アルフ12歳その1
お兄ちゃん編
久々にミアに泣かれた。
いや、いじめた訳じゃない。単に俺が学園に入学するため、寮に入るだけだ。
全寮制だから仕方ないんだけどね。それが寂しいと泣きつかれた。
そのミアをなんとか宥め、シロとジョシアに任せて学園に来た訳だが、まあ、ゲームの難易度と同じなので入学試験では満点で、入学式では新入生の代表として挨拶しなければならなくなった。
爵位が上の人も沢山いるんじゃないかと聞けば、「一応試験の一位って決まっているからね。成績じゃなくて爵位で選んだとすぐに分かるから、他の人にはできなかったんだよ」と苦笑された。
同じく満点をとったのは貴族ではなく、一般人の奨学生のため、俺に決まったそうだ。
寮は面倒くさいので一人部屋にしてもらった。
学園内に従者や侍女の同行は一人のみ許されているが、それも必要ないので登録していない。
サザランド伯爵家でやっている商売に関わりたい領地や、嫉妬しているところから何をされるか分からないしな。そんな気苦労をさせることもないだろう。食事は食堂があるし、洗濯は小型化したあの魔道具を持ってきた。部屋の掃除くらいしかすることない。
食事だって、何故かミアに大量に持たされた。
時間を止める魔道具の中に、パンや菓子類や弁当が入っている。軽食はあってもいいが、弁当はやり過ぎじゃないか。
母さんにも、取り敢えず持っていけと言われたが。
「さて、と」
部屋に物を片し終わり、夕食の時間になったので食堂へ向かう。
寮は左が女子、右が男子の部屋になっていて、中央が食堂や談話室になっている。
学園内の学食は、授業のある日の昼食と、作りおきの間食限定らしい。
食堂に入り、見渡すとすでに派閥が出来ているようだった。
偉そうにふんぞり返っているあの辺りは避けるか。
ちらりと見れば、奨学生の一般人らしき団体がいる。その側がちょうどいいだろう。
俺は見当をつけた辺りの、空いている席に座ることにした。セルフサービスのようだが、上流貴族は従者か侍女にさせているから、自ら料理をトレーにのせて運んでいるのは一般人か下流か変わり者か。
辺りを見ながらパンに手をのばし口に入れ、その味に顔がひきつった。母さん達のと比べるのは酷かもしれないが、もう少し何とかならなかったのか。
周りを見れば、女子は済ました顔でちびちびパンをむしって食べている。
気を取り直して、スープで水分を口にし、焼かれた肉を口に入れて固まった。
不味い。不味すぎる。
肉汁が滴ることがなく、噛みごたえがあるという範囲を飛び越えた固い肉。顎がおかしくなりそうだ。
どうするかな、と薄い塩味のスープを口にしていると、目の前に誰かが座った。
「ここ空いてる?」
「空いてる」
紺色の髪と瞳の男子が座っていた。聞く前に座っているじゃないか。
「虹の鈴には、ここの料理は口に合わないんじゃない?」
「え~と、まあ、その」
はっきり言うのは申し訳ないがその通りだ。まさか食事でホームシックになるとは考えてもいなかった。
「そんなに虹の鈴の経営する店は美味しいんだ?」
「母親と妹のレシピだからなあ。あれに慣れてるんだよ」
俺は答えながら、ミアが持たせてくれた料理を思い出す。弁当の中身は分からないが、菓子類とパンばかりで肉類はなかった。仕方ないので、この固い肉は食べきるか。
パンは小さいのを一つだけにして正解だったな。
「あれってどう作るの?」
目の前の男子が言うと、食堂が一気に静まりかえった。耳を澄ませて聞き漏らすまいとみんなが考えたせいだろう。誰も喋らない。
「俺は料理しないからレシピも知らないなあ」
「じゃあ、君も学園内ではみんなと同じ食事なんだね」
「まあ、そうだな。パンは持ってきたから、そっちにするかな」
「え?持ってきた?虹の鈴のパンは、なるべく当日に食べきるって━━」
「ああ。時間を止める魔道具にいれてきたから大丈夫。後で食べにくる?」
「行く!」
