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出番ですか?  作者: 五月女ハギ
キンバリー侯爵領
8/96

8歳━3

 宿は三日だけとっていたようです。

 商店街から帰ると、二ヶ月だけ借家を借りてきた、とお父さんが言い出しました。

 何でも市場の一ヶ所を一ヶ月半借りれたそう。

 一ヶ月半と中途半端なのは、今月借りてる人が商品が尽きるのでそろそろ帰るため、店をやらないからやるならどうぞ、といわれ半月分支払ったのだとか。

 なんでも、三日前まで食のフェスティバルとかいってお祭りがあったそうです。メインイベントは、侯爵様主催の料理大会。

 お題が決まっていたのですが、『唐揚げ』『蕎麦』『どらやき』だったらしいです。各料理ごとの最優秀賞は決まったものの、総合最優秀賞はいなかったそうです。

 取り敢えず、そのお祭りのおかげで半月で商品を売り切った人がいたので、お父さんが半月前倒しで借りることになりました。

 明々後日から出来るんです。


「ムーニー男爵領から持って来たのって何だっけ?」

「魚の干物と塩と……」


 お兄ちゃんとお父さんが色々話しています。日持ちするものを色々持って来たみたい。


「市場だと火は使えないんだよね?」

「お父さんが借りたのは、そういう場所じゃないからね」

「?調理したのを売ってもいいの?」

「大丈夫だけど、何か売りたいものがあるの?」


 私はお母さんににっこり笑った。ふふふ。




 □ □ □ □ □




「ありがとうございました!」


 ペコリと頭を下げ、最後のお客様を見送ったのは、まだ二時前。

 途中で揚げたてを三回お兄ちゃんが運んできたものの、日を追うごとに売り切れる時間が早くなっていきます。やっぱりお母さんの料理の腕は凄い。

 片付けるお父さんも嬉しそう。


 魚の干物は取り扱っている商会に売ったので、ここにはない。

 海のないキンバリー侯爵領では、いい値段で売れたし、市場で売るよりも単価は安いかもしれないけど、一度にまとめてさばけたので良かった。

 他にも、利益が出るものはまとめて売った。ムーニー男爵領からここまでの領地で買った鉱物とか。キンバリー侯爵領は農業が盛んらしく、売るとしたら海産物か鉱物か、だったよう。

 塩も売り払いました。岩塩もないのでキンバリー侯爵領では、いい値段で売れたようです。


 商店街のお菓子屋さんで見かけなかったので、プリンを作った。酪農が盛んなキンバリー侯爵領なので、牛乳も卵も砂糖も安くはないけれど入手は簡単で、売れ残ったら損する可能性もあったけど、初日から完売できちんと利益を出せました。

 私の試作品をお母さんが改良したのは言うまでもないです。レシピを覚えてないだけで、お母さんの料理の才能が凄いです。

 後でレシピを教えてもらおう。


 商店街で見つけた小豆と寒天で羊羹を作ったけど、売れ行きはまあまあ。他のもののついでに買っていく人が多くて、それでも日に日に購入者が実は増えて、作る数も増やした。

 静かなブーム?


 ただし大本命は、三回も揚げたてを運んできた、唐揚げだ。

 ノーマルな醤油ベースのものと塩にんにく味、どちらも売れ行き上々です。ふふふ。

 市場に出店している方々は、もう少し早く着いていたらお祭りに参加出来たのではないか、と残念がってくれました。お祭りの話を聞いて、唐揚げを追加して正解でした。本当は、プリンと羊羹のスイーツだけを考えていたのですが。

 結果として。唐揚げとプリンと羊羹という訳の分からないラインナップではあるものの、プリンと羊羹の見たことない目新しさと、唐揚げのいい匂い、それから実際に食した美味しさから評判は上々。一週間もしないうちに閉店時間がかなり早くなってしまいました。

 これ以上は作れないから仕方ないしね。


「ここか?」


 ん?

 片付けてると声がしました。店頭に人がいます。


「すみません。今日の営業は終わりました」

「なにっ。まだ二時だぞ?」

「すみません。もう何も残っていないんです」


 身なりのよい私と同じくらいの年齢の男の子と、その後ろに青年が控えています。市場で買い物するタイプに見えないんだけど。


「申し訳ございません。本日は売り切れで……」


 お父さんも頭を下げると、男の子はむっとした顔を隠そうともしなかった。


「早くないか?」

「作れる量が今の量で、増やせないんです。すみません」

「……今から作れないのか?」

「仕込みもありますから……」


 何を買うつもりだったのか分からないけど、羊羹は時間がかかる。唐揚げやプリンだって、仕入れた材料がまだあるか分からない。これから届くかもしれないし。

 私が説明すると、男の子はますます不機嫌になっていく。


「……分かった。お前達、今日から我が家で雇おう」

「……え?」

「市場で働かなくとも、我が家でそれに見合うだけの給金をやろう。だから来い」

「あの、どういうことでしょうか?」


 私は男の子の付き添いっぽい男の人に問いかけました。男の子では話にならない。


「こちらで一風変わった食べ物が売られていると噂に聞き、確かめに来たのだ」

「えと、明日では━━」

「今日だ。今日食べる」


 なんて我が儘な子供だ!

 いや、子供は大抵我が儘ですけどね。ちょっとどうしよう。


「何を召し上がる予定でしたか?」

「……全部だ」

「全部?」

「ここ最近、母が……」


 男の子が俯きながらぼそぼそと話し出しました。二ヶ月近く、母親と会話が成立しないそう。

 ちょっと可哀想かもしれない……


「母がうわ言のように言っていた唐揚げがあると聞いて来たのだ」

「え?」


 うわ言で唐揚げって、もしかして……。


「他にも焼肉定食とか」

「ええっ?!」


 私とお兄ちゃんは、お母さんが料理上手で運が良かったと、今回の王都までの道のりで実感しています。私の収納があるとはいえ、人目があれば使うのを避けていたので、普通の食事も多々しましたが……。

 お金払って、あんな味の食事をしなければならないなんて、苦痛でした。薄い塩味だけとか、ハーブ効きすぎとかなんだもん。更に携帯食のパンはもう二度と食べないって程、酷かったです。

 ひょっとしたらこの男の子のお母さんって……。料理が下手なら、辛かったんじゃないでしょうか。


 私は男の子を見た。

 ぎゅっ、と手を握り、唇を噛んでいる。


「そちらのお屋敷で働くのも、今日作るのも出来ません」

「っ。それはっ」

「明日、ウチが借りている家にお越し下さい。

 今日は無理ですけど、多分一日待っても、出来立ての方がいいと思うんです。

 焼肉も作れますし」

「なに?」


 男の子が私の肩を掴み、揺さぶった。


「本当だな?焼肉も出来るんだな?!明日の何時だ!場所はどこだ!!」


 たーすーけーてー。

 ぐわんぐわんと揺れて気持ち悪いです。


 揺さぶられている私の横で、お父さんと青年が話を進めていたのは、ちょっとひどいと思う。もう。

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