新米伯爵のお仕事その4
誤字を訂正しました。
前後の内容との矛盾を訂正しました。
日本の地域を省きました。
『もちつき』にライトフット公爵家も参加することが決まり、俺は正直言うと胃が痛い。
ハンナとアルフは気にしていないが。
そしてミアは今、打ちのめされている。
原因は、胡椒とサトウキビだ。
柵で気温を上げると言っていたが、それで本当に上手く行くのか、春から移住して来ることになった植物学のチェスター博士に質問しに来たところ━━さんざんな結果だった。
胡椒はサザランド伯爵領では気候がむかない。植物の栽培条件は気温だけではない。
サトウキビは特に何かをしなくてもあの土地で栽培が可能だ、という。
更に「素人考えにもほどがある」と言われ、ミアは項垂れた。
チェスター博士はこの道五十年というプライドがあって、言葉を取り繕いもしない。
後ろで夫人がミアの表情にオロオロしていたが、俺としては今回はいい教訓だと思う。
ハンナは生まれた土地で苦労をしてきている。
アルフは剣の練習や魔物退治の参加など、それなりに努力をして身につけていったものがある。
一度大怪我をしかけたこともあり、慢心していたことを思いしったのか、以降の練習や退治中の行動も気を引きしめてやっている。
しかしミアは、そうではない。
アルフが色々手助けすることもあって、失敗そのものが少ない。
魔法も適性があったからすぐに実力を身につけた。
これまで苦労がない、もしくは少ない。
挫折を知らずに生きていくところだっただろう。
今回は、乗り越えていけばいい。
ミアはまだ子供で、俺もフォローできるしな。
「う~ん。それじゃああの領地で気温が上がって栽培出来る作物か果樹は何かあるかしら?」
「そうじゃなあ」
ハンナ達は、資料に書かれている植物を見て前世を思い出すらしいが、だからと言って栽培の仕方は分からないという。
それでも砂糖の高いこの国で、サトウキビの栽培が出来ると言われハンナは喜んでいるな。口角が上がっている。
ハンナとアルフがチェスター博士と話し出す。輸入に頼っているサトウキビの栽培がなぜサザランド伯爵領で今までしてこなかったのかを確認している。
どうやら豪雨で川が氾濫し、収穫出来なかったらしい。結果、諦めた、と。
そんな話を聞きながら、ミアは俺の隣に来てぎゅっと手を繋ぐ。
何かを言おうとして取り止める。それを何度か繰り返し、その度に俺の手をぎゅっと掴む。
「あのね、スクワイアのハーブを植えたいの」
「ハーブ?ハーブはハーブじゃろ」
「……ああ、そうね」
チェスター博士は眉を寄せるが、ハンナはミアが何を言いたいのか、何か分かったようだ。
ミアは、なんとか自分のミスをカバーしたいのか、いつもより人の反応を気にしているな。
「こっちだと、何かしら?」
「よもぎとか。三つ葉やシソもあるから」
「ああ、そっか。
数パーセントだけど、突然変異したって資料にあったあれか」
「うん」
アルフの発言に、ほっとしながらミアが頷く。
「突然変異のあれか?」
チェスター博士は「また変わった物を欲しがるのう」と呟いている。
「三つ葉やシソは、私の得意分野にうってつけなのよ。
他にも、薬味になりそうなものに変わるかもしれないしね」
それは期待したくなるな。
しかし。
「気温は上げなくてもいいんじゃないか?」
「……うん。もう、それはいいよ」
チェスター博士に聞いた後でと考えていたので、苗も柵も手配はまだしていない。損害もないのだから、そこまでしょげなくていいのだが。ミアは泣きそうになりながらも堪えているようだ。
「もう畑にはしてあるし、ハーブを植えればいいだろ?」
「う~ん、果樹園の側だから、ビリーさん達が臭いって思うかも」
確かに獣人は鼻が利く者が多い。
働く場所の側にハーブはつらいかもしれない。
「花は?」
「花?」
「蜂蜜用に」
「果樹園があるじゃない」
「果樹園のだけだと、少ないかも」
「う~ん、そうねぇ」
「向日葵や紅花、菜の花とか」
「花って言いつつ、油も作るつもりなのね?」
俺とチェスター博士が不思議そうにしていると、ハンナが「種から油がとれるのよ」と説明した。
更にミアが「菜の花はおひたしにして」とハンナに言っている。どうやら食べるつもりらしい。
「じゃあ、果樹園の側には花。ハーブとサトウキビの畑は別に作るかい?」
「そうね。もういっそのこと、サトウキビは広~い畑にしちゃいましょうよ」
「栽培も加工も大変じゃろ」
「なんとかなるわよ」
ハンナは計画性の欠片も感じさせないが、なんとかなると言ったらなんとかしてしまうタイプだ。
まぁ、ダメ元でやってみてもいい。
「それから。王都のパン屋が軌道に乗ってきたら、ソースとケチャップをもっと作りたいわ」
「工場を作るのかい?」
「う~ん、まだそこまでしなくていいかしら?
