める。
この街は、この国はいつも通りだ、もうあの事件から2年近く経つ。あの日のことは風化していずれ人々の中で小さなこととなるのだろうか。3度目の世界大戦が終わってちょうど30年、あれだけあった国もいまや統合を経て大きく3つに分けられてしまった。世界大戦の終結と比べればこれも小さなテロ事件の1つなのか---
少年の苦い顔を少女は見逃さなかった。
「もしかしてお兄ちゃん、今朝目覚めが悪かったのって…あの時の夢?」
「っ、うん…やっぱりさ、ちょうど2年前なんだもんな…思い出してしまうよ。忘れられる訳がない、あんな…!」
―――神金島テロ事件、2年前、聖歴2058年12月24日に発生した民主国家大和の〈神金島〉における最悪のテロ事件―――
一連の事件の首謀者は既に行方がしれず、犯行に及んだテロ組織〈アメノハバキリ〉はその後歴史の表舞台に表れる事は無く、事件は終息を迎えたとされた。
「でもね、勝手な思い込みで自己満足だって分かってるけど…お兄ちゃんが絶対に忘れないって思ってくれて私の家族もお兄ちゃんの家族もきっと喜んでくれてると思うの…!だからね、だから…」
朝から何を考えこんで、家族に心配をかけているんだと自分に言い聞かせ、笑顔を作る。
「ありがとな、ほら混んじゃう前に行こうか」
「っ…!うん!」
それから他愛もない話に花を咲かせつつ通学路を歩いていく。
「そういえばお兄ちゃん今日も帰りは遅いの?」
「うーん、多分そうなるかな?それこそ今日って事件から2年だし教練にも熱が入るかも」
「そう、なんだ…」
あからさまに空音の声の調子が落ちていく。
「やっぱり今日は早めに帰れるように努めるよ、だから一緒に帰ろう」
「え…!いいの…?」
「本当は俺が軍事教練の授業取ってるのも嫌なことも気づいてるよ。それにさ…今日って一応クリスマスイブだし、今日くらいは可愛い妹の言うこと聞いてあげなきゃそろそろバチがあたると思うんだ」
「だって…戦争なんて危険で嫌だし…でもありがとねお兄ちゃん、待ってるからぜっったい今日は一緒に帰ろうね?」
明るい笑顔を向ける義妹に対してはやっぱり弱いなと心の中で独り言つ。
そうしている間に学校へと到着する。冬の寒い朝だった。