アルフ13歳その2
侯爵に連れられて、俺がやって来たのは国王の私室だ。
侯爵と宰相が、蕎麦の旨さを自慢したら絶対食べると言って聞かなかったんだとさ。
まったく我が儘だな。
「あとお一人ですか」
見渡せば、まだ王妃がいない。
「ん?もう揃っているではないか」
「は?」
何言ってんだ、おっさん。
国王とはいえ、奥さんをないがしろにしたら、あとが怖いだろう。それとも、国王が言ったからと、王妃を待たなくてもいいかな。後でしめられたらいいか。
そんなことを考えていると、控え目なノックをして王妃がやってきた。
「お待たせいたしました」
「さっそく用意しますけど」
ちらりと国王と王妃を見る。
「次からはこの魔道具をお貸ししますから、俺は数に入れないでいただけると有難いんですけどね」
「善処しよう」
善処するとは言うが、この中で母さんの料理に慣れているのは俺だけだから、度々呼び出されるのは決定したようなもんだよな。
「サクサク♪」
「おお、本当だ」
お二人とも、天ぷらを気に入ったみたいだ。フォークでぶっさして食べているのがちょっとあれだが、そこをなんとかクリアしたら、外交に使えるかもしれない。
ま、俺が考えることじゃないけど。
「蕎麦は無理でしょうけど、天ぷらは習えばすぐに出来るようになると思いますよ」
「また家うちで、料理人の講習会をハンナに頼むか」
「家のも行かせる」
うん、まあそうなるか。
帰ったら母さんに伝えることにする。天ぷらなら、季節ごとに色々と出来るかな。
「最近、ディランが世話になっているみたいね」
「このことに関しては、ザックリーもジョシアも頼れないですからね」
実は王女が生まれたのだ。
これで更に乙女ゲーと変わって、国王がほっとしていたのが印象的だった。
今は、国王と王妃、ディランが王女にデレデレだ。その中でもディランが妹の扱い方を知りたいと、勉強会の度に俺とミアのエピソードを聞きたがるのだが……一般人と王家では何にも参考にならないだろう。しかも生まれたばかりだしな。
取り敢えず、手洗いうがいをしてから、毎日顔を見せて、話しかけろと言ってある。
覚えてもらうために。
「王子とザックリーの婚約者は決まったのですか?」
「ザックリーは決めた。向こうから何度も打診されて。断る理由もないしな」
「ディランも決まったよ。ディランが決めるまで、上流階級はなかなか決まらないからね」
「王妃なんて大変なだけなのにね」
身もふたもない王妃の発言は聞かなかったことにした。
「ハンナは凄いわね。こんなに美味しい物を作れるなんて」
「その蕎麦はミアが打ちましたけどね」
「え?ミアちゃん?」
王妃は食べている蕎麦を見て、一瞬迷って、それからため息をついた。
「ミアちゃんとディランを結婚させたら美味しいものが食べられるかと思ったけど━━」
「ミア嬢はジョシアの婚約者だからね」
侯爵が途中で割り込む。
「分かっています。分かっているけれど、なんかずるいわ」
「ミアに王妃なんて無理ですよ。侯爵夫人だって、今頑張って勉強している段階ですからね」
ブレンダやカトリーナさんと違って、ミアは元々一般人だ。
基礎的な言動を身に付けるのに、四苦八苦している。母さんは、我が道を行くタイプなのは分かったし。二人とライトフット公爵夫人のソフィアさんに指導をお願いするしかない。
「ミアちゃんは素直ないい子じゃない」
「だから王妃には向きませんよ。それは王妃が良く分かっておいででしょう」
宰相が言えば、王妃も何か心当たりがあるのか、ガッカリと肩を落とした。
「まあ、キンバリー侯爵家に嫁ぐので、お茶会に参加させることになるかと。その時に何か持っていくと思いますよ」
「本当ね?」
王妃が俺の手を掴み、聞いてきた。
国王といい、二人とも食べることに対する執着が強くないか、ひょっとして。
「お二人とも、いいもの食べておられるでしょうに」
「何言っているの?アルフはこんなに美味しいものをいつでも食べられるから、そんなことを言えるのよ!私なんて、美味しいパンだって買いに行けないし、ケーキも毎日じゃないし━━」
「ケーキは毎日食べませんよ」
「でも、サザランド伯爵領にいる役人達が、美味しいものを食べているそうじゃない」
サザランド領の外国との貿易は国を跨ぐため、国から派遣されている役人が、不正がないか見張っている。
身分証は、商業ギルドや冒険者ギルドの会員証が主だが、大陸共通になっていて、本物かどうか魔道具で分かるようになっている。
更に、サザランド伯爵領からは王都が近すぎ、王都を通過しないと国内の他の場所に行けないことから、外国籍の人間がサザランド領を出ることを許されていない。
それらを見張る役人と家族が領地に住んでいるのだが、王都よりも割安な料金のため、ほとんど食堂で食事をしている。その事だろう。
