後編 真乃川ガールズ
町内文化祭の前夜、お兄ちゃんがこのタイミングで妙なことを私に伝える。
「明日さぁ、ウチの大学のアイドル研の奴を何人か連れてくるから」
えええええええええええ???!!!
そうきたかぁ。
お兄ちゃんの中のアイドル愛が燃えて(萌えて?)いるのだろうか。
お兄ちゃんは去年も見に来てくれたけどね。
去年のステージが終わった後は「アイドル研の連中を連れてこなくてよかった。あいつら素人相手にも手厳しいことを言うからなぁ」と苦笑していた。
それでも「アイドル好きの俺としては色々と言いたいことはあるけど一生懸命さは伝わったぞ」と微妙な気遣いをしてくれたなぁ。
ていうことは、お兄ちゃんから見ると、今年の私たちは去年よりアイドルっぽくなってるのかな?
私はおそるおそる聞いてみた。
「もしかしてペンライト振ったりする??」
「どうかな」「たぶん持ってくるけど見ながら考えるよ」
「それってどうゆうこと?」
「早苗たち次第ということ」
「意味がわからないよぉ」
「単刀直入に言えば早苗たちがアイドルに見えたらアイドルとして応援するってこと」
「だったら最初から単刀直入に言ってほしいんですけど」
「そうだったな」
「もう!お兄ちゃんホント面倒くさい性格だよねぇ」
「それは認める」
「でもありがとね」
「何が?」
「曲を作ってくれたじゃん」
「可愛い妹の頼みだからな」
「きゃっ!?珍しい褒め言葉だわ」
「あはは」
お兄ちゃんの友達が見に来るのは何となくプレッシャーなんだけど、楽しみにしてくれてることや期待してくれてることは素直に嬉しい。
オリジナル曲を作ってくれたし、私たちの参考になりそうなアイドルのDVDを貸してくれたり、何気に協力的である。
ていうか、アイドルのライブ映像を見て参考にしたいと私が言うと「あるよ」と惜しみなく差し出してくる。
お兄ちゃんはアイドルのライブDVDとブルーレイを大量に持ってるし、手元に無ければ大学の仲間から借りてきてくれる。
お兄ちゃん自身はアイドルへのこだわりが強い。私たちのような垢抜けない田舎娘ユニットは好みでないことも私は知っている。
それなのに、私たちに似合いそうなことは何なのかを最優先で真剣に考えてくれる。
時々は私をおちょくるようなことも言うけど、やっぱりお兄ちゃんは優しいと思う。
「去年より良い感じだからウチのドル研連中に見せたいんだよ」
「どうだ!うちの妹はすごいだろってね」
最後にお兄ちゃんはそう言った。
たしかに余計なプレッシャーは増えたけど、「去年より良い感じだ」と言ってくれたのは嬉しい。
だったら、私のやることはハッキリしている。
お兄ちゃんが作ってくれた曲を一生懸命に歌おう。
お兄ちゃんがドル研の仲間にドヤ顔できるくらいのステージにしよう。
ドル研の人たちだけではない。町内文化祭に来た人たちに私たちの歌を精一杯伝えたい。そんなことを思いながら私は眠りについた。
そして当日になった。
例年のように自由な雰囲気の中、私たちの出番がきた。
私たちは人気アイドルの曲を2曲歌った。私たちなりにアイドルらしさや可愛さを追求したつもりだ。そのおかげかどうかは分からないけど、そこそこに場を盛り上げた。
実際、お兄ちゃんたちはペンライトを振ってくれた。
「アイドルに見えたらアイドルとして応援する」と言ってたから、アイドルとして認めてくれたのかな?
