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出番ですか?  作者: 五月女ハギ
サザランド伯爵領と大人達
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宰相の憂鬱その5

 大人は大人の、そして子供には子供の外交がある。私はザックリーに子供のお茶会を任せた。私自身が出るわけにもいかないからだ。

 もちろんディラン王子にも、ジョシアにも、ミアとアルフにもくれぐれも勝手な言動をしないようにと言ってある。

 特にミアとアルフの二人は、まだ貴族の考え方が身に付いていないので、そこをつかれるとスクワイア王国に損失を与えるかもしれない。

 一番の不安は、霊獣二人がミアについていくと言ってきかなかったことだ。

 彼らは己の欲望のまま言動に移すので、気が気ではない。


 大人の外交は、ハンナのレシピによる『いちごのたると』を出し、お茶を飲みながら細やかな牽制を含むやり取りをしていたのだが、元ブルーランド王国の霊獣の話になると、あちらが霊獣に会いたいと言い出し、子供達のお茶会の場に来たところだ。


「元ブルーランド王国のでも、そっちの霊獣はいりませんわ!!」


 何があったのか分からない大人達は、庭園で開かれているお茶会に、あと一歩でたどり着く、その扉の前で立ち止まった。


『……お前も我を嫌うか』

「当然ではないですか!蛇なんて嫌よ!」


 確か今回のお茶会では、ソレイユ王国のマーシャ姫とミアの他に女子はいなかった。

 声と話し方から、これは姫の方だと安堵した。

 一方、元ブルーランド王国の王族━━今はブルーランド一族の族長と言う━━デクスター族長は顔をしかめ、ソレイユ王国の年若いローランド王太子は血の気が引いている。


『では、我はこちらの国に厄介になって構わぬのだな?』

「こんなの、スクワイア王国はいるのかしら?いるならあげますわ」


 ソレイユ王国はマーシャ姫の教育が不充分なようだ。おかげで霊獣がスクワイア王国に来るかもしれない。

 まあ、私達は彼ら霊獣の不興を買う言動は避けるだけだが。来ると言っても、サザランド伯爵領だろうからな。あの土地を守って貰えるのならありがたい。

 被害がさほどなかったとはいえ、今年移住したチェスター博士によると、長雨や嵐がスクワイア王国内でも厳しいようだった。


『シロだけミアの側とはズルい』


 ちらりと見れば、白蛇はジョシアの手の上にいて、ミアに頭を撫でられていた。

 先日のピザ会でも、ジョシアは白蛇が元ブルーランド王国の姫に冷遇されていたと知り、同情してミアの手に乗る許可を出していた。

 今日は自分の手のひらに乗せ、ミアに頭を撫でさせているのだろう。


「子供である私達で結論を出すのは早計でしょう。大人達の話し合いがどうなっているのかも分かりませんし。

 ただ、もしと言うならば、スクワイア王国としては霊獣がどちらかでもいてくれるのはありがたいと思います」


 ディラン王子が、軽く微笑んで言う。少しマーシャ姫の顔が赤くなったが、それはどうでもいい。


 さて。そろそろ出ていくか。

 私が庭園に出る扉を、ソレイユ王国の方々とオーウェンのために開ける。


「なかなか面白い話をしていたようだな」


 デクスター族長が言えば、ローランド王太子が固まった。


「族長。元ブルーランド王国の霊獣がお二人いらっしゃるのですが……」

「蛇なんていらないわ」


 マーシャ姫はツンと白蛇から目をそらし言い切った。


「……確かに白蛇はブルーランド王国がなくなった原因を作った霊獣だな」

「━━原因?我とハクの待遇の差を知らぬのか」

「待遇の差?」

「分からぬ者達に何を話しても無駄だ。要らぬと言われてまでそちらに行く気は欠片もない。

 ミア達の手助けをしていくこととしよう」

「ミア達?」

「うむ。ジョシアの土地にミアは嫁ぐのだろう?そこも手助けをする」


 素直にジョシアも気に入ったから手助けをすると言ってもいいのだが。

 白蛇は照れていて、ミアのためだと言い訳をしていた。


「デクスター族長。ここで急いで結論を出さずともいいでしょう」

「いや。ここで決めて白虎を連れて帰ろう。もとより白蛇など要らないさ」


 ローランド王太子にデクスター族長は言い切った。

 どうやら国がなくなった原因である白蛇にいい感情はなく、白虎だけで構わないと思っているようだった。


 白蛇はデクスター族長の発言に多少ショックを受けているようだったが、ミアが慰めるように頭を撫でていた。

 そのミアは一瞬デクスター族長を不愉快そうに見たが、白蛇を慰めることを優先した。


『ミア。俺も』


 白虎が頭をミアに押し付ける。

 ミアが言われるまま、白虎の頭を撫でようとしたのをデクスター族長がその手を払った。


「我らの霊獣に触れないでいただこう」


 睨み付けられ、ミアが少しジョシアに身を寄せる。


『俺が言ったんだ』

「ですが━━」

『ミアにそんなことするなら、ブルーランド王国に行かない』

「!……今はソレイユ王国ですが」

『行かない。ミアがいたから俺達の封が解けたんだ。

 それをそうやってミアを怖がらせるなんて!』

「わ、分かりました。

 それで我らの住む場所には━━」


 ちらりと白虎はミアを見た。

 羨ましそうに見えたのは、白虎もミアの側にいたいからだろうか。

 サザランド伯爵領のあの料理を知ってしまえば、他に行く気にもならないだろう。

 更にサザランド伯爵領にいた時に、ミアに食事を取り分けてもらったり、ブラッシングしてもらったり、狭いながらも領都を回り領民とも親しくなっていたようだ。寂しく感じているのだろう。


