8歳━3
ヒロイン(仮)さんは、やっぱり養女になりました。
だけどそれだけじゃなかったのです。
ヒロイン(仮)さんの実父モーガンが経営する『金色の海』商会は恩寵を賜り、これから先十年、全ての税金が免除されました。
かわりに他の商会の税金が引き上げられました。つまり、『金色の海』の独り勝ち状態です。
まずモーガンが目の敵にしたのは、私のお父さんが経営する『海鳥の巣』商会です。
先日の魔力検査会が不満だったらしく、ことあるごとに今まで『海鳥の巣』商会と取引していた村や店などを取り込もうと━━ちょっと脅したりしながら━━精力的に動いていたらしいです。
私をムーニー男爵領から追い出したいのだろう、とお兄ちゃんが言っていました。
何をどう考えても、ヒロイン(仮)さんより私の方が印象的な検査会だったせいでしょうか。
積み立ててきたお金で王都に行かせるつもりだった男爵も、私がいることによって、積み立て金を二人で分けなければならなくなりそうな状況が面白くないのだろう、と。
私は、やっぱり子供。
何も出来ることがなくて、大切なものを守れない。
毎日のようにお父さんが酔っ払って帰ってくるようになりました。
お母さんは大丈夫だから気にしないの、と言うけど、大丈夫じゃないのは明らかです。
『海鳥の巣』の従業員が二人辞め、すぐに『金色の海』に入り、若い女性だけど町中で『海鳥の巣』の悪口を言い、『金色の海』を持ち上げているらしい。
私は外出禁止令が出ているので、家にいるしかなかったのです。
家で出来ることは限られていて、私は魔術省のお兄さんからもらった本をむさぼり読み、結界の使い方を覚えると、火や水などの魔法を試すようになりました。
結果としては、やはり茶番。
虹色に光った通り、私は持つ属性もいっぱいありました。
蝋燭に灯をともすなんて簡単で、お風呂の水を溜めるのも一瞬。溜めたあとに沸かすのも一瞬。
お湯を入れた方が早かったと思って、翌日ははじめからお湯を溜めたけど、これも一瞬でした。
黄色まで、と念を押された魔晶石も、こっそり作れば虹色の物まで作れるようになってしまいました。空間収納に隠してあるから、いざというときに使おうと決めています。
でも、虹色のは国家用だから、貴族向けの緑の方が売りやすいかも、と考えて緑を大量に作ることにしました。赤も売りづらいでしょうし。
緑なら、商会で扱ってるはずです。仕入れたことにすれば大丈夫……じゃないかなぁ。ダメなら空間収納行きですね。
そして、今日もお父さんは酔っ払って帰ってきました。
ふらふらとした足取りで、部屋に入っていくのが見えて、私は両親の寝室の扉を叩きます。
「どうしたの?」
「お父さんとお話ししたいの」
私が枕持参で訪れると、お母さんが困った顔をします。
「お父さんはこれからお風呂よ」
「待ってる」
お母さんが困った顔のままお父さんを振り返ると、お父さんは苦笑しました。
「眠くなったら先に寝ていろ。
母さん、今日はミアのところで寝てくれ」
「はい、分かりました」
「眠くならないもん」
私が頬を膨らませて言うと、お父さんは頭を撫で、お風呂に行ってしまいました。
なんだか、酔っ払いぽくない?あれ?
「ミア。冷えるからベッド入って待ってなさい」
「はーい」
返事をしてベッドに入ったのを確認すると、お母さんは私のベッドで寝るために部屋を出ていきました。
三十分くらいたって戻ってきたお父さんは、お酒臭くないのですが。
お父さんもベッドに入り、二人で横になりながら話し始めた。
「お父さん」
「ん?」
「私のせいで迷惑かけてごめんなさい」
「ミアのせいじゃないよ」
言いながら、お父さんは頭を撫でてくれます。
「今回のは、みんな困っているんだ」
「みんな?」
「そう、みんなだ。『金色の海』以外は税金が上がるからな」
私は聞きながら、結界を張ります。
気にしすぎかとも思ったけれど、誰かが忍び込んでいたらダメになってしまう気がしたのです。
お父さんは張られた結界に少し驚き、また頭を撫でてくれました。
「音が聞こえなくなっているの」
「なるほど。頑張ってるんだな」
「うん。
あと、水を出せたり火をともしたり出来るよ。魔晶石もほら」
私は緑と赤をお父さんに見せようと手にし、しかし手を開く前にお父さんに私の手ごとしっかりと握りこまれました。
「ミア。ここは家だが、外では空間収納をこんな風に簡単に使って人目に触れさせては駄目だ」
「結界の中は見えなくしているから、大丈夫。外では使わないことにするね」
「……約束だぞ?」
「うん」
私が頷くと、お父さんが長く息を吐きます。ぎゅっ、と抱き締められました。
「ミア。空間収納は魔道具のこのバッグか袋の中で、中から取り出したと見えるようにしなさい」
「こう?」
袋の中をあさるふりをして、空間収納を開き、魔晶石を取り出し━━しかし手が袋の外に出る前に手首を掴まれ、とめられました。
「……黄色まで、と言ったはずだ」
「何かあった時に使おうと思って」
「ミア。黄色までだ」
聞き分けの悪い子に言い聞かせるように、お父さんは強い口調で言います。
「……分かった」
「緑以上は収納にしまいなさい」
「はい」
私が頷くと、お父さんはほっとした顔をします。お兄ちゃんも危ないって言ってたけど、私が思っている以上に危険なようです。
「今は詳しく話せないが、ウチの商会は潰す」
「!」
「そうしないと、他の商会も潰れて、領民が困ることになるんだ」
「ウチの人達はどうなるの?」
「他の商会に移ったり、結婚のために地元に戻ったり。
ここでの営業権や土地を売れば、みんなに一年分の給料を退職金として渡せる」
「……お父さん」
「結婚の持参金にする者もいる」
「うん」
「ウチだって、アルフが王都の武術学校で学びたいって言ってたろう?家族で王都に行こう。
なぁに、お父さんだってまだまだ若い。働けるさ」
泣き出した私をあやすように優しく頭を撫でます。
若い時に他の商会で経験を積んで、一代で築いた商会だ。悔しくないわけがないでしょう。おじいちゃんの商会は伯父さんが継いでいますが、今は他国で商売をしています。
「ウチがターゲットにされた分、相手がかなり無茶苦茶な手段に出ているらしい。
思ったより早くみんな楽になりそうだ」
「うん」
「ミアは、気にしないでいいんだよ」
「うん」
ぎゅっ、と抱きつくとお父さんの苦笑が聞こえてきました。