ちなみに文化祭の案内にも、私たちが紹介されるときも「真乃川ガールズ」という言葉は使われていない。
「町内アイドルのライブ」と紹介して下さいと私たちから頼んでいた。
3曲目を歌う前に「真乃川ガールズ」を名乗るのはトップシークレットでありサプライズのつもりだ。
2曲目が終わり、私たちは水分を補給する。
スポーツドリンクを飲みつつ、綾子ちゃんは妹に目配せしてTシャツを持ってくるよう合図する。
このあたりの段取りはハッキリとは決めてなくて、綾子ちゃん姉妹に任せてあった。
綾子ちゃんの妹は3枚のTシャツを抱えてステージの中央に普通に歩いて現れた。
綾子ちゃんにシャツを渡し「がんばってねぇ〜」と言ってステージから去っていった。
こういう唐突な光景も全く違和感がないところが真乃川の自由さである。
Tシャツを渡しに来ただけなのに綾子ちゃんの親戚らしき人が「妹さんも歌っちゃいなよ!」と客席から声をかけた。
とても自由である。
綾子ちゃんの妹がステージから去ったあと、私たちはおもむろにTシャツを上から羽織った。
私はマイクに向かい、歌う前に客席に向かって話をした。
「あらためまして、こんにちわ!!!」
「私たち 、真乃川ガールズです!!!」
ちなみに私は「ガールズ」を英単語で書いたのだがスペルが間違っていたらしい。 英語のテストで60点以上をとったことのない私は「GARLZ」と書いていたようだ。 そんなことには気づかずに、客席から拍手が盛大に起きたのを確認して言葉を続けた。
「この町を私たちは大好きです」
「私たちは町内のアイドルになりたくて、このステージに立っています」
「だけど、本当は」
「真乃川がアイドルなんです!!!」
意味不明なことを言ってしまった気もしたけど、おそらく今日一番の大拍手と歓声が聞こえてきた。
突拍子もないことを言ってしまい、内心「すべったかな」と思ったが結果オーライだったようだ。
実は、歌の練習をしてるときに「これはアイドルの歌じゃなくて真乃川の歌だね」と綾子ちゃんが言ったことがある。
朋絵ちゃんも私もその意見に共感していた。
だから、私たち3人は「3曲のうち最初の2曲はいかにもアイドルという感じでいこう。でも、最後のオリジナル曲は真乃川の歌として聞いてもらおう」と決めていた。
私たちはアイドルのようなキラキラした存在に憧れていたけど強い地元愛もある。
その2つが両立出来ることもわかってる。
でも、何をどう表現すればいいのかは分からなかった。
多少の思い上がりはあるけど私たちは町内アイドルと名乗る自信はある。
去年のステージ以降、良くも悪くも学校内や町内で声をかけられることが多い。
「去年のあなたたち可愛かったね」とか「今年も楽しみにしてる」とかね。
だからこそ、深いメッセージを伝えるのは難しいかもしれないと思ってた。
今日も2曲目までは私たち自身アイドル気分で楽しく歌っていた。
衣装は私服だったけど髪や腕にリボンを巻いたりしてダンスや歌い方も私たちなりに可愛い感じにした。
それはそれでよかったけど、ここから最後の曲に向けてどう切り替えていくか、私たちは何も考えていなかった。
最初の2曲が盛り上がったので私はハイテンションになっていた。
だったらハイテンションのまま勢い任せで突っ走ろうと思った。
急に生真面目に地元愛を語ってもよかったかもしれないけど、意識し過ぎないようにしたのは正解だったようだ。
私の「真乃川がアイドル」という言葉は突発的な思いつきなのだが、意外と私たちの真意が伝わったのかもしれない。
私は調子にのって言葉を続けた。
「みなさん!!この町が大好きですかー???」
また拍手と歓声、そして「真乃川」コールが巻き起こった。
お兄ちゃんのほうをちらっと見たら満足そうな顔をして私を見ていた。
2曲目まではペンライトを振って盛り上がっていたドル研の仲間も落ち着いた表情でステージを見ていた。
