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出番ですか?  作者: 五月女ハギ
サザランド伯爵領と大人達
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宰相の憂鬱その4

 『もちつき』では、サザランド伯爵家と我がライトフット公爵家との繋がりを強化出来たようだ。

 いや、ソフィアもザックリーもタイラーも、ハンナの料理に胃袋をつかまれていた。

 なぜかチェスター博士夫妻も来ていて、既に胃袋をつかまれているようだった。

 サザランド伯爵領に移住すると聞いていたが、あの土地の変わった植物が目当てだと思っていたのだが、それだけではなかったようだ。


 そして今日もまた、胃袋をつかまれるのだろう。

 『もちつき』から半年近くたち、私達はサザランド伯爵領に来ている。


 今回、領内を視察するにあたり、魔術省のブルーノの魔法で移動するのだが、王都からサザランド伯爵領へは魔力の使用量を押さえるため、転移陣を使うことになった。

 王都内では許可なく転移陣も魔法による移動もさせないように、制限をかける仕組みがある。ブルーノは数少ない許可のある魔術士だが、この人数での移動は、さすがに無理だろう。


 今回は、我がライトフット公爵家、キンバリー侯爵家、魔術省のブルーノ、騎士団のクレイグ・リプソン、さらに案内役のサザランド伯爵家の使用人ベンという大人数だった。


「ようこそおいでくださいました」


 サザランド伯爵が恭しく私達を迎え入れる。既にハンナとミアはピザ会の準備を始めているらしい。


「ピザ会の場所にはベンに案内させます」

「では、私は先に領内を見させてもらおうか」


 一応視察となっているので、簡単にでもサザランド伯爵領を確認しないわけにはいかない。


 ブルーノの魔法により、私とジョセフ、アルフ、アントンの五人で見てまわる。

 領都内はピザ会への移動中に簡単に説明させることにして、河川の工事をしたというその辺りに飛んだ。

 一目見て、その変化に気付く。


「……川幅が広すぎないか?」

「雨のシーズンに洪水の心配をしなくても済むように、と考えました。土地も余っていますから」


 確かに領都以外誰も住んでいない。土地は余っているだろう。

 しかし、二百メートル近く幅があるだろう。堤防も厚みがあり、高さもそれなりにある。河川の氾濫の対策が整いすぎている。


「……川が流れていた場所も変わったのか?」

「曲がっていた箇所をなくし、洪水しにくい流れにしています」


 サザランド伯爵領は人が住んでいなかったので立ち退きの必要もなく、さらにミアの魔力量がこの工事を可能としたのだろう。


 次いで海に飛べば、何やら建物が見える。

 浜には小さいながらも船があり、漁をしていることが分かった。


「漁をしているのか。あの建物は?」

「片方は塩の製造で、もう片方は魚の加工をしています」

「……塩と魚?」


 魚は燻製にしているらしい。

 アントンもよく分かっていないようだが、燻製した外側は黒くなるので、削って形を整えるそうだ。アルフの説明によると、スープ等の出汁になるとのこと。

 初めはカビをつけていなかった?素人には危険?食べ物にカビは確かに危険だろう、と言えば「チーズにはカビをいかしたものがありますよね?」とブルーチーズやカマンベールチーズの例を出された。なるほど。

 そして今はカビをつけている?鑑定スキルで安全性の確認は済んでいる?そこまでしてカビをつける意味は分からないが。ふむ。チーズにうるさい人間だっている?まあ、そうか。燻製にもうるさい人間がいるということか。


 塩に関しては、スクワイア王国内は岩塩が主流なのだが、「領内で賄えるならそれに越したことはないでしょう」とアントンが涼しげに言う。

 アルフとミアの魔法陣により、海水を煮詰めるのに必要な加熱は問題ないだと?

 原料が海水で枯渇しないというのは確かに魅力的だ。


 王都との行き来ではなく領内の移動のため、転移陣は領主であるアントンの許可があれば設置できる。設置してあると報告書を提出すればいいだけだ。

 しかし、転移すること自体に魔力がいるため、毎日の稼働はしていないそうだ。

 人手のある、天候に恵まれた日に行っているのか。

 塩は、月に一度の稼働で領内は簡単に賄えるらしい。魚は週に一度は漁をしているそうだ。ミアの空間収納で時間が経過しないので、領民の食事に使うとしても、そのくらいの頻度でいいそうだ。