目の前の男子は、立ち上がりながら噛みつくように言ってきた。
「そんなに興奮するなよ」
座れ座れと手で合図すれば、大人しく座る。
「一般人が虹の鈴のパンを食べれるなんてそうそうないんだよ」
「そうか?」
「貴族じゃないんだ。自分で並ばないといけないだろ?」
「食堂は?あれは貴族は入りづらいだろう?」
「値段がなあ。ウチはそんなに裕福じゃないから毎日家族では無理だな」
「そっか。パンも職人を増やしているんだが、なかなか」
「引き抜きか?」
「いや。職人が育ってくると母親とかが、新たなレシピを作るからさ。職人が独り立ちしたがらない」
俺が苦笑すると、机に突っ伏した。
これでも職人を増やそうと頑張ってはいるんだが。いかんせん、作れる量が増えるより需要が上回る状況なので仕方ない。
「あの、トミー。伯爵家にため口は……」
オロオロと俺と目の前に座る男子に話しかけてきた。
俺は別に構わないのだが、他の貴族に睨まれたら大変だな。
「他にはちゃんとするよ。あんたは大丈夫だろ?」
「まあね。俺もわりと最近まで一般人だったし。
でも、他の貴族達の印象があるんじゃないか?」
「……僕もそう思います」
俺と話しかけてきた男子が言えば、目の前に座るそいつはニヤリと笑った。
「俺は魔力量が多いから、融通がきくんだ。試験も満点だったし」
「あ、一般人で満点だったヤツってお前か」
「そうそう。貴族でも満点とったのがいたとかで、入学式で挨拶しないけどさ」
「ああ。俺に回ってきたよ」
魔力量が多い、か。
最近魔晶石がこの大陸で不足しているからな。確かに、ちょっとくらい口が悪くても、囲みたくなる貴族はいるかもしれない。
「あ、俺はアルフ・サザランドだ。よろしく」
「俺はトミー」
「僕は、アガサです」
三人で簡単に自己紹介する。ま、二人は俺を知っていたようだが。
「サザランド伯爵家は従者か侍女を付けないのか?」
「トミーは、四六時中誰かいても大丈夫なのか」
「それはそうだけどさ。掃除や洗濯があるだろ?」
「掃除くらいかな?洗濯は魔道具があるから」
「魔道具、ですか?」
「そ。魔力で汚れが落ちるから、干したり洗ったりする必要がない」
「ちょっ、なんだそれ?!」
「そういう魔道具なんだよ」
「じゃあ、部屋の掃除くらいですか?」
「そう。掃除だけならなんとかするよ」
ウチはずっと人手不足だしな。領内のあの状況を知っていて俺に人を付けろとは言えないし、落ち着かない。
「トミーは魔力だろ?アガサは、どうやって奨学生に?」
「僕は、トミーと幼なじみで。トミーに色々教わったから、勉強が少し出来るくらいなんですけど……」
なるほど、文官候補か。
文官のお偉いさんで指示を出しているのは貴族だが、実質作業をしているのは一般人だ。
頭がいいなら、奨学生として受け入れるだろう。
「他にも何人かいたんだけどさ。アガサしか身につかなかったんだよ」
「文官になれば食いっぱぐれないから、いいんじゃないか?」
「だろ?国家公務員は安定してるんだよな」
は?国家公務員?
「僕は母親と二人きりなので、ちゃんとした職につきたかったんです」
「トミーが満点だろ?ついていけたら、問題ない、はずだ」
「はい、頑張ります」
アガサがはにかむが、俺はそれよりもトミーの発言が気になった。
「トミーも安定志向で国家公務員狙いか?」
「そうそう。なかでも魔術省は、魔力量が多い俺にぴったり━━って、え?」
トミーが俺を見る。
パクパクと口を何度も開閉しているので、苦笑しながら俺は言った。
「詳しい話は後で」
「あ?ああ」
「あのっ。僕もうかがっていいですか?」
俺はちらりとトミーに視線を向ける。
「あ~、その、な。アガサ。今日だけ遠慮してくれ」
「……うん。分かった」
ちょっと落ち込んだようだが、俺達でしか出来ない会話だから仕方ない。
っていうか、ここにきてまた、転生者か。
ゲームに出てきたキャラじゃないよな?