モルトハウス伯爵領━━その3
ドラゴン退治の後は、私もお兄ちゃんも疲れ果てて、馬車の中も領都に着くまでの宿泊先も寝たりぼーっとしていました。
特にお兄ちゃんは、いつの間にか身体強化を覚えていたみたいで、それを使いながら戦ったつけらしく、戦いの後は筋肉痛によるだるさと痛みのダブルパンチで馬車の中でも横になっていました。
それでもちゃんとお父さん達に連絡を取っていたみたいで、ドラゴン素材はお兄ちゃんに一任されることになったそうです。
折り返しで王都に戻るという話は、モルトハウス伯爵領の領都に着くと、隣の領地のダンジョンで魔物が溢れたため伯爵領の対応をしてからと言われました。どうやらドラゴンはダンジョンと関係があったみたいです。
「ドラゴンまではいかないが、一応観光するときも気をつけるように」
「分かりました」
ん?観光してもいいのでしょうか?
「領都まではこないと思うが……一応護衛の者をつける」
護衛つきなら、観光してもいいようです。
折角ここまで来たんだから、お買い物したい。
ブレンダお姉様は、お兄ちゃんが言うには前世であまり料理が出来なかったそうなので、食材の見落としがあるんじゃないかな、と思っているんです。
というわけで領都に着いた翌日となる本日、市場に来ています。
農業が盛んなだけあって、物が豊富にあります。
肉もチーズも卵も牛乳もあります。魚は種類と値段が書いてあるので、切り身じゃなくても分かります。
「サーモンと鱈。え?夏ですよ?サーモンは春から秋、獲れる種類が変わるけど獲れるんですか?鱈は卵がない夏は夏で旨い?あ、鰊もある。え?夏鰊?数の子は時期じゃないんですね?はい、分かりました」
親切な魚屋さんに色々説明してもらえました。この時期に水揚げがあるのはこの世界だからなのか、前世と変わらないのか、私は漁業に詳しくないのでさっぱりですが、食べられるのは嬉しいので気にしないことにします。
どうやら新巻鮭の種類ではないようです。ちょっと残念。でも、今あるものは買って帰りましょう。お母さんとコメットさんが美味しくしてくれますしね。
大量にお魚ゲットです。
「……そんなに買うのか」
「うん、入るし」
ふんふんふんふーん♪思わず鼻歌が出てしまいます。
でも、お肉沢山あるのに、牛タンとかテールとかないんですね。
「……そう言えば、食べたことないわ」
「焼肉のタン塩とか嫌いですか?」
私がブレンダお姉様に聞くと、ガシッと両肩を掴まれました。ちょっと痛いです。
「そうよね、牛タンって言えば焼肉よね。でもね、ミアちゃん。私、たれって作れないのよ?」
……これは触れてはいけない何かだったようです。
焼肉のたれは何度もお母さんと作っていますし、塩だれもどんとこい、です。
でも、牛タンがないと他の部位だけになりますけど。
「えっと。こちらにいる間に焼肉作りますか?」
「ええ。お願いね♪」
「自分で作らずに、ミアに作らせるんだな」
「アルフが全部食べてくれるの?」
「……悪かった」
ええと、前世の何かだと思います。うん、触れない方がいいですね。
「あの……」
「?はい、なんでしょうか」
護衛についてきてくれたおじさんに話しかけられました。なんだか言いづらいみたいです。
「料理長から伝言というかお願いというか、預かっているのですが……」
「はい」
「領地の食材でなにか作るのなら、お教え願えないかと……」
うーん。これは困りました。
私は作るのが好きですけど、ほとんどのものはお母さんが私のレシピを改良しています。つまり、私のレシピでは、家庭料理ならよいけど、領主が誰かを招くのには向かないんです。
というわけで、取り敢えず欲しい食材を買い集めて、その辺りの話を直に料理長に聞くことにしました。
でもその前に、買い物です。
蟹も海老も、野菜も買い足してから料理長に会いに行くことにしました。
牛タンもテールもないので、メインは鱈にしました。サーモンはお母さんが教えたレシピがあったはずなので、今回はパスです。
「あ、お兄様にお願いして、タンもテールも準備してもらうわね」
「テールもですか?そっちはシチューにしましょうか」
「ええ」
ブレンダお姉様が笑顔です。
えっと、後でお兄ちゃんにお願いして、魔道具でお母さんにレシピの確認をしておきましょう。タンとテールの下準備も聞かないと。丸ごと持ってこられても、いらない箇所を切り捨てないといけません。
よし、買い物終了。
「……すごい量だな」
うん、後悔はしていません。
そして結局、前回お母さんが教えた料理とは違って洗練されていないことを話しても、教えてほしいという料理長が私の隣にいます。
料理長が夕食の準備を副料理長に任せようとしましたが、副料理長がそれを更に他の人に丸投げするという事態になってしまい……話し合いの結果、明日は寒天を使ったゼリーと羊羹を作るということで、二組に分かれていただきました。副料理長は、スイーツ作りにより興味があるのでしょうか?ニコニコして、今日のご飯の用意に取りかかっています。
それから、料理長と副料理長に各一人ずつアシスタントがつきます。他の人は、通常業務です。アシスタントの権利をかけた白熱したじゃんけんとリアクションに押されっぱなしでしたよ。
キッチンの一部を借りて早速開始です。
「何を作るのですか?」
「鱈尽くしで。かぶら蒸しとチーズフライと南蛮漬けとさつま揚げ、みぞれ鍋」
はい、とかぶと大根を空間から取り出して、それぞれすりおろしてもらいます。
フライはすでにメニューに入っているそうですが、食べたいので作ります。味をチーズにしてみました。
「チーズ味とは……」
何か呟いています。が、サクサク進めましょう。
フライと南蛮漬けとみぞれ鍋用にひと口大に切って、さつま揚げ用に包丁で細かくします。すり鉢が欲しくなりますね、うん。
野菜もそれぞれに合わせて切って、さつま揚げのタネに入れて混ぜて形を整える。
さつま揚げは南蛮漬け用の後に揚げて、続いてフライも揚げる。
南蛮漬け用のは甘酢ベースのたれに漬け込んで、味が染み込むまでほったらかし、と。
さつま揚げとチーズフライは、食べられる熱さになったら試食してもらうことにします。やけどしないようにね。
はたと蒸し器がないことに気付きましたけど、仕方ないのでフライパンに水をはって、器に鱈とすりおろしたかぶ、野菜と重ねて蒸します。あんは別に作って蒸し上がってからかけて、と。
小さい鍋に鱈ときのこ類とねぎを入れて、火が通ったら大根おろしを投入。昆布だしとお醤油で味をつけたスープはどうでしょうか?
「……凄い量ね」
「……」
作りに作った料理の数々。
鱈だけなんですけどね。
うん、満足。
「……」
無言で料理長とアシスタントの人が味見しています。黙って食べられると緊張してきました。
「鱈はあっさりしてるから、チーズ焼きとかもおいしいよ」
「一般家庭は揚げれないからそうなるか」
「ムニエルもいいし、マヨネーズ焼きでもいいし」
「そうね、確かにそんな料理があったわね」
料理長達が食べ終わったので他の人も交代で試食していきます。
量を作ったはずなのですが、全く残らずに伯爵様達から残念がられてしまいました。