 港町は、まだ領都の開拓も途中なので作りたくないようだ。水害がどの程度か確認をしてからでも遅くないと考えているらしい。


 思っていた以上にこの領地を活かしているように聞こえる。

 まだ大雨の時期になっていないため、そこの対策には不安があるとしながらも、なんとかなると考えているのが分かる。


 他の場所は大して手を入れていないというので領都に戻る。

 しばらく土地を休ませてから他の作物を植える予定との麦を刈り入れた畑。

 稲を育てているという水の張られた場所。

 蜂蜜をとるための木箱が置いてある果樹園。


 麦の畑は休ませずに次を植えればそれだけ収穫が見込めるはずだと言えば「土地が痩せる」と眉をひそめられ、稲を育てるのに水はいらないだろうと聞けば、「他の方法は知らないから、これが確実だ」と譲らない。

 蜂の巣は土の中に出来ると教えれば、「蜂蜜のために毎回巣を壊していたら安定した収穫が出来ない」と木箱の必要性を説く。


 スクワイア王国の普通が通じない領地の様子を見ながらピザ会の場所へ行けば、いい匂いが漂っていた。


「直ぐに焼きますね」


 ハンナが窯に入れるとあっという間に焼き上がった。それを包丁で切り分けテーブルに並べる。

 それとは別に、唐揚げやコールスロー等もすでに並んでいる。

 春から移住したチェスター博士夫妻も来ていた。博士はハンナがテーブルに並べた料理に釘付けだったが、一応挨拶をかわす。

 そして、促されるまま席に着いた時、足元から鳴き声が聞こえた。


「にゃあ~ん」


 それは、ただの白い猫に見えた。

 真っ白ではなく、縞がある。やけに四肢が太い。


「あれ?猫?ん?ここって人が住んでいなかったのに?」


 ミアがテーブルの下にいるのを見つけ、首を傾げている。

 猫のように見えるそれは、テーブルの上の唐揚げをロックオンしている。


「うにゃ~にゃうにゃう!」


 てしてし、とミアの足を叩き、猫が視線を何度も唐揚げに向け催促している。なんとも人間味がある。


 しかし。野良猫ならば勝手に奪っていくものではないのか?飼い猫は、このサザランド伯爵領にはいないという。

 ━━何かがおかしい。

 私が猫に対して警戒していると、音もなくテーブルの上に一匹の白蛇が上ってきていた。


『ふはははは!長年閉じ込められて、言葉すら話せなくなったか、ハク!』


 軽く眩暈がする。

 私の聞き間違えでなければ、白蛇が体をくねらせながら喋っている。


『お前はシロ!』

『そんなに小さくなって、霊力も衰えたか!』


 白蛇が『がはははは』と笑えば『言わせておけば!見よ!』と白猫はテーブルまわりから離れ、威嚇するように吠えた。

 一瞬の後に、白猫は数メートルの体躯を持つ白虎へと姿を代えた。


『そうくるのなら我も━━』


 白虎が現れると、カトリーナとソフィアが悲鳴をあげ、アルフが剣を手に立ち上がり、私やジョセフは子供達を庇おうと動く━━その前に、白蛇は首を掴まれていた。

 蛇の首がどの辺りかは分からないが、感覚として、だ。


「がたがたうるさいわよ!」

『いい気味だ!シロ!』

「あんたもよ!そんなにでかくなって、まわりの迷惑も考えなさい!」


 ハンナは右手で白蛇を掴み、左手に持っていたピザを釜に出し入れする木製の器具で白虎を殴った。

 ハンナに怖いものはないのか。


 いつの間にか張っていた結界の魔法をブルーノはキャンセル。また、いつの間にかミアとジョシアを庇う場所にいたクレイグは自分の席に戻った。


『おおおおお前、我は白蛇。神の使いだというのになんたる仕打ち!』

「本物の神の使いなら、何にもしてない人間に悪さしないわよ!

