8歳━1
ムーニー男爵領を出て、幌馬車の旅は順調です。
雨が降っても幌馬車全体に結界を張れば、馬も濡れずにすむという……うん、さすが便利。
初夏だから段々と暑くなってきていて、結界はほぼ張りっぱなし。結界内は温度を一定に保っています。ベンさんがおじいちゃんなので、これで夏バテは回避出来るのではないかと思う。
この話をお兄ちゃんに言うと、遠い目をされた。「便利アイテム?」と、私の魔法の能力を分かってくれないようです。「いや、魔法はアイテムじゃない」何か言ってるけど、うるさいです。
各地で行商が参加できる市や市場で商品を売り、お父さんは生き生きしていて、根っからの商人なんだなあ、と改めて思います。
そんなお父さんについていって、市場で色々見ていたら、また頭の中に声が流れてきました。
今回は、《鑑定のレベルが上がりました》っていうアナウンスです。
いつの間にか、鑑定スキルを得ていたようです。あ、お父さんに師事している扱いなのかな?
さっきから見ていましたが、市場の品々のランクや品名など、今の方が分かります。
それでも低レベルなので、詳しくは分からないのですけど。
お父さんは御者台で幌馬車を操っているので、お兄ちゃんから今回の話を聞きました。
お父さんもずっと私のせいじゃないって言ってたけど、そういうことだったのか、と納得した。ウチが潰れなかったら、ムーニー男爵領の商会や領民の生活は困窮しただろう、とのことです。
「競争相手がいなくなったら、値段を上げても客は買うしかないだろう?」
「セコイね」
「村はやっていけなくなるよ。だから、手助けをお願いして、こういったことになったんだ」
それでもウチが潰れたのは、私のせい……痛いっ。お兄ちゃんにはたかれました。
「ミアのせいじゃないって。
他の商会だと、もっと時間がかかって色々障害が発生しただろうし」
「……ウチだから、短時間で済んだの?」
「モーガンがむきになって手段が荒くなったからな」
だから気にするな、とお兄ちゃんは頭を撫でてくれました。
私は揺れる幌馬車の荷台でお兄ちゃんに寄りかかり、小さくうん、と頷いた。
□ □ □ □ □
見たことないほど高い壁が都市を囲っています。何、ここ?
「さすがキンバリー侯爵領だな」
お兄ちゃんも感嘆し、見上げています。
ムーニー男爵領は、大都市なんてなかったし、こんな立派な城壁(街の壁だから違う名前かもしれないけど知らない)は、見たことないですよ。
思わず壁を撫でる。三メートルくらいの高さ?魔物を防ぐためだそうだけど、この辺り、そんなに出るの?
「人が勝手に入らないように、だろう」
入る時も出る時もお金がかかるんです。
ウチみたいな行商は高め。それでも、国内の行商の権利書があるから、そこそこらしいのですが。
権利書は直接見せないで、代わりに商人ギルドで発行されるタグを見せるのが主流です。
タグで個人認証が可能らしいので。逆に権利書だけだと、商人ギルドに問い合わせたりと、時間がかかる。たまに盗んだ権利書で商売をしようと目論む人もいるそうで、タグを持っていないと問い合わせ、他の人にタグを発行している時は取り調べられる。そこは厳しい。そうしないと、行商が盗賊に襲われるリスクが上がるので。
そこまでシステムが確立されている分、権利書は商人ギルドでしか売れないっていう面もあるけど。
「タグで個人認証って、ハイテクだな」
タグは魔道具らしいです。
ムーニー男爵領の商人ギルドで、今回の同行者を登録してきたため、楽に手続きは済むそう。
ただ。そう、ただ。ここが大都市で手続きまでに並ぶ時間が長いんですよねぇ。
「宿、とれるかなあ」
「馬と幌馬車があるから、宿が限られるからな」
朝から並んで、10時頃、ようやく私達は街中に入れました。
早速宿をとり、馬は裏の囲いの中に放します。
幌馬車も裏に置いてよいと許可を得ています。
魔道具の袋に入っているのは部屋に運んだけど、樽と木箱の荷物もあるので結界を張り、これでよし。
お父さんは商人ギルドに行って、市場で商売する申し込みをするそうです。
ここのところ、ずっと移動だったので、キンバリー侯爵領ではちょっと長めに滞在するそう。
部屋は続き部屋がとれ、お父さんとベンさんとお兄ちゃん、私とお母さんと部屋割りも決まりました。
単に男女で分かれただけですが。
「散歩してきていい?」
「お兄ちゃんと一緒ならね。
アルフ、5時に鐘が鳴るから、鳴ったらすぐに帰ってきなさい」
……お母さんが、過保護です。私って信用ないのかな。
「はい、行ってきます」
お兄ちゃんが私の手をとる。こっそり「こういう大都市では、女の子を一人にしたら誘拐されるんだよ」と言われる。
誘拐?!
ぎゅっ、と両手でお兄ちゃんの手を握ったら、苦笑された。
「ちょっと脅しすぎた」
「からかったの?」
「ない話でもないしな。裏通りとかはどこでも危ないし」
「……うん、分かった」
取り敢えず、お兄ちゃんといたら間違いないです。そういうことにしておこう。
「何が見たいんだ?」
「市場はお父さんが行くから、商店街かな。今までの町では見て回っても何にもなかったけど。
ここは大都市だし、何かあるかも」
キラン、とお兄ちゃんの目が光る。 お兄ちゃんのヤル気がアップしました。
「確かに必要だな」
そろそろ他の食材や調味料や料理に巡り会いたいと思います。今まで手打ちで生パスタを作ってきましたが、乾麺ないかな、とか。
ラーメン食べたいとか。
「カレーもな」
「チョコレートも欲しい」
大都市だからって欲望が止まらない。あれもこれもないかな。
ウキウキと私達は、商店街に向かうのでした。