新米伯爵のお仕事その5
宰相様が眉間を揉んでいる。
気持ちは分からなくもない。何だってこんなことになったのか。
歳に似合わず、色々な料理を食べて満足げなチェスター博士が恨めしいほどだ。
白虎と白蛇は、元ブルーランド王国の霊獣だったらしい。
そして二人ともほぼ同時期にその力を封じられ、結果ブルーランド王国が破綻したのだという。
しかし、その原因は。
『姫がハクを贔屓し過ぎるのだ』
『俺のもふもふにかなわなかったからと言って、俺を封じたんだろ!』
ブルーランド王国の姫が、どうしても爬虫類な白蛇と親しくなれず、更には避けていたらしい。
それに怒った白蛇が、白虎がいなくなれば自分が優遇されるに違いないと、水害を回避するために力を使った直後の白虎を封じた。
しかし、姫は爬虫類が苦手なので結局白蛇を触ることがなく、失意の中で白虎を封じたのは自分だと言い、ブルーランド王国の魔術士が総出で白蛇を封じることとなったのだ。
つまり、二人の霊獣を封じたため、ブルーランド王国は水害から避けられずにこのような結果になったのだ。
「シロも可愛いのにね」
ミアが白蛇の頭を撫でると、白蛇は瞳を潤ませる。
『可愛い?
ミアがいるここを我が守ってやろう』
単純だな。
いや、しかし。ここでそれを受け入れる訳にはいかないだろう。
宰相様が力なく首を振っている。
「貴殿方は、国はなくなったとはいえ、ブルーランド王国の霊獣。
元とはいえ、王族がいるのだから、あちらに送り届けます」
『断る!』
「いや、そういうわけには……」
霊獣相手に下手なことは言えないが、ソレイユ王国にも、元ブルーランド王国にも、このままというわけにはいかないのが現実だ。
ウチの領地の問題でもあるし、どうするか。
俺が眉を寄せると、ミアが首を傾げながら言った。
「向こうにはきちんと知らせて、二人を引き取りに来てもらうのは?
嫌がる霊獣を連れ出すなんて、無理でしょう?」
「その間、サザランド伯爵領で保護するのか」
なるほど、とアルフが頷く。
いや、ウチで預かるのか?水害を防ぐほどの力のある霊獣を?
「……ミアの部屋に入れないように」
ジョシア様がやきもちを焼いているが、まあ、それは仕方がない。
白蛇は撫でられたのと可愛いという発言に、すっかりミアを気に入ったのか、ベッタリくっついている。
ミアの膝の上に乗ろうとしたのは、ジョシア様に止められていたが。
白虎は、面白くなさそうにその様子を見ていた。
「そうね。言うこと聞かないと、美味しいものが食べられないわよ?」
『なっ!わ、分かった』
ジョシア様の発言に、不満そうな顔をしていた二人は渋々頷く。
ハンナの料理が霊獣にも効くとは、いいのかどうなのか。
「アントンには悪いが、この対応が最善だろう。
毎年夏頃に行っているパーティーを、今年はスクワイア王国で行うから、その前に文書で連絡を入れて、そこで話し合うことにする」
「承りました」
疲れきっているように見える宰相様に、それ以外なんと返せようか。
まあ、ハンナの方が扱い方を分かっているようだし、問題ないだろう。
『俺はここがいいな』
『我もだ。王族がいても他の土地には行きたくない』
しょんぼりと項垂れる二人には悪いが、ここで言うことを聞いてしまえば、外交問題になるだろう。
「う~ん。それは二人が向こうの人達に自分で言わないと。
スクワイア王国が奪ったって言われて、攻め込まれたら困るよ」
『うむ。そうだな』
「それに、二人がいればソレイユ王国内のブルーランド王国だった土地を開拓するかもしれないし」
『そうか』
「ちゃんと話した方がいいよ」
『分かった。そうする』
何故かミアになついている二人は、我が儘を言わずに頷いた。
宰相様も俺も、正直言うとほっとした。
「さぁ、食事にしましょ。食べたいピザを焼くわよ」
「え?食べたいピザ?」
タイラー様が瞬きをする。
俺も訳が分からず、ハンナを見た。
「ソースはトマトベースのピザソース、マヨネーズソース、醤油と味噌。
のせる具は、ここにある中から選んでのせるのよ」
ハンナの説明の最中にミアは何故か油揚げに味噌を塗り、刻んだ青紫蘇とネギ、魚のほぐし身を生地にのせ、その上に少な目にチーズをのせる。
変わった組み合わせだと思っていたら、「お父さん達のお酒に合うように」とのことだ。
娘は可愛く成長したものだ。
ミアの作った油揚げのピザ(?)は早速ハンナが釜に入れ、すぐに焼きあがったので男性陣が食べると、満足げな声が漏れる。
いや、あれだけ食べていたチェスター博士がまた食べている。大丈夫か?