 グダグダうるさいと、ハブ酒みたいにするわよ!」

『は、ハブ酒とはなんだ?』

「お酒にハブって蛇を漬け込んだものよ。で、そのお酒を飲むのよ」

『漬け込んで……?え?わ、我は毒が━━』

「ハブも毒があるけど酒に漬け込んでいるから大丈夫だろ」


 ハンナとアルフの言葉に、白蛇はその白い鱗を更に白くした、ように見えた。血の気が引いたかのようだ。


「度数の高いお酒に漬けると無毒化するって聞いたよ」

「じゃあ問題ないわね」


 ミアのだめ押しで、白蛇は鱗の光沢がなくなり目から光が失せた、ように見えた。

 ハンナ、アルフ、ミアの連携により、無力化されたのは確かだ。


『うむ。俺は白蛇じゃないし、酒に漬け込まれることはないな』

「そうね。虎は革をなめして床に敷くくらいかしら?」

『━━へ?』


 ギギギギ、と錆び付いた動きでハンナに視線を向けた白虎は、先程殴られた瞬間に猫サイズになっている。


『こっ、この大きさでは床に敷くには小さい━━』

「猫サイズなら三味線かな」

『三味線、とはなんだ?』

「楽器よ。それには猫の皮を使うのよ」

「豹なら毛皮のコートも昔はあったよね?だから普通に毛皮として使えるんじゃないかなぁ」


 ミアの言葉に、白虎もとどめをさされたようだ。

 あんぐりと口を開け、しばらくたつと体を震わせながら左右に首を振っている。


「二人とも大人しく出来るわね?」

『はい』


 ハンナに凄まれ、二人というかなんというか、彼らは大人しく頷いた。


「ちゃんとするなら、唐揚げあげるよ」


 ミアが唐揚げを二本の棒で器用にはさみ、白虎へ差し出す━━その手を掴んで、ジョシアが自分の方に誘導し、唐揚げを口にした。


『俺の唐揚げ!』


 白虎が悲鳴のような声をあげる。

 ミアは真っ赤に顔を染め、アントンは少しショックを受けているようだ。

 私も娘がいたらあんなだったのか。


「ミアは俺の婚約者だから。他の誰にもこんなことしたら駄目だ」

「はい」


 顔が赤いミアの足を白虎が叩いて催促しているが、ミアはジョシアを優先して返事を返した。

 それから、白虎と白蛇に視線を向ける。


「え~っと。今、お皿によそうからから待ってね」

『沢山のせろよ!』

『我はそこそこ。他にも食べたいしな』


 ちゃっかり、それぞれが要望を述べる。

 その様子を見ていたタイラーが、ため息をついた。


「タイラー?」

「ミアはお兄様と結婚して欲しいと思っていました」

「……は?」

「そうすれば美味しい料理が食べられるって……」

「美味しい料理はお母さんが作るし、そんな事のために結婚なんてしなくても大丈夫ですよ?

 また食事会をしましょう?」


 ミアが言えば、タイラーはキラキラと瞳を輝かせ「はい」と頷いた。

 旨い料理のために兄を売るとはどういうことか。少し心配になるが、食事会につられてそれ以上は言わないので、今回は大目にみるか。

 ミアの隣でジョシアが眉をひそめていたが、理由を聞いて少し呆れている。


「はい、よそったよ」


 その間も手際よく皿に料理を盛っていたミアが、白虎と白蛇の前に皿を置いた。

 白虎には唐揚げを山盛り、白蛇には唐揚げとサラダとピザを食べやすいように一口大に切ったものを盛っていた。


『お。我のは小さく切ったのか』

「蛇は丸飲みでしょ?このくらいの方がいいかなって」

『うむ。お前を専属の侍女にしてやろう』


 調子に乗った白蛇は、瞬時にハンナに叩かれた。


「ミアはジョシアに嫁ぐの。聞いてなかったの?」

『……そう言っていたな。すまん』


 しょんぼりとした白蛇をミアは苦笑し、そして気付いた。


「あれ?白蛇さんは侍女がついていたの?」

『うむ。ブルーランド王国の霊獣だからな』

「ブルーランド王国?ってどこ?」

『……へ?』


 白蛇と白虎が止まった。

 そして私も、硬直した。


 ━━霊獣?ブルーランド王国の?


 頭の痛い話になっている。


「……ブルーランド王国はなくなったが」

『何?侵略したのか!?』

「いや、相継ぐ水害に国を維持できなくなって、我がスクワイア王国とソレイユ王国とで、土地を分割して買い取った。

 元ブルーランド王国の王族は、王都のあった土地がソレイユ王国のものになったから、あちらにいる」

『……水害か。国がなくなってどのくらいたつんだ?』

「百年以上たつ」

『……そうか。それでは持たないな』


 二人がしょんぼりと項垂れる。


『お前が変に嫉妬深かったからな!』

『なんだと?!』


 白虎は低く唸り、白蛇はシャーシャー音を出す。

 途端にハンナに殴られた。


「大人しく出来ないのなら、没収よ?」


 ハンナが皿に手をかけようとすれば、慌てて二人が謝罪する。

 頭の痛い話は、ここからが始まりになった。

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