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出番ですか?  作者: 五月女ハギ
サザランド伯爵領と大人達
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宰相の憂鬱その3

「実は、今度サザランド伯爵家と『もちつき』をすることになった」

「……『もちつき』?」


 なんだそれは、と私が眉を寄せるとジョセフが苦笑する。


「私も良く分からないが、何でも米をついて食べるらしい」

「米って、サラダに入っているあれか?」


 つく、という料理では聞き慣れない言葉にも違和感がある。

 しかし。


「本当に使いこなせるのか。

 いや、使いこなせたら、それはそれであっちがうるさそうだが」

「あっち?」

「あ、ソレイユ王国だね?」

「まあな。情報があっても使いこなせなかったのだからな」

「『もちつき』は、内々のことだが……。

 ハンナやミアのレシピで、パン屋や菓子屋をやるらしい」

「パン屋は普通にパン屋なんだろう?菓子屋は、何か一風変わったものでも売るのか?」


 私の問いに、ジョセフは肩をすくめた。


「パン屋で売るパンも普通ではない。更に菓子もだ」

「なに?」

「ワイアットは、甘い豆など知らないだろう?サンドウィッチで挟む具材もどれほど分かるか」

「サンドウィッチの具材?ハムやチーズではないのか?きゅうりか?」

「それもあるが、それだけではない。

 ゆでた卵を使ったソースをかけた魚や鶏肉とかな。コロッケには揚げ物用のソースをかけている」


 ジョセフは苦笑する。ゆで卵のソース?揚げ物用のソース?