 だが。ミアが二人の霊獣の封を解いたとは初耳だった。

 後から白蛇に聞けば、領内を整地してまわったミアが、たまたま二人が封じられた場所も整え、その時に封が解けたそうだ。


『……たまにこっちに遊びに行く』

「畏まりました」


 デクスター族長が恭しく頷き、そこからは霊獣についてはあっさり話が進んだ。

 スクワイア王国が白蛇を得て、白虎がこちらを訪れる許可を出した。

 白蛇は嬉しげに体をくねらせ、ジョシアにもミアにも、そしてアルフにも頭を擦り付けていた。

 それを羨ましそうに白虎は眺めていたが、ミアが「いつでも唐揚げが作れるように用意して待っていますね」と言えば、ぐるぐると喉を鳴らして喜んだ。


 問題は貿易だったが、こちらも例年よりスクワイア王国が有利に進めることが出来た。

 ハンナの料理に興味津々だったソレイユ王国の面々が、デザートにいちごを出した時、今回は普通に果物かとがっかりしていた。

 しかし、オーウェンがいちごにとろみのある白いソースをかけて食べる。それを真似て食べた人々が、言葉にならない声を漏らした。

 ハンナの作った調味料、というべきか。『練乳』は甘いもの好きのソレイユ王国には、入手したい品目に上がった。

 レシピは売らず、現物だけを輸出品目に入れ、これにより胡椒や香辛料による輸出と輸入の差が大分減るだろう。

 現物は他にも羊羮や金平糖もあり、ソレイユ王国側が予想外の出来事に、飄々と見せようとするその中で狼狽えているのが見ていて喜ばしい。

 くれぐれもレシピが流れないようにしなければならないが。




 今回の分とあといくらかのハンナのレシピは国が買い取ることになり値段を提示したが、サザランド伯爵夫妻からは他のものを要求された。

 アントンの両親と兄家族が、一つ国を挟んだ先に移住しているのだが、最近きな臭い噂があるらしい。

 スクワイア王国も間諜を送り出している国だが、そんな情報は入って来ていなかった。

 しかし、どうやら移住先の国ではなく、さらに国一つ挟んだ先━━スクワイア王国からは四つほど先の国の話らしい。

 移住先の国が攻め込まれる訳ではないが、間の国を乗っ取ろうとしていること。

 また、その国の上流貴族が商会の従業員を愛人に囲おうとちょっかいをかけられ、人材的にも商売的にも支障が出るおそれもあること。

 隣国となれば、今まで以上に面倒な事態になると、何とかしたいと考えていた最中にアントンから手紙が届き、彼らはアントンに相談した。

 そしてそれがアントンからの要求となった。


 ━━両親と兄家族、それから従業員を国民としてスクワイア王国に受け入れて貰えないか、と。


 様々な審査が終わるまではサザランド伯爵領から出さないこと等、色々取り決め、私もオーウェンも許可を出した。

 会議では私達がサザランド伯爵に甘いと反対意見も出たが、ハンナのレシピの有効性がその意見を霧散させた。

 単に「王都の店で購入出来なくなっても、そう言えるのか?」と聞いただけだが。

 顔面蒼白になり、すぐさま取り消したのは、きっと夫人に頭の上がらない貴族達だろう。

 ハンナのパンを食べた夫人達は、その後スイーツの店を知ると購入して試食したらしい。

 食べたらハンナの料理の上手さが分かるだろう。

 お茶会でサザランド伯爵のパンかスイーツを使っているかいないかで、その質を測られることになっているそうだからな。

 夫人達の社交も、情報収集やら何やら必要なことだ。質が悪いとなれば集まる貴族が減ったり、自分よりも上位の貴族が訪れなくなったりと、悪影響が出るからな。強く出られなくなったようだ。


 スクワイア王国としては、交流のない国ではある。交流があるのは二つ先の、アントンの家族が移住した国までだ。

 しかし情報では、好戦的な国柄だと知っている。貴族の━━それも上流貴族の横暴さも噂に聞いていた。

 家族がスクワイア王国に再び入る━━さらには元々他国民の従業員を連れて、となると、その国から睨まれるおそれもある。

 しかしオーウェンは、元々スクワイア王国の国民が戻ってくるだけだと言い切った。従業員を連れているのは商売をするなら当たり前だと。


 こうしてアントンの望みを叶えることになった。

 アントンは文箱の片割れを向こうから寄越されており、一瞬で送ることが出来るので、やり取りは早かった。

 ついでに、三つ先の国にはこっそりと最近量の減った赤の魔晶石をいくつかアントンの兄経由で売り渡した。

 それがスクワイア王国までの旅費や商会をたたむ費用になるし、あちらに貸しが出来る。

 まあ、魔晶石を作ったのはミアだからな、量をこちらが決めただけとも言えるが。


 少し手間のかかる案件ではあったが、国として使えるハンナのレシピがこれだけ手に入ったのだから問題ないだろう。

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