宰相の憂鬱その2
ジョセフに頼んだ二日後、返事は肩透かしな内容だった。
「開拓する?」
「ああ。一回試してみたいそうだ。
水害に関しては、被害が出たら補てんしてくれとさ。詳しくは、これに」
私はジョセフが持ってきた、アントンからの要望書に目を通した。
そこには、このまま開拓すること。
水害の被害が大きい場合の補てんを求めること。
立ち行かなくなったら、先にこちらが示した条件通りに領民を移住させて欲しいこと、などが書かれていた。
「植物の変化は?」
「問題ないそうだ」
「いや、問題あるだろう?!」
なぜなら、植えたはずの植物が、見慣れない植物に変化してしまうのだ。
確かに少し似てはいるが、何かが違う。
同じように食べようとすると、旨くない。
「伯爵夫人の料理の腕をワイアットは知らなかったな」
ジョセフが苦笑するが、料理の腕でなんとかなる範囲なのか?
今まで開拓してきた者たちが、捨て去った理由の一つなのに。
「前に話しただろう?カトリーナとあの三人は、他の世界の記憶がある。
どうやらあの土地は、そこに似ている部分があるようだ」
「植物の変化は問題ないのか?」
「変化の有無に関する資料があったら欲しいとさ。
あの土地には、欲しい食材があったらしい。カトリーナも嬉しそうに食べていたし、案外旨かった」
お前もすでに食べたのか?ジョセフ!
「え?旨いの?」
「梨は梨でも、別物だな。生でそのままでも食べたし、サラダにも入っているのも食べたが、みずみずしさと歯触りが特に違う。
オレンジみたいなのは『蜜柑』と言うらしい。簡単に手で皮をむけていいぞ。
『渋柿』というのは、食べられるように加工中だそうだ。
他にも色々あったな」
「ジョセフばっかりズルい」
どうやら、あの土地特有の植物を使いこなせる可能性がありそうだな。
だが、まだ作物を育ててはいないだろう。これからどうなることか。
ズルいと拗ねるオーウェンは放っておく。
元々は他国であるブルーランド王国の一部だったあの土地だが、度重なる水害に国が疲弊し、もたなかった。
海を渡った先の大陸にあるソレイユ王国と土地を分け、管理することになったが、ブルーランド王国の王都があちらの土地にあり、結果我が国は土地を得たものの、情報を得ることが出来なくてあの土地を扱えなかったのだ。
しかし、ソレイユ王国も、情報があったはずなのに活かせなかったようで、結局ブルーランド王国の土地は、どちらの国ももて余しているのが現状だ。
土地を得てから、一世紀近く経つというのに。
それでも我がスクワイア王国はブルーランド王国の国民の保護をしていなかったので、経費はかからなかった。
逆にソレイユ王国はブルーランド王国の王都を手に入れ、王族の保護という名の元に情報も手に入れた。
王族に対する敬意が厚いブルーランド王国の国民は、迷うことなく王族についていき━━つまりは、ソレイユ王国が王族を取り込むと同時に全国民を保護することになったのだ。
最近では、経費のかかる元ブルーランド王国の国民に、不満を募らせているソレイユ王国の国民がいるらしい。
もう一世紀近く経つのだから、補助金をあげる必要はないという主張だ。しかし実際は、他国民だった差別から、就職するにも就職後にも、高い壁がある。
当時はブルーランド王国の王都がなくてがっかりしたらしいが、今のスクワイア王国にとっては、国民に負担させることも不満を持たれることもなく、助かったというのが本音だ。
━━さて。資料か。
あの土地は、スクワイア王国としてはもう開拓しない予定であった。
今までの失敗例の資料がなくなったとしても、損失とは言えないが、どうするか。
「国家の情報は、むやみに貸し出せないからな」
「城内で見張り付きでならどうだ?」
「なるほど。そうするか」
私はまたジョセフに伝言と手紙を預けることにした。
□ □ □ □ □