「それを一般人相手に売り出すつもりらしかったから、明後日のお茶会に、ハンナを同行させることにさせた。

 その手土産にパンと菓子を持たせる。

 取り敢えず、先に王妃に献上した方がいい品物だ」

「……そんなにか」


 あまりにもいい品質の物を一般人が入手するのは、貴族達の反感を買いかねない。

 先に王妃が食していたのなら、いくらかはましだろうが……。


「せめて上流貴族にだけでも、食べさせるべきか」

「ああ。なんとかしてくれ。

 当日はあれこれ言われるだろうが、ハンナには耐えてもらうしかない。

 カトリーナも極力守るつもりらしいし、そっちは女性陣に任せるしかないしな」

「レシピは駄目なのか?」

「今からだと時間がないだろう。

 嫌がらせに誰も食べない可能性があるから、王妃には必ず食していただかないと」

「オーウェン、王妃に伝えてくれ」

「分かった。でも、何を持って来るのさ?」

「サンドイッチと『栗蒸し羊羮』を打診された。旨いしそれでいいと答えておいたよ」

「『くりむしようかん』?」

「……ワイアットとオーウェンも、羊羮を知らなかったか」

「またジョセフだけ?!ズルいよ!」


 オーウェンがまた拗ねているが、それは置いておく。

 サンドイッチということは、先程の何か変わった物を挟むのだろう。

 ━━それに。


「その日のお茶会は、子供達の集まりもあったな」

「ミアとアルフも出席する。少しでも慣れた方がいいからな」

「分かった。料理長には話を通しておこう」


 私は頷くと、それ以上ジョセフが何も言ってこないので安堵の息を吐き、ワインを口に運んだ。


「このままハンナがあの土地の食材を使いこなしたら、やっぱり元ブルーランド王国の関係者を招かないと駄目かなぁ」

「パーティーを開催するなら、ソレイユ王国の代表も招く必要がある。

 それに料理は城の料理人に作らせないと駄目だろう。

 国の外交だという他にも、あの家族を他国に知らせたくない。

 ━━ハンナにレシピを教えてもらう協力を仰がないといけないな」


 開拓が上手くいったらいったで、やることはあるな。

 まぁ、交流のある国だから、たまには変わった趣のパーティーを開催するのも一興というものか。

 交流がある分、隠せることではないから、パーティーはした方がいいだろう。


「アントンには、あの土地が元ブルーランド王国だと言っておいた。その王族の子孫がソレイユ王国にいることもな」

「ジョセフは気が利くな」

「いや、今度の夏はスクワイアが招く側だっただろう?ワイアットがなにか仕掛ける可能性がありそうだったからな」


 こちらの手の内を読まれるのは好きではないが、幼なじみの気遣いは正直助かる。


「そう言えば、アルフに領地の視察を聞かれたな。ふむ、行っておくべきか」

「視察?いつだ?」

「小麦の収穫時期━━五月か六月と言われた」

「ああ。ピザ会か」

「ジョセフは知っていたのか」

「カトリーナが拗ねて大変だった。今度の餅つきは、その代替案だ」


 あの線の細いカトリーナが拗ねるほどとは、どれだけハンナの腕はいいのか。

 ━━秘かに楽しみになってきた。


「ジョセフはいいなぁ。俺も変わった料理食べたいよ」

「アントン達が開拓を成功させることを祈るんだな。

 そうしたら、パーティーで食べられる」

「パーティーかぁ……」


 オーウェンがちょっと項垂れる。

 交流があるソレイユ王国だが、貿易に関しては、こちらの輸入が多く、赤字になっている。

 砂糖や胡椒が、スクワイア王国での栽培が上手くいっていないからだ。

 他にも国内にはない香辛料が、貴族の間で静かなブームなのも問題か。値の張るものを振る舞うことで己の力をアピールしているわけだ。


「向こうが欲しがる特産品をなんとか見つけないとな」

「せめてトントンにしたいよね」

「そうだな」


 オーウェンが言いたいことも分かるが、この問題は百年以上前から変わらない。


 元ブルーランド王国の土地を入手した時には、ここで胡椒やサトウキビを栽培、収穫出来るのではないか、と期待したらしい。

 しかしソレイユ王国でも、胡椒の獲れる地域は更に他の条件があると分かり━━スクワイア王国ではむかない気候だと分かった。

 サトウキビは育てていたのを知っていたので、栽培してみたのだが、島でも平地でも水害を受け、収穫までたどり着けなかった。


「貿易面からしても、サザランド伯爵家には頑張って欲しいよね」

「……ブルーランド王国の血を引く者達が、懐かしがって求める何かを作れるかどうか、だな」

「そこだけをターゲットにする必要はないだろう。

 ソレイユ王国の面々に、渇望させたらいい」


 ━━渇望か。それはまた、大層な野望だな。


 俺の自嘲を、しかしジョセフは軽く笑った。


「ワイアットは、やっぱり分かっていないな。

 ━━そうか。百聞は一見にしかず、だな。

 交流を持つためにも、『もちつき』にライトフット公爵家も参加しろ」

「━━は?」

「はいはいはい!俺のとこも!」

「国王一家を呼べるわけないだろ!」

「オーウェン達は無理だ」


 騒がしくなる前にオーウェンの要望は叩き落とし、私はジョセフの発言を考えた。

 もし仮に、順調に領地の開拓が進むのなら、夏に協力を取り付けるのだ。

 今からハンナの料理に慣れていた方がいいだろう。


「無理に参加はしないが、アントン達が受け入れてくれるのなら、一度ハンナの料理を知っておきたい」

「ああ、経験しておけ。切り札は一つでも多い方がいいだろう?」


 私はこの時、ジョセフがやけに大袈裟な表現をすると不思議でならなかった。




 □ □ □ □ □




 王妃主催のお茶会に出席していたソフィアが、やけに機嫌がいい。と気づいたのは、夕食の時間だった。

 そう言えば、ハンナのサンドイッチと、『くりむしようかん』というものも出されていたはずだ。


「今日はやけに機嫌がいいな」


 わざわざ声に出せば、ソフィアは満面の笑みを浮かべる。

 隣に座るザックリーもだ。よほどハンナの料理が旨かったのだろう。


「サザランド伯爵夫人は、凄い人でしたわ」

「そんなにか」

「ええ。何人か当て擦りしたけれど、一笑に付していらっしゃって」


 それはまた強気だな。

 邸を新築しなかったのは、嫉妬を軽くするためだったはずだが。

 ━━しかし。


「何人か?それほど多くはなかったのか」

「ステラ様とカトリーナがサンドイッチも『ようかん』も気に入っていらしたから、というのもありますのよ。

 あのパンはサザランド伯爵の商会でしか販売しないんでしょう?

 わざわざ悪態をついたら、食せなくなるのですもの。そんなことしませんわ」


 どうやら、女性陣には受け入れられたようだ。


「ああ、そうだ。

 ジョセフからライトフット公爵家もサザランド伯爵家と交流を持った方がいいのではないかと言われてな

 ━━食事会の『もちつき』に我が家も誘われた。参加するからそのつもりで」

「まあ!」

「本当ですか?父上!」


 ソフィアとザックリーが喜色満面だ。

 後日、子供達の親睦会に熱のため参加出来なかった次男のタイラーが、二人の話を聞き、異様に楽しみにして、毎日のようにいつかと聞かれ辟易するとは、この時は考えてもいなかった。

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