モルトハウス伯爵のため息
娘の婚約者がてこずりながらもドラゴンを倒し、将来、娘の義理の妹になる少女がドラゴンを自分の空間にポイと収納した。なんということだ。
アルフ君の剣の凄さはブレンダから聞いていたが、ミア嬢は普通の女の子だと思っていた。
そこが既に間違いだったのか。
他に魔物が来ることを考え、数人を領地の関所に増員してから領都の邸へ向かうことにし、そこで私が国へ連絡することになった。
ドラゴンの素材を秘密には出来ないからだ。
邸まではブレンダが同乗する。
「……」
「……」
「なあ、ブレンダ」
「はい、なんでしょう?」
「お前、ドラゴンを倒した彼とやっていけるか?」
「大丈夫ですわ。口なら私の方が上ですもの」
いや、そういうことではないのだが。
うん、まあ他の人間でも問題がないわけではないしな。気にしなくていいか。そうしよう。
邸へ着くとすぐに私は国へ連絡した。
しかし、向こうが騒がしい。映像と音声をやり取りする魔道具は、相手の後ろを行き交う人々や、周りの音声を拾ってしまう。
「ドラゴンですかっ?!」
私が話している文官が悲鳴のように上ずった声をあげると、一瞬向こう側が無音になる。
その後「まさかここに来てドラゴンまで……」と項垂れる者が幾人か見えた。
「ああ、そうだ。サザランド伯爵家のご子息の協力を得て、倒すことに成功した」
ミア嬢のことは内密に、とアルフ君に言われたので、こういった説明になった。
実際に宰相様や陛下まで話がいけばおおよそを察してくださるから大丈夫だそうだ。
「えっ?倒したのですかっ?!」
「ああ」
私の答えに安堵する空気が流れる。ガッツポーズする者もいた。
「……何やら忙しいようだが」
「実はリーコック侯爵領内のダンジョンから魔物が溢れたのです」
「確かにドラゴンがやってきた方角にはリーコック侯爵領があるが……」
リーコック侯爵が、ダンジョンの間引きを怠ったが故か。
「他の魔物はどうなのだ。我が領地に向かっているのならば、こちらも迎え撃たなければならない」
「今のところ、ダンジョンのために来ていた冒険者とリーコック侯爵の私兵が押さえています。軍の動員も決定して向かっています。
そうは言っても全てを討伐しきれるかは……モルトハウス伯爵の領地でも警戒をしておいた方がよろしいかと」
「他のリーコック侯爵領に隣接している領地には伝えてあるのか?」
「えっ?あ、どうでしょうか」
「直ぐに知らせて、各領地にも体制を整えさせた方がいい」
「はいっ」
「こちらも魔物の警戒をするために、しばらく領地に滞在する。
その辺りの心配がなくなってから王都へ向かうことにする。その時にまた連絡を入れる」
「承りました。アドバイスありがとうございます」
ミア嬢がすぐに引き返す話をした途端、俯いてしまったので、良い言い訳を探してはいたが、このような面倒ごとがあるとは思っていなかった。
ブレンダも領内を案内したがっていたし、なんとかしてやりたかったが、そのためにも魔物の警戒体制を整えるか。
ブレンダが帰ってくるからと前倒しで仕事をしておいて良かった。
私としてはもっとゆっくりしたかったが仕方ない。
しかし、リーコック侯爵か。
ダンジョンを金儲けの道具としか考えずにいた姿が思い浮かび、顔をしかめてしまう。あんな人間の領地にダンジョンがあれば、また今回のようなことが起こり得る。
それからしばらくは私は領地の仕事にかかりきりになり、ブレンダの夏休みを一緒に楽しむのは少しだけとなった。
リーコック侯爵には、もちろん苦情と賠償を求める。
アルフ君たちがいる時で良かったが、いくらいい素材がとれるとしても、ドラゴンはごめんだ。




