アルフ13歳その1
無事にブレンダとの婚約も教会に提出し、周りにも知れ渡ると俺の呼び出しはなくなった。
まだ俺もブレンダも社交界のデビュー前なのだが、両親達から話を聞けば、そちらも無事に済んだらしい。
ミアがジョシアと婚約しているのは知れ渡っているので、遠回しに俺との婚約を匂わせる言動がある。
その最中に、キンバリー侯爵が俺の婚約を祝い、更にライトフット公爵がその場に現れ祝福をしたことで、俺の相手がブレンダだと早々に情報を流せたそうだ。
モルトハウス伯爵家は食糧庫とまでは言わないが、他領に販売しているので、あからさまな嫌がらせはないようだ。
母さんが「モルトハウス伯爵家に何かするようなところとは取引出来ないわ」と、夜会では珍しいほど直接的な表現を使って言ったのが効いているのかもしれない。
そうは言っても他の領地と取引しないと困るのは商会を運営するサザランド伯爵家ではないか、と遠回しに言われたものの、「友好を深める必要のない領地との取引分を、他国に回せばいいだけよ。向こうからは貿易量を増やして欲しいって何度も打診されているのだから」と、歯牙にもかけなかったらしい。父さんが疲れた顔をして言っていた。
確かに他国からはもっと取引したいと言われているが、小さな領地なので現状維持をお願いしているから、そっちに回せるのならそれでいいんだよね。
アーネストは未だにブレンダに未練がましい視線を向けるが、俺の家とキンバリー侯爵家やライトフット公爵家との繋がりを考えると、行動には移せないようだ。
公爵令嬢をはじめ、女子達も家から連絡があったのか大人しい。
一応ミアにお守りを作ってもらって、ブレンダとモルトハウス伯爵家の皆に渡してあるが、今のところ問題ない。
そして週末。俺達は毎週王都の自宅に帰るため、うちの馬車に乗る。アガサももう慣れてきた。
普段ならトミーもブレンダも商会で降ろすんだけど、今日はアガサだけ。二人はこのまま家に来る。何故なら今日は━━
「蕎麦なんて何年ぶり♪」
「こっちに来てからは初めてよ」
うちで蕎麦を食うからだ。なぜ蕎麦かと言えば、先日誕生日を迎えた俺のリクエストだ。手間がかかるから普段は頼みづらいんだよね。
アガサは転生者じゃないから、無難なことを言ってはぐらかしたが、既に手紙を出してあるから、蕎麦を打っているだろう。
……母さんじゃなくて、ミアがね。
前世のおばあさんが、蕎麦が打てないと結婚出来ないと言われる地域の出身だったらしく、ミアも教わったのだそうだ。
味噌もおばあさんと作ったと言っていたし、前世のミアはおばあちゃん子だったようだ。幼少期の妹は病弱で、入院することもあって、良く預けられていたらしい。幸い成長と共に普通に生活出来るようになったらしいが、妹の幼少期ならミアもまだ小さかっただろう。
たまに甘えベタだと感じるのは、側に親がいなかったせいかもしれない。
「……転生者が皆料理上手って思われてたら辛いわ」
「ブレンダに、料理と方向感覚を求めないようには言ってあるよ」
「それはそれで問題ではないのかしら……」
ブレンダの胸中は複雑だが、無理なものは無理だろう。
馬車から降りて扉を開けても、今日はミアも母さんもいなかった。ま、蕎麦の準備が大変なんだろう。
家の他に、キンバリー侯爵家、ライトフット公爵家、モルトハウス伯爵家、トミーにクレイグさんにブルーノさんと、食べ盛りなのも考慮に入れて、二十人前は用意しているだろう。
「いらっしゃい。さあ、向かいに行こうか」
代わりに待っていたのは、父さんだった。
食事会は、いつもキンバリー侯爵家で行っている。サザランド伯爵家の使用人では、この人数に対応しきれないのも理由にある。
うちの使用人は、キンバリー侯爵家ライトフット公爵家の使用人のつてで家に来てもらった人達ばかりだ。変なのを入れるわけにはいかなかったが、それに割く時間も労力もなく、使用人の採用を後回しにしていたら、侯爵が人数を集めてくれて、うちにまわしてくれた。
更に、使用人の教育はキンバリー侯爵家の使用人が色々やってくれている。頭が上がらなくなりそうな展開は、母さんの料理を教えることでチャラらしい。
毎日パンも渡しているし、持ちつ持たれつなのかも知れない。
「さぁ、出来たわよ」
侯爵家につくと、すぐに母さんの声がした。揚げたての天ぷらが山盛りだ。
「天ざるなんだ?!」
トミーのテンションが上がる。天ぷらは、この世界ではまだまだマイナーで、簡単に食べられるものじゃない。
そう考えれば、俺はラッキーだよな。母さんとミアと、領地にいる料理人のコメットさんが転生者で、話が分かりあえる。
三人で色々やっている、その成果を味わえるのだから。
「蕎麦も出来たわよ」
母さんが次々と持ってくる。ミアはまだ茹でているらしい。
まだまだ蕎麦は、侯爵家の料理人に任せられないそうだ。今回は手本を見せることにして、次回が練習、その出来によって侯爵に出せるかどうか決めるらしいが、ミアは五回は無理だと言っている。そんなに簡単なものじゃない、と蕎麦に対しては妥協しないようだ。
「蕎麦美味しいわぁ」
「ほぅ?蕎麦の香りが素晴らしい」
カトリーナさんがうっとりと呟き、侯爵が何度も頷いている。
トミーはすすっているが、食べる前にこういう食べ方だと説明していたので、咎められることはなかった。
モルトハウス伯爵達も、口にあったのか食がすすんでいる。
「お兄ちゃん、美味しい?」
ミアが隣の席についた。
「旨いよ。ありがとうな」
「うん」
ニコニコと嬉しそうに笑っている。
「蕎麦も美味しいし、そばつゆも美味しいわ」
「うちの領地で鰹が獲れるからね」
「え?鰹?」
「鰹節を作ったから。お母さんの料理と、お父さんの鑑定で、ちゃんと確認出来たから」
「……は?鑑定?鑑定って何だよ」
「?何ってスキルだよ?」
「スキル?!」
トミーがまえのめりに話に入ってきた。
「うん。それで鰹節が出来たって分かったんだよ。
出来たかどうか分からなかったら、危ないから使わないよ」
「……スキル、か」
「?どうしたの?」
「……スキルがあるなんて知らなかったよ」
トミーが頭を抱えてる。ブレンダは貴族だから、勿論知っていた。
「…一般人にも知る権利があると思うんだ」
トミーは渋面する。
「いや、トミーは親が文官だから、教わったんじゃないのか?」
「……全然教わってない」
「う~ん。なんで教えていないんだろうな?一応、父親に説明してもらえよ」
「……みんなは?知っているのだろ?」
「うん、まあ……」
「ずるい」
「俺に言われても……」
トミーの父親が何を思ってトミーに未だにステータスの説明をしていないのか、分からないしな俺達が勝手に教えていいのか分からない。
「父親に確認しろ」
「しょうがない、そうするか」
後日、単にトミーの父親がトミーにだけ説明をし忘れていただけだと分かり、しばらくいじけていたのだが。
何でもトミーの出来が良かったから、説明していたと思い込んでいたらしい。
前世のせいで、頭がいいのも考えものだよなあ。弟妹はきちんと教わっていたっていうんだから。ちょっとトミーが可哀相ではあった。




