宰相の憂鬱その6
暗い話なので、苦手な方は読まないことをおすすめします。読まなくても問題ない、はず。
この次にキャラクター一覧をはさみ、アルフの学園編になります。主人公までまだまだですよ……
ブルーノの転移により、私達はスクワイア王国の片隅の子爵の邸に来ていた。
邸の一室が、牢の代わりを担っていた。
「オーウェン!ワイアット!ジョセフ!」
若い頃は長い金髪を『ぽにーてーる』という髪形にしていた自称『ひろいん』が近づいて来て、しかし繋がれた鎖の長さが足りず、私に触れることはなかった。
「私を助けに来てくれたのね!」
「私が君に会うことはもうない」
「!なっ!」
久々に会ったが、相変わらず自分勝手な考え方だな。何故私達が助けに来るなどと思えたというのか。
彼女との出会いは、社交界だった。
彼女のデビューの時に会ったのだが、一年だけパーティーに参加した後は、教会で聖女の仕事を二年間すると言ってきた。
子爵の娘が公爵の息子に、だ。周りが顔をしかめているのが分からなかったのか、しばらくついてこられて、大変困った。
それはジョセフも同じで、二人してあしらっていると、彼女は興味深い話を始めた。
流行り病の時期や種類、我が家を陥れようとする敵対勢力の動き、同盟国が裏切り他国と徒党を組んでスクワイア王国に戦争を仕掛けようと画策している等、どれも必要な情報だった。
彼女に好意など抱くはずはないが、ことごとく当たる彼女の発言に、私は時折彼女と会い、話をするしかなかった。この国を思えばこそ。
私と彼女とでは身分の差から同じパーティーに出るのはデビューの時くらいだったのだが、彼女はそれをよしとはしなかった。
私にエスコートを求め、しかしソフィアがいるので断ると、しばらく門前払いされる。
ならばと接触を絶つと、彼女が新たな情報を匂わせて会いたいと手紙を寄越す。
その度に会いに行くうちに、嫌な噂が流れ始めた。私が彼女に惚れていると。
仕方なくジョセフを同行させると彼女は喜んだ。これで変な噂は消えるかと思えば、世間の噂はそれほど甘くはなく、ジョセフまでもが彼女に気があると噂されるようになってしまった。
そして、その噂にカトリーナが動いてしまった。彼女に私達に関わるなと告げたのだ。
カトリーナにそこまでのことをさせてしまったのは、私のミスだ。
以降、私は彼女に会うことはなかった。
流行り病は先に準備出来る薬やその材料を集めたり薬草を育てればいい。
我が家の政敵なら、間諜を増やして対抗する。周辺国もそれでいいだろう。
彼女の情報を頼ることは、止めた。
一年後、彼女は言っていた通り聖女として教会で働く。その時期が王妃ステラと重なっていた。
彼女はそこでオーウェンに迫り、ステラに虐められたと嘘を言い、下手な芝居で皆を騙そうとしたが、誰も彼女の言うことを真に受けなかった。
ステラは聖女の職務を果たしていたが、彼女はサボってばかりいたからだ。
彼女は王妃になれると何故か強く思い込んでいた。
しかしオーウェンがそんな彼女を選ぶ訳もなく、ステラと結婚する。
それから数年後、今までにない流行り病が北部で猛威をふるった。
すぐに調剤師を送り出したが、どの薬も快癒に至らなかった。回復魔法を扱う魔術師も派遣していたが、新たに病魔に侵される数と治る数がほとんど変わらず、次第に魔術師達は疲弊し、一人二人と魔術師が病にかかってしまった。
そうなると治せる者が減り、状況は悪化した。 追加の人員を派遣しようにも、あまりの猛威に二の足を踏む者があとを絶たなかった。
二の足を踏む彼らに喝を入れるように私も北部へ向かった。当時宰相であった父が止めたが、私が向かうことで、魔術師達も北部へ行くだろう。単純にそう思っていた。
北部に着いた私に、衝撃の光景が広がっていた。
いつの時代も、王子誕生の後に子供の数は増える。北部も例外ではなく、生まれたばかりのタイラーやザックリーに似た子供達が病にかかってしまった。
明日を迎えることはないだろうと言われ、人目を憚らずに泣く子供の父親は、自分のように思えてならなかった。
そんなやり取りが、あちこちである。
調剤も回復魔法も扱えない私は、診療所の掃除や食事の準備など、それ以外のことを積極的にこなした。
現場にいたところで何も出来ない未熟な私は、ただいたずらに死へ向かう子供達に感傷的になっただけの、ナイーブな若造だった。
あの時、ブルーノはオーウェンについて外遊していた。彼がいたならもっと早くどうにかなっていただろう。
実際、ブルーノが国に入ると同時に北部へ転移して、魔晶石や薬で魔力を補い、病人を一週間もせず全て治した。
ブルーノがいなかったら、スクワイア王国の北部は、どれ程の被害があったか分からない。一方でブルーノは優秀過ぎて、彼に頼る解決法は、次代の者に受け継がせる方法ではない。
私は己の力不足をまざまざと感じ、打ちのめされていた。
その時、彼女から来た手紙が、私に呪いをかけたのだ。
流行り病を予測していたと言い、「私を選べば避けられたのにね」と嗤う内容だった。「またこんなことが起きるわよ」と。
確かに彼女は、未来を占えた。その力で国を守れないか?
