新米伯爵のお仕事その6
両親と兄家族が、従業員とともにスクワイア王国に来たのは、十月だった。
晴れてサザランド領に住むことが決まったシロという名の白蛇は、始めこそ多少領民に怖がられていたものの、すでに領地に馴染んでいた。
まあ、頭では分かっていても、蛇が苦手な人がいるのは仕方がない。
それでも、ミアとともに領内を見て回っていることを知っているので、挨拶や会話くらいはしているようだ。
会議の決定事項により、サザランド伯爵領から出ることは許されないが、それでも随分と住みやすくなった領内は、俺の家族を迎え入れてもやっていけるだろう。
と言うか、正直に言えば、仕事が山積みで信用出来る上に仕事の出来るクリフ兄達は大歓迎だ。
今はゲイルとバーナードに任せきりだが、いつの間にか事業が拡大していた結果、ゲイルとバーナードにかかる負担が大きかった。
これで人員の補強になる━━と、いいのだが。
そんなこんなで、しばらくは領内の仕事を手伝ってもらっていると、上の甥クラークの息子で二歳になったコーディがミアに求婚した。
まあ、子供はよくしてくれる女の子にはこんなもんだろう。
ちょっと面白くないが、小さい子供が母親に「お母さんと結婚する」と言い出すのと同じだ。コーディには生まれたばかりの妹マイラがいて、母親で甥の嫁モニカがマイラにかかりきりで、面倒を見ていたミアになついてしまった。その結果だった。
しかし、面白くなかったのは俺だけではない。
ジョシア様は、「従兄弟の子供とは結婚出来る」と言って、すぐにミアと正式な婚約を求めた。
元々はカトリーナ様が不安がって正式に婚約していなかったのだが、ジョシア様の押しに折れた。あんなに頑固なのかと驚いたな。
これによりミアとジョシア様は教会で手続きを踏み、正式に婚約者となり、更にはジョシア様が、シロやコーディがミアにくっついても苛立たなくなった。
アルフは「それ以上していたら、多少は甘くなったんじゃない?」と言っていたが……ミアはまだまだ子供だぞ?それ以上ってなんだ?!
アルフは「結婚までは清い交際を約束させた。まだ子供だし、キスとハグくらいなもんだよ」と事もなく言うが、しばらく立ち直れなかった。
いや、分かっている。
ジョシア様は必ず会った時と帰る時に、ミアの頬にキスするようになった。
それを見たコーディがミアにしようとして、「これは婚約者だけなのよ」とミアに注意を受けてショックを受けていた。
━━正確には、婚約者だけなんてことはないのだが。
しかしショックを受けている俺の心配をするミアは可愛かった。
書斎にお茶を持ってきたり、移動でお昼ご飯を取れなさそうだと知るとお弁当を作ってくれる。
お帰りと言って抱きついてくるのも変わらない。ああ、まだ可愛い俺の娘だ。
しかし、カトリーナ様に侯爵家の嫁として必要な知識を教わったりと、確実にそこに向かっている。
王都の家が向かいなだけいいと思うべきか。
下の甥カーティスは、勉強が好きで出来も良かったらしい。
更に上の学校に通いたかったらしいが、平民では進学は難しかったそうだ。
それがここの領地に来て、チェスター博士に出会い、気付けば弟子入りしていた。
荷物持ちとしてチェスター博士について、領内をあちこち歩きまわっている。
親父やクリフ兄は、働き手になれず申し訳ないと言っていたが、領地をきちんと調べられていないのだからちょうどいいと、アルフとハンナは書式を統一した紙をカーティスに渡し、そのまま好きにさせるつもりだ。
チェスター博士も嬉々として弟子扱いをして、たまにミアも連れてあちこち転移していた。
おかげで、花が咲いたり実ったから判別がついた植物が更に領内で育てられることになった。
時間や体力などを考えると、まさか全ての植物を片っ端から鑑定するわけにもいかず、手付かずのままの植物が領内にまだまだあるようだ。
甥の嫁モニカは、元々針子だった。
そしてパン職人セリーヌの母親サマンサも針子だ。
二人には買い取った服のリメイクを頼むことになった。新しい服を作るのではないので、少し申し訳なかったが、こちらの土地でも針仕事が出来ると喜んでくれたようだ。
服の買い取りは問題がなかったが、リメイクがなかなか難しかった。デザイナーもパタンナーもいなかったからだ。
よそから型紙を買って仕立てて何とかしていた。
そんな時、ライトフット公爵夫人ソフィア様から相談された。若いデザイナーが要らないか、と。
何でも公爵家が贔屓にしているデザイナーの元から独立したパタンナーもこなす若者が、圧力を受けて仕事がないらしい。
ソフィア様としては、自身の服をデザインしていたのが彼だと分かったらしく、潰されていい才能ではないと保護したかったようだ。