「真乃川ガールズ」コールではなく「真乃川」コール、それもありだろう。
きっと、どちらでもよかったのだ。
私たちは私たちにしか出来ないことをやる。
今から披露する歌は、真乃川で生まれ育った女の子だから歌えるのだ。
私たちは、この町で生まれ育った女の子。
真乃川ガールズだ。
この雰囲気なら真乃川への想いを歌に込めて精一杯伝えることが出来る。
今の私たちは町内のアイドルとして地元愛を表現出来る。
私たちがやりたかったことはそういうことなのだ。
それをやるのは今だ。
今しかない。
私は綾子ちゃんに目で合図をして、さらに綾子ちゃんが妹に合図をした。
妹さんの役割はTシャツを渡すだけではなくもう一つあった。
妹さんはステージの音響さんに「光のある場所」の音源を渡して、
これを流してくださいと頼んだ。
その段取りが終わったのを確認して私は曲紹介をする。
「私たちの町、真乃川をイメージしたオリジナル曲を歌います!!」
「聴いてください」
「光のある場所」
近すぎて見えないものがあるよ
本当はキラキラしているのに
でも見えなくても心と体がドキドキしてる
どんなことがあっても
想いが枯れることはない
この場所の輝きは私たちを包んでいるよ
色あせることのない光がここにはあるんだ
ありがとね ずっと 生まれたときから
わかってる 今も 大切なんだ
優しさと笑顔がある
それが私たちのいる場所
遠すぎて見えないものもあるよ
本当は近くにあるはずなのに
でもね 迷路の出口はすぐに見つかるはずさ
どんな闇の中でも
どこで何があったとしても
仲間との絆が私たちを支えてる
未来へと導いてくれる灯火がここにはあるよ
大好きさ ずっと 生まれたときから
ありがとう 君と 出会えてよかった
光に満ち溢れてる
それが私たちのいる場所
いつだって仲間がいる
きっと ずっと いつまでも
ここは光のある場所さ
「真乃川ガールズでした」
「ありがとうございました」
あれから数年が経った。
私たち3人は高校までこの町で暮らし、綾子ちゃんは都会の大学に入学して一旦は町を離れた。
朋絵ちゃんと私は自宅から電車で通える大学に入学した。
綾子ちゃんは月に2回くらいは連絡をくれて夏休みとお正月には真乃川に必ず帰省してくる。
今も毎年、真乃川町の文化祭は続いてる。
私たちは真乃川ガールズをやめて模擬店をやったり、その他にも裏方的なことで文化祭の運営に参加したりしてる。
綾子ちゃんも夏休みに戻ってくると文化祭に必ず顔を出す。
ちなみに真乃川ガールズは中学生くらいの子がユニット名を引き継いで、やりたいと思う子が自主的にやるような形になった。
私たちのステージを見た子が「私もやりたい」と言い出したのがきっかけらしい。
「光のある場所」も毎年ではないけど歌ってくれたり、別のオリジナルソングが出来たりもする。
お兄ちゃんは地元の役所に勤めながら文化祭の運営をしたり個人的に真乃川ガールズの支援をしている。
「光のある場所」とは別のオリジナルソングをお兄ちゃんが作ることもあるし中学生が自ら作詞作曲をすることもある。
いわば、お兄ちゃんは真乃川ガールズの非公式プロデューサーだ。
毎年中学生が町内アイドルをやるべきだと提案したのもお兄ちゃんなのである。
お兄ちゃんは中学生が好きなのだろうか???
その疑惑はお兄ちゃんが年上の女の人と結婚したことによって私の勘違いであることがわかった。
お兄ちゃんの結婚披露宴には、私と綾子ちゃんと朋絵ちゃんも呼ばれた。
3人で歌も唄った。
それはもちろん「光のある場所」。
光のある場所はやはりこの町だ。
あの日あの場所の思い出は今も心の中で色褪せていない。
お兄ちゃんが書いた歌詞を実感しながら私たちは数年ぶりに「光のある場所」を歌う。
いつだって仲間がいる。
きっと、ずっと、いつまでも、
ここは光のある場所さ。
終わり