他にもつまみになりそうな茄子の味噌田楽やアスパラガスのタルタルソース焼きが出てきた。焼きたてを出そうと、準備していたそうだ。
ミアはその後も、ジョシア様用に、白蛇と白虎用に作り、迷っているタイラー様におすすめしたりと、ちょこまかと働いていた。
どうやらソフィア様もピザを気に入って下さったようで、ミアに具材の組み合わせを聞いている。
「ピザ窯が王都にもあればいいのにね」
「王都は王都で、他のものを食べればいいじゃない」
「王都でもなにかなさるの?」
「う~ん。まだ考えてないんですけどね」
「なになに?何かいいことあったの?」
「まだ仕込み中。上手くいってからね。
他には━━ああ。ミアがデザートにいちご大福を作ったからお腹空けておいてね」
「もちろん!」
「……カトリーナがそう言うほど美味しいのですか?いちご大福とは」
「ソフィア様も羊羮お気に召していたわよね?でしたら期待して下さいませ」
ミアのデザートをカトリーナ様がソフィア様に保証するような発言をするのは、ありなのか?
俺もいちご大福は初めてだ。
「ミアはデザートを作るのですか?」
「デザートも、食事も作ります。
今はお母さんに習っているところです」
「ミアちゃんだけじゃなくって、ウチの料理長にも教えてよ~」
「今は領地が忙しいのよね。領民の食事も用意するし」
「え?こんなに美味しい料理を領民が口にしているのですか?」
ソフィア様が呆然としているが、味は別として、金額はさほどかかっていないのだ。
魚は領地の海で獲れるし、小麦も豚もチーズも領内で作られている。
トマトはまだ時期ではないが、作っている最中だ。
他にも様々な野菜を作る予定だ。変わった野菜も領地の特産になるかもしれないと、試すために。
茄子とコーンは、早めに実るように植え付けた物を使ったが、これからしばらく収穫が続く。
「まだ領内で生活するのが難しいので、食事を保証しているの。
王都のパンもここで焼いているし」
「パンも美味しいですわね」
ソフィア様がうっとりと言う。
今までのパンが不味いわけではない。しかし、ハンナの作るパンは、具材が豊富だ。更にその具材の扱い方も、間に挟んだり、中に包んだり、生地自体に練り込んだりと多岐に渡る。
日持ちがしないという欠点があるが、毎日大量に必要な領内では、欠点と言うほどではない。
「ウチもハンナのおかげで美味しいパンを毎日食べられるようになったものね」
「……え?」
「毎日届けてもらっているの」
「え?!」
ソフィア様が珍しく大きな声を出す。
確かに他のどのパン屋のものよりハンナが作るパンは旨い。
欲しいのならパン屋で買えばすむのだが、王城でのお茶会が宣伝になってしまい、パン屋は昼には売り切れるほどの人気となっている。入手出来ずに帰る人達に毎日申し訳ない気持ちになるが、働き手の数からしても、これ以上は作れないのが現状だ。
「……なんて羨ましい」
「ソフィア」
こほん、と宰相様が咳払いをする。ソフィア様はつい口に出た言葉を誤魔化すように一口お茶を飲んだ。
「う~ん。あんまり約束する訳にはいかないのよね」
「タルタルソースだけでも作り方を教えたら?」
ミアが言うが、パンは領地の売りになっている。
一つだけとは言え、そのソースを教えるのはどうなのだろうか。
「クロワッサンもベーグルもバターロールもコッペパンもメロンパンもあるしねぇ。う~ん」
「教えるのに抵抗感がないのなら、王城の料理長にも教えて貰えないだろうか?