呪われた私は、人目を避け、彼女の元へ通おうとした。
しかし、オーウェンとジョセフ、それから父に気付かれ、ひきとめられた。私のその行為は、悪魔に魂を売るものだと。
今回の流行り病のことは、次回以降に活かすしかない。我々は人間であって神にはなれないのだよ、と父が苦しげに言うのが、痛々しかった。
私よりも何度もこんな経験をしているのは父だ。どれだけ自分の無力さを嘆いただろう。その父が悪魔に魂を売る行為だと言うのだ。
私は正気に戻り、以降彼女からの手紙に呪われることはなくなった。彼女に頼らず、ずっと後の世代にも繋がる形で、病と太刀打ちできる方法を模索するべきなのだ。薬草を育てては新たな薬の開発をさせた。
問題解決する、それまではブルーノに頑張ってもらうしかない。
そう決心をしても、彼女からの手紙は度々届き、私達が応じる気配がないことに苛立ったのだろう。ステラを殴ろうとしたところを騎士達に捕らえられ、子爵家に幽閉となった。
「ワイアットはそう言いながら、私に会いに来たんじゃないの?」
ニヤリと嗤う彼女に、私はなるべく冷静に告げた。
「三年後、王子が入学。同時に『ひろいん』も入学。
他の攻略対象は、ライトフット公爵家のザックリー、キンバリー侯爵家のジョシア、魔術に長けたガーネット伯爵家のブレント、貴族ではないが実力で騎士団に入るケント」
「なっ?!」
彼女が驚愕の表情をする。
私はそのまま続けた。
「そして『隠れキャラ』はソレイユ王国のブルーランド一族のデリック」
「へ……?」
「彼と『ひろいん』が結ばれると、霊獣が封印から目覚め、ソレイユ王国とスクワイア王国、更には元ブルーランド王国の間で争いが起こる」
「どうしてワイアットが知っているの?!」
「お前だけが、乙女ゲーム『あなた色の恋物語』略して『あな恋』の世界を知っている訳ではないということだ」
「そんなっ?!私以外に転生者がいたの?!だからストーリーが変わったのね!!」
「私がもうここを訪れることはない。その理由は充分だろう」
私は敢えて彼女のいう『転生者』を否定しなかった。
カトリーナとハンナも色々知っていたと言うことは、彼女の言う『転生者』なのだろうか。いや、だとしても二人は二人だ。私が二人に対する態度を変えることはないだろう。
「では、魔力を封じますね」
ブルーノが何かを呟くと、彼女の額に魔力封じの紋様が印された。痛みを伴うらしく、彼女が「あ゛あ゛っ」と苦しみながらうずくまる。
「完了しました」
「これで君は私達に手出し出来なくなったし、もう出歩くことも出来ないよ」
彼女は幽閉されそうだと気付くとすぐに、自身の持つ魅了の力で周りの人間を操った。そして幽閉後も、魅了した人間に部屋の鍵を開けさせたり、馬車を用意させて出歩いたり、人目を忍んではいたものの、それなりに自由に行動していたようだ。
結果、ジョセフの家の人間に接触して魅了し、カトリーナにも接触してあのような精神状態に出来たらしい。
しかしその魅了はブルーノがすでに消し去っており、今後はここから出ることはかなわないだろう。
「…………ふふふふふ」
不気味に笑い、彼女は私達を睨む。
「今更私の力を封じても、意味ないわよ」
まだ彼女は、事態が飲み込めていないようだっだ。
「君に残念な報告をしてあげよう。
すでにブルーノがこの部屋の周囲に強固な結界を張っている。これで許可のない人間が君と接触することは出来ないだろう。
更に、屋敷内の人間全てに対して、魅了状態を解いてある。この屋敷に君の命令を聞くものはいない。
私の言いたいことが分かるか?すでに君に自由はない」
前回は、私達は甘かった。彼女の能力を魔道具で封じ、この部屋も魔道具で結界を張っただけだった。そのため、すでに魅了されていた屋敷の人間が、どちらの魔道具も壊してしまったのだ。とてつもなく長い年月をかけはしたが。
「君は詰んだんだよ。もう終わりだ」
私達が身を翻して部屋を出てドアを閉めると、発狂でもしたのか、訳の分からない叫び声が部屋の中からした。どうやら自身のこれからを理解したようだ。
子爵はひたすら平身低頭で詫びているが、今回の失態は彼女を甘く見ていた私達にも問題がある。初めから魔力封じをしておくべきだっただろう。ブルーノの力を使うべきだった。
きちんと幽閉出来ていなかったことについては不問にし、私達はブルーノに王都へ転移させた。
「……ああまで執着されるのも恐ろしいものだな」
「何が彼女をああさせたのだろうな」
「……ステラが無事だったから、もういいよ」
「ああ、そうだな。カトリーナもジョシアも無事だったしな」
何年にも渡り、彼女に苦しめられるとは、私達もまだまだなのだとその夜の酒はいいものではなかった。




