アルフ13歳その4
「お前は何てことをしたんだ!」
誰もが何も発せない中、辺境伯の怒声が響いた。
ステイシー嬢は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ミア様、申し訳ございません」
「?でも、紅茶をこぼしたのは、他の方達でしたけど?」
「彼女達が私のためにしたことなんです」
「……ステイシーがやらせた、と言うことなのか?」
ザックリーが呆然としながらもステイシー嬢に聞けば、スカートをぎゅっと握りしめる。
「ミア様が、その……ザックリー様と仲が良くて。嫉妬してしまったんです。
その時、彼女達がミア様に紅茶をかけたりと、したみたいで……」
ん?ということは、ステイシー嬢がやらせた訳じゃないんだな?
俺は確認のため、質問する。
「ステイシー嬢がやれと命じられたのですか?」
「いえ、それはしておりません!でも、彼女達がしたのは本当ですから……」
「それは彼女達のせいですよね?」
「……え?」
「多分、彼女達がミアに嫌がらせをして、露見した時に責任をステイシー嬢に押し付けるために、そう言ったんじゃないでしょうか?」
「……え?」
ステイシー嬢はうまく把握出来ないようだ。ミアはまったく分からないのか、首をひねっている。
「でも、私が嫉妬していたのは本当のことで……」
「彼女達の方がよっぽど嫉妬していたのではないですか?
殿下の婚約者は、おおよそ予想されていた通りでしたし身分の高い公爵令嬢でしたから、何かすれば逆に怒りを買い、家のためにならない。
ミアは━━と言うか、我が家はまだ爵位を賜って日が浅いですから、なめられたのでしょう。
そしてステイシー嬢は、罪を擦り付ける先に選ばれただけですよ」
「……罪を?」
「ミアが誰かの嫌がらせを訴えて、誰かが犯人が彼女達だと見ていても、その全てをステイシー嬢に擦り付けられれば、上手くいけばザックリーの婚約者からはずせる。
ミアだって、嫌がらせに屈してお茶会に参加しなくなれば、ひょっとしたら社交性のなさからジョシアの婚約者からはずされるかもしれない。
彼女達の考えは、そんなところでしょう」
ザックリーとジョシアは、同年代のお嬢様達には、嫁ぎたい先トップクラスだろう。公爵家と侯爵家。国王と仲が良く、更に領地の運営も上手くいっていて、借金なんてない。
「……これはザックリーが悪いな」
「……私が?」
「婚約者を蔑ろにしすぎだ。
お茶会なんて、ジョシアと一緒じゃないとミアは参加してないんだから。どうしてもジョシアとミアが離れる場合以外は、一緒にいる必要はないよ」
「……そうですね」
「それか、四人でいればいいだけだろ。いや、それがベストか。そうすれば、ステイシー嬢が変な女に利用されることもないしな」
「確かに」
ザックリーは頷き、それから何か考えている。
母さんは呆れたように腰に手をあて、ステイシー嬢に言った。
「ステイシーは考えすぎよ。ザックリーがミアを気にかけるのは、ワイバーンの件があったからだし。
それから、きちんと彼女達に『そんなこと頼んでない』ってはっきり言っておきなさいね」
「……はい」
「ステイシーに罪を擦り付けようとは、我が家もなめられたものだな」
「こう言ってはなんだが、辺境伯は最小限しか王都に滞在しない。その分、ステイシー嬢の社交は他の令嬢より甘いのだろう。
辺境伯をではなく、ステイシー嬢がなめられたのだろう」
侯爵の言葉にステイシー嬢は泣きそうだ。
それを言うなら、ミアもなめられているってことなんだけど。
「ザックリーがそれをカバーしなければならないのだがな。お前は何をしていたんだ」
「申し訳ありません」
「そんな!ザックリー様が謝るようなことはありません!」
公爵の言葉に、ステイシー嬢が伏せていた顔を上げる。
そのステイシー嬢の目を見ながら、公爵はゆっくりと話はじめた。
「ステイシー嬢。君が軽んじられるということは、公爵家が軽んじられるということだ」
「……はい」
「君をそんな目にあわせているザックリーに問題がある。君がまだ社交に慣れていないのは分かっている。そのフォローをしなければならないんだ」
「……私が至らないせいですか?」
「まだ子供だから、これからでいい。それはザックリーもだが。
ただ、今回はかなり悪質だ。そんな状況に君がいることに気付かなければならない」
まぁ、確かにそうなんだが。
みんなまだまだ子供だし、厳しいか。
「ミア。いじめにあったらさっさと言いなさい。
侯爵家に嫁ぐんだから、うちだけの問題じゃないのよ?」
「???え?」
「いつからいじめられてたの?」
「???いじめ?」
きょとんとミアは何度か瞬いた。
今までの話を聞いていて、それでも現状を把握出来ていなかったらしい。
「紅茶をかけられたんでしょ?」
「う~ん。『こぼした』って言ってたけど」
「ミアが紅茶をかけられていたなんて知らなかった」
ポツリとジョシアが言うと、ミアは不思議そうだ。
「シミはすぐに消してたから」
そう言って、左の人差し指の指輪を見せる。
その指輪は、ミアがお茶会に参加することになる前に、なんとか作り上げた魔道具だ。
うっかりこぼしたり、転んだり、ドレスを汚してもあっという間に綺麗に出来る。
俺がこれを学園に持って行けなかったのは、使う魔力が桁違いに多かったからだ。
ミアには問題ない魔力量なんだけどね。
「あれ、わざとだったの?」
「ミアちゃんは気づいてなかったのね?それくらい鈍い方がいいかも」
「ブレンダ?」
「だって、キンバリー侯爵家もライトフット公爵家とも交流があって、王都でも人気のお店を経営しているサザランド伯爵家よ?