他国との交流であのパンを出して、驚かせたい」
「今はスクワイア王国として、何が売りなのですか?」
宰相様にミアが首を傾げながら聞けば、ため息が返ってきた。
「蜂蜜とハーブ。ワインにシャンパン。それからメープルシロップくらいか」
「え?メープルシロップがあるんですか?」
ミアのテンションが上がるが、ハンナは眉を寄せた。
「輸出品目が少ないわね」
「南国との貿易は、あちらの香辛料と砂糖が手強いからな。量も輸入が多くてね」
「だったら蜂蜜を増やすために養蜂をやればいいのに」
「ミア。それはウチの領地の特産だから」
「あ」
アルフに咎められ、ミアは両手で口を覆う。もう言ってしまった後だが、仕方がない。
「あとはね」
ミアは反省したのか、ハンナに耳打ちする。
何を話しているのか分からないが、何度か頷いたハンナが逆にミアに耳打ちをして、ないしょ話が終わったようだ。
「外国は甘い物が好きなのかしら?」
「そうだな。甘い物と刺激的な物、風味が豊かな物だな」
「なら、いくつか教えましょうか?」
「……いいのか?」
宰相様が俺を見た。一応俺が伯爵だからだろう。
「まずは家族で話をさせて下さい」
ハンナとミアが何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。
領地の運営と商会とパン屋と。色々有りすぎて、正直言うと俺にはこれ以上は無理だ。
まずは領地を、領民を何とかしたい。
「話すもなにも、タルタルソースといくらかのデザートよ?
扱い方を教えないと駄目だろうけど」
「負担にならないか?」
「カトリーナのところに教える時に、王城からも人が来ていても、手間は変わらないわよ」
「サザランド伯爵領の特産品になるかもしれないのにか?」
「全部は無理よ?少しだけなら、貴族になったのだから、国に貢献してもいいんじゃないかしら?
それに、お茶やメープルシロップはサザランドの特産品じゃないしね」
ハンナは「ね?」と俺を見た。
これはもう決定事項なのだろう。そして、材料に侯爵家の特産品のお茶を使うのか。
「侯爵様を巻き込むことになりますが……」
「ハンナの料理を料理長に教えてくれるのなら、大歓迎よ!」
カトリーナ様が乗り気なので、そこは問題がないようだ。侯爵様は苦笑しているが。
「ジョシアのところはいいなぁ」
ポツリと呟かれたタイラー様の声は、思った以上にはっきりと聞こえてしまい、慌てて口に手をあてる。
「公爵様のところからも、誰か来ますか?手間は一緒だし」
「まあ!いいの?」
ソフィア様が胸の前で手を合わせて喜んでいる。
俺も商売で家をあける度に、ハンナの料理が恋しくてたまらなくなったが、一度味わってしまうと元には戻れないだろう。
しかし、ハンナは一人しかいないわけで。
それなら、ハンナの技術を教えるしかないか。更に国に貢献出来るわけだ。
「教えるメニューを絞りましょ」
「技術とレシピの提供に、国にどんな対価を求めるか?」
「え?う~ん……」
ハンナは俺を見た。
俺達が必要なもの。
俺個人としては、最近とても心配していることがあるが、それを国に頼ってもいいのだろうか?望み過ぎだろうか?
「お願いしていいのか、望み過ぎかもしませんが……」
「話だけでも聞いておこう」
「それでは後ほど。ここではあまり……」
俺がちらりと周りを見れば、宰相様は頷いた。
「では、熱いうちにいただくとしよう」
次から次へ焼き上がるピザや、並んでいる料理をつまみに、宰相様も侯爵様も、そして俺も酒を飲むのだった。