毎日のようにサザランド伯爵家の子供達がやって来て、せっせと資料を読みながらまとめている。
見張り役になっている文官は、二人の資料を把握する能力に唖然としているようだ。
まとめる用紙は、あらかじめ項目が作られており、分かりやすい資料となるようで、これでは我々が用意しても意味がないと文官が項垂れていた。
作物だけでなく、水害の被害の資料もわずかながらあったので、そちらも用意しておいたが、これについては感謝された。
そして五日もすれば、資料をまとめ終わったと報告がきた。
ちょうど執務に余裕がある時間帯だったので、私はオーウェンに続けてやっておくように言い、子供達が資料をまとめていた部屋へと向かった。
「資料は少しは役に立ったかな?」
「はい。色々植えてみようと考えていたので、植える作物が減りました。
小麦やお米がそのままなので、食べることには困らないと思います」
ミアがにっこりと笑顔で答えた。
資料は重くなったからか、アルフがまとめて持って帰るようだ。
「調査書から大事な内容が抜けていたのは、申し訳ない」
「水害は、領地を整地した時に予想した範囲とおおよそ変わらないですし。
作物は……変わらない物が分かったので、なんとかなります」
アルフの答えに、少し眉が寄る。
まるで水害の場所を分かっていたかのようだ。
私の表情に苦笑して、しかしアルフはすぐにいつもの表情に戻る。
「まずは一年、領地を運営してみます。駄目なら先日の案でお願いしたいのですが……」
「ああ、もちろん。こちらのミスだからね。サザランド伯爵にもそう伝えてくれ」
「はい」
ミアの魔力にうっかり見落としそうになっていたが、アルフだって普通ではない。
ワイバーンを倒したことだけではない。領地の魔物や野生動物の駆除も下手な兵士や騎士より使えるとクレイグから報告があった。
だが、剣の腕だけではないと私は考えている。
なぜなら、二人が王城に滞在していた期間に借りていた本が、子供の読み物ではないからだ。
ミアの発想ではないだろう。となると、アルフが考えたことだ。
魔力の低いアルフが、わざわざ魔法陣の書物を借りていた。
それは、彼が魔法陣を理解できるからではないか?
基礎から始まり、最後には専門家でも一部の者しか理解出来ないほどの本を借りていた。
その頭脳に興味をひかれるのは仕方ないだろう。
そんなことを考えていた私に向かい、アルフが意味ありげな笑みを浮かべる。
「小麦の収穫時期にでも、視察にいらっしゃいますか?播種したのが秋なので、収穫が五月か六月ですが」
「……そうだな。あの領地がどうなったのか。
視察に向かって良いのなら伺おう」
「頑張って作りますね」
━━この『作りますね』は、領地を作ることだろうか?
食べ物のことを言っているように感じるのは何故か。
「小麦だと……ピザかパスタ?」
「いや、視察だからな?ミア」
どうやら思い違いではなかったようだ。
「でも。この間のピザの話をしたらカトリーナさんが次のには絶対行くって」
「カトリーナさんと宰相様は違うからな?」
「う~ん。でも、ピザ会をしたら良く分かると思うけどなぁ」
ウチで獲れた食材で作ろうよ、と何故かミアは乗り気だ。私はこの流れに乗っていいのだろうか?
「ええと。視察の件は伝えておきます」
「ああ。では気をつけて帰るように」
アルフが大人の対応で私の逃げ道を作ってくれたので退散する。
あの幼なじみよりよっぽど優秀だな。
オーウェンとかオーウェンとかオーウェンより。
私は、仕事をしているはずの後ろ姿を見つけると、ポンと肩に手を置いた。
「こんなに早く終わるなんて優秀だな」
「ちょっと休憩だよ?ちょっとだけ……」
「なら今晩は私とジョセフだけで飲むか」
「さあ!さっさと仕事を片付けよう」
やれない訳ではないのに、何故こんなに仕事から逃げ出すのか。
何かいい手はないか、とため息をついた。