「困ったことに、異動の希望先がサザランド伯爵領ばかりになっているようだよ」
宰相が苦笑する。
癒着防止のため、数年おきに異動となる役人達が出す希望が、サザランド領ばかりなのか。
「領民は毎日美味しいものが食べられるんでしょう?移住希望者も多いんじゃないの?」
「今はあまり増やせないので、まあ領民の紹介くらいしか、移住の許可を出してませんよ」
これ以上父さんの負担は増やせないからね。
移住してくる人の審査や、住む場所と仕事の確保などやらなければならないことが、沢山ある。
役人以外にも、他の商会がサザランド領に進出して外国と取引をしたいと打診されていたらしい。問題は山積みだ。
「……毎日違う食事なんでしょう?」
「ええ、まあ……」
ああ、役人の噂に国王と王妃が羨ましがっているわけか。
「ねぇ、ジョセフ」
「……王妃?」
「貴方はどれくらいの種類を食べたことがあるのかしら?」
天ぷらにフォークを差し、視線を向けずに問いかける王妃は、ちょっとでなく怖い。
「……ワイアットは?」
「まあ、それなりに」
「それなり?」
王妃から発せられる空気が冷たい。そりゃ、二人の方が家との交流があるしなあ。
かといって、放っておけないのでフォローする。
「お茶会に持っていっている分、宰相様と侯爵様より、王妃様の方がスイーツは召し上がってらっしゃるはずですよ」
「……そうなの?」
王妃に視線を向けられて、二人とも頷いている。本当は食後のデザートを食べているから、あんまり変わらないのだが、そこはふせることにする。
「軽食ではなく、お茶会に食事を持ち込むわけにはいきませんから、王妃様が召し上がっていないものをお二人が食べていても不思議ではないでしょう」
「……私も食事も楽しみたいわ」
「またこうやって持って来ますよ」
ため息混じりに俺が言えば、ガタッと王妃は立ち上がり、俺の手を握った。
「お願いね!」
「おお、アルフすまんな」
絶対にすまないと思っていない国王がそんなことを言う。まあ、不自由な二人だから、たまに差し入れるくらいはするか。
「お二人とも、いいものを食べておられるでしょうに」
俺が再び言えば、国王も王妃もため息をついた。
そして、忘れていたことを思い出す。
「なかなか旨いものは食べられないよ。旨かったのは……ああ、そうそう。ワイバーンは旨かったなあ」
「懐かしいわね、ワイバーン」
この世界では、普通に魔物を食べるのだ。
それでも、俺がムーニー男爵領にいた時は、魔物が出るとは言ってもせいぜい魔狼や角兎で、角兎はそこそこ旨いが、魔狼は食べるのには向いていなかった。どちらかと言えば、素材だ。
どちらも肉食獣なのにな。
って言うか、ワイバーン?あれ?
「……ワイバーン?」
俺の呟きに、国王と王妃がしまったという顔をした。ああ、あれか。つまり、そういうことだ。
「食べてもいないし、素材もなかったし。じゃあ、こちらもお裾分けしなくていいってことですよね。いやぁ、良かった良かった」
「待って、アルフ!違うのよ?!」
「いや待て、アルフ!」
「違いませんよね?クレイグさんの時のワイバーンですよね」
二人が黙った。宰相は肩をすくめた。
「運んだのは、軍人達だからね」
「俺とミアが倒すのに、大分協力していますけどね」
「そこで伯爵だよ。優遇措置もしている。ブルーノは本来、貸し出せないんだよ」
確かに伯爵領のために、色々優遇してくれていた。それなら仕方ない……のか?少し騙された気分だ。
「肉は、貴族に売りに出して、素材は軍部や騎士団の装備にあてた。
ああ、魔術省に渡した物もあるな」
「肉で資金を作って、素材で装備やポーションを作ったのですか」
「ああ。スクワイア王国は近年、さほど強い魔物が出てはいないが、隣国で出ているからね。そこは怠れないよ」
国民のため、というのなら仕方ない。サザランド伯爵領を作る時に色々助けられたし、最近もこちらの言い分に耳を傾けてもらうことが多いしなあ。ワイバーンを食べたかったけど。
「仕方ないですね」
「許してくれるのね」
「次回以降持ってくる頻度は下がりますけどね」
にっこり笑って言えば、国王と王妃は項垂れた。反省するがいい。うむ。
「ワイバーンでも美味しいのなら、ドラゴンはどれだけ美味しいのかな」
「この国ではドラゴンはまだ出たことがないから分からないな」
「他国でも、ドラゴンを倒したのは五十年以上前じゃないか?」
どうやらドラゴンも倒せないわけではなさそうだ。
そうは言っても、家族やブレンダに反対されるのは目に見えて分かっているので、わざわざ倒しに行くつもりはなかったし、この時はドラゴンなんて見ることはないと思っていたのだ。