俺としては渡りに船でありがたく紹介していただいた。
それからの順調なことといったらなかった。
元々買い取った服は、ミア達の魔道具によってほぼ新品だ。それも山積みになっている。
彼━━デニスには申し訳ないが、一からではなくあくまでもリメイクなので、そこから生地を選ばなくてはならない。制約されていて大変だっただろう。
しかし、買い取り先には貴族もいて━━庶民とは違い、要らない服が多くなったから処分したいという理由だが━━古臭いドレス等も中にはあった。
普通なら捨てるだけのそれは、魔道具を使えば質の良いドレス生地になり、欠けた真珠の飾りは輝きを戻し、廃れたレースの柄は今見ると魅力的ですらあった。
デニスには宝の山に見えたのか、時折人をやらないと寝食を忘れて仕事をしてしまう、困った人間だった。
様子見には商会の人間を行かせたが、そこまでやる気があるのは喜ばしいことだった。
なぜソフィア様が我が家にデニスを紹介して下さったのか。
それは、領地で開いたピザ会がきっかけだ。
ハンナが王城のシェフにレシピを教える際に、公爵家と侯爵家にも一緒に教えることになったのだが、国からはある条件をのんでもらい、公爵家と侯爵家はどうするか、といった話になった。
ハンナは特に何かを求めるつもりはなかったし、俺もそうなのだが、そういうわけにはいかない、と仰った。
そこで俺は、ハンナとミアに貴族としての立ち居振舞いを教えることを交換条件にしてもらった。
実際には、ハンナがレシピを教えている間にミアにマナーを教えたり、王城での子供のお茶会の服を選んだりしていたらしい。
男のお子様しかいないお二人にとって、ミアの服を選ぶのは至福の時間であったようだ。
そのミアの服は、もちろん我が家の服を着ているのだが、型紙を買って仕立てている、ごく普通のものだ。上流貴族のお二人には、物足りなかったのだろう。
更にはデニスの才能を惜しがり、ソフィア様は紹介して下さった。
それからは、デザインから使う生地から色々選び、楽しまれたご様子で、ミアの他にハンナのドレスも何点か作り、社交界ではハンナのフォローをして下さった。
夫人達の社交であるお茶会や、ミアの子供のお茶会、更に王都の街に出る時の服と、二人はいつでもデニスのデザインの服を着ていた。「生きるマネキン」とアルフは言っていたが、マネキンとはなんだ?
俺にとっては二人とも綺麗な妻と可愛い娘なのだが、髪は明るい茶色、瞳は濃い茶色と地味な外見だ。
その二人が、魅力的に見える。その服はどこのものなのか、と興味を抱くのは女性として普通のことらしい。
そして店内にはシェリルがいる。金の髪に緑の瞳。すらっとして、しかし派手さはない。
シェリルに憧れ、服を買う。地味な外見の女性も━━こういうのは嫌だが━━ハンナとミアの例が背中を押すらしく、購入していく。
更に店内の化粧品に気付き、そう言えばとハンナとシェリルを見て肌の綺麗さにも気付けば、そちらも手に入れていく。
シェリル一人では、店が回らなくなるまでに、時間はかからなかった。
商会も、『太陽の瞳』から引き継いだものの他に、ハンナとミアのレシピのためにあちこち飛び回り、購入もそのついでに販売もとなると、目の回るような忙しさだった。
そんな中で領地に納品に来た従業員が、領民の食事の素晴らしさに気付き、羨ましそうにしているのを見たハンナが、『社食』という、従業員向けの食堂を開こうと言ってきた。
確かに忙しい中で体が大事ではある。
従業員用の食堂なので通り沿いである必要もなく、パン屋と商会の側の比較的家賃の安い物件を借りた。
メニューは二種類だけで、基本的にはスープと肉料理。パンはいくつかある中から二つを選べる、とした。
料理をハンナのレシピにしたのがそもそもの間違いだろう。
通り沿いではなくとも、魅惑的なその香りに誘われて人がやって来た。
仕込みを増やして、従業員以外も少し入れることにすれば、やや割高な食堂にも関わらず、連日早々に売り切れだ。
また、化粧品を作っている工房も噂を聞き付け、食べたいと言ってきたので、工房の方にも小さい食堂を作った。
こちらは工房の従業員専用で、食堂からパンとスープを運び、メインの肉料理も最後の仕上げをするだけになったものを運んでいる。
周りの工房から羨ましがられているみたいだ。
クリフ兄達が来たから少しは楽になるはずだったのだが、どうやらまだまだ事業は拡大しそうだ。
まだまだ人手が足りない。
こんなはずではなかったのだが。どうしてこうなった?
次は暗い話なので、苦手な方は読まないことをおすすめします。読まなくても問題ない、はず。
その後、簡単なキャラクター一覧(?)をはさんで、お兄ちゃんのターン(?)、アルフ学園編になります。