令嬢達の嫉妬が、どう考えても尋常じゃないわ」
「……嫉妬?」
「同年代の令嬢からは、ディラン殿下、ザックリー様、ジョシア様は嫁ぎたい先トップ5に入るんじゃないかしら?
ミアちゃんは、その三人と仲がいいもの。嫉妬されるのは仕方ないわ」
「ジョシアの婚約者なのに?」
「ミアちゃんと仲良くなって、殿下やザックリー様に近付こうとするんでしょうけど、お二人も婚約が決まって、嫉妬だけが残ったのね」
「性格ブスな令嬢の洗い出しが出来たわけか」
俺が鼻で笑うと、ブレンダが苦笑する。
「去年までならアルフの鉄壁ガードで近づくこともままならなかったし、意地悪するよりもすり寄りたい令嬢が多かったはずよ。
でも、アルフとお二人が婚約して、家族に叱られたりして、八つ当たりが来ているんでしょうね」
「八つ当たりか」
「アルフの鉄壁ガードの弊害よ?去年までのうちに友達が出来ていればここまでのことはなかったはずだもの」
「……すり寄る令嬢が友達?それは無理だろ」
「ああ、そうね。確かに友達は難しかったわね」
ブレンダは、参加していた去年までのお茶会での俺達のことを思い浮かべて、ため息をついた。
……俺の鉄壁ガードって、周りからはそう見えていたってことか。いや、ガードが堅かったとは思うが。
「でも、ブレンダお姉様も、ステイシー様もいるから大丈夫だよ?」
「!あ、あの。私もですか?!」
「?うん。だって領地に来てくれたし」
ミアが頷くと、ステイシー嬢が泣き出した。
「ステイシー様?」
ミアがおろおろとしていると、ザックリーがハンカチをステイシー嬢に差し出した。
そっと頭を撫で、落ち着かせている。
「いい物件が消えたからって八つ当たりって、性格悪いわねぇ。
まぁ、これからは四人で一緒にいれば、向こうは仕掛けられないわよ」
「女の子だけでって言われることがあるんだよ?」
「その時はステイシーと二人でいればいいじゃない?
アルフとブレンダがお茶会に参加しているなら、ブレンダを入れて三人だしね」
「私の友人もいるから、団体になるわ。安心よ」
ブレンダがウインクする。ミアは嬉しそうに頷いた。
ソフィアさんが「まぁ、ありがとう。ステイシーをよろしくね」とブレンダに言う。ザックリーの婚約者として、ということだろう。つまり、ザックリーとステイシーはこのままだと言外に言っている。
「ステイシー、大丈夫よ?これからは一人で抱え込まないでね」
「ソフィア様……ありがとうございます」
ステイシー嬢はようやく涙が止まったようだ。ザックリーに手を握られている。
ちらりとジョシアを見れば、手を握りしめている。
「ジョシアは、まぁ、仕方なかったよ」
「仕方ない?」
「なにしろ本人が気付いてなかったんだからな」
俺が言うと、皆が同調するように頷く。ミアだけが首を傾げていた。
「来シーズンのお茶会は頼むよ」
「ミアは俺が守る」
ジョシアが力強く頷くと、ミアは顔を真っ赤に染め、幸せそうに笑った。