パン職人を増やして、私が作るものをパンからそっちに切り替えればいいんじゃない?
王都の人達に馴染ませるのが先よね」
「ケチャップというと、サザランド伯爵領を見てまわった時に食べたあれか?」
「あれ?ああ、ナポリタンね?
味付けに使ってたわね」
チェスター博士の目が光った、気がする。
そう言えば、ナポリタンをおかわりしていたな。
「あ、そう言えば。
小麦の収穫時期に宰相様が領地に視察に来るって」
「━━は?」
何でいきなりナポリタンの話からそんな話が出てくるんだ。
しかも視察?サザランド領を?
「その時はピザ会にする?」
「ああ、そうね。カトリーナのも合わせてやればいいかしら。
一度で済ませた方が面倒がないわね」
「待て。『ぴざ』?」
チェスター博士が身を乗り出す。
段々と領地に植える作物の話からそれていっているが、衝撃が強くて把握しきれていない。
わざわざ宰相が領地を視察するのは、珍しくないのか?
焦っているのは俺だけか?
「ピザは……円いパンの上に具材をのせて、更にチーズをのせて釜で焼いたもの、って感じかしら?って説明会で食べたわよね」
ハンナは苦笑する。
チェスター博士は「やはりあれか」と呟き何度も頷いた。
「よし、わしらも行くぞ」
「春から来るんでしょ?普通に領民は参加よ?」
「おお、そうか」
チェスター博士は満足そうに頷く。
奥様が「パスタがおいしかったとうるさいのよ。ぴざも美味しかったわね」とニコニコ笑っている。
博士は植物ではなく食べ物につられて移住の訳じゃない、よな?
いや、確かにハンナの料理は旨いが、植物の博士なのだからあてにしているのだが。
「これからは素人考えで決めずにわしに相談するがいい。研究を兼ねて移住するのだからな」
「よろしくお願いします」
家族で頭を下げ、チェスター博士の家をあとにした。ミアがやけにていねいに頭を下げていたのが印象的だった。
今回の失敗から、何か得るものがあればそれでいい。
大人しく家に帰った翌日。
俺は今回の失敗も将来的にはミアのためになると考えていたのだが、ミアはそうではなかったようだ。
俺とハンナが領地を見てまわっていた時に熱を出し、何でも神様に会ったと言う。
そこで、この世界に転生したのに自分だけが何も願いを叶えてもらってないのはズルいと訴えたらしい。
そして、料理に困らないって願ったが有益過ぎると却下され、それなら調味料に困らないという条件にしたらしい。
だから胡椒も何もかもサザランド伯爵領で育つはずだと思っていたそうだ。
「だからね、話が違うって言って条件を変えてもらったの」
ミアは「ジャーン」と自分で効果音を発しつつ、テーブルに紙を並べる。
どこをどう見てもミアの筆跡なのだが。
「豆板醬、甜麺醤、芝麻醬、XO醤、オイスターソース━━数が多いな」
「ちゃんとしたレシピをもらったの。
材料はこの世界に絶対あるって確認した」
「砂糖と塩?水飴?」
「領地で作るのに、ちゃんとレシピがあった方がいいから。原料はあるんだし。
あ、ソースはお好み焼きのソースでお願いしたから」
俺が知らない間に、ミアはたくましくなっていたようだ。
おかしい。ここは俺とハンナが落ち込んだミアをフォローしつつ、成長を促すと昨夜話し合ったはず。
そのハンナはミアの並べたレシピを見て、俺の知らない言葉を次から次へ発している。
「ミアは、強いな」
俺の呟きは、ハンナとアルフには聞こえなかったようだ。
二人はミアの書いたレシピをあれこれ言いながら見ている。
ミアが首を傾げながら俺を見上げる。
「だって、お父さんの領地だもん。私も何かしたかったの」
「ミアには充分助けられているよ」
「でも、失敗しちゃったし」
言いながら、ミアは俯く。
俺は頭を撫でながら、苦笑した。
「みんな失敗するんだよ。それからどうするか、だ」
「うん」
「ミアには俺もハンナもアルフもいるんだ。辛いときは頼っていいんだよ」
「うん」
ミアが笑顔で頷き、ぎゅっと抱きついてきた。
そろそろ、こうやって甘えてくるのも終りかな、と思うと少し寂しい。
「ミア!取り敢えず材料のある調味料を仕込むわよ!手伝って!」
「は~い」
ミアが教わったと言うレシピはそれほど多くないらしい。調味料を作りたいと思ったら、レシピが思い浮かぶようにして欲しかったと言うが、さすがにそこまでは教えてくれなかったようだ。ミアはちょっと怒っている。
相手は神様なのだから仕方ないだろうと苦笑すれば、「神様だってパン屋に買いに来るんだし、教えてくれたら美味しいものも増えるのに」とふてくされた。
━━いや、待て。
パン屋って王都にあるウチのパン屋か?そこに神様が買いに来る?
軽く目眩を覚えたのは、気のせいということにした。深く考えてはならないだろう。
ミアが元気になったのだから、いいか。そうだ、いいんだ。




