宰相の憂鬱その1
宰相=ライトフット公爵=ワイアット=ザックリーのお父さん
私はワイアット。この国の宰相だ。国王の補佐役、というか尻拭いだ。
「それにしても、アントンがあの領地を開拓するとはな」
久しぶりに国王のオーウェン、ジョセフと三人でワインを飲んでいる。
ミアという魔力量が多く、属性も多い少女の囲い込みが順調に終わり、肩の荷がおりたと思ったらあの土地を開拓すると聞き、驚いたものだ。
「あの家族は楽しそうだった。カトリーナも行ってみたいと言っていたからな、整い次第、行く予定だ」
ジョセフの妻カトリーナは最近精神的に不安定だったので、旅行も楽しみだろう。
「でもさー、あそこって変わった土地じゃん?大丈夫かなぁ」
オーウェンが紙をヒラヒラ振りながら言う。
━━紙?
「……オーウェン、その紙は何だ?」
「え?これはこの間確認した、あの土地の調査書だよ」
「植物の変化について?水害について?」
ジョセフがオーウェンの手首を掴み、紙に書いてある内容を読み上げた。
「……オーウェン?」
「え?だって確認しろって言っただろう?」
「あの一家に渡すから・ ・ ・ ・確認しろって言ったよな?」
「……あれ?」
ジョセフが掴んでいた手を放し、頭を叩いた。
俺は背中をソファーの背もたれに預け、これからのことをあれこれ考える。
調査書の一番大事な部分が欠けていたのだ。
何人かが、王都からの僅かにしか離れていない距離の良さに開拓したものの、最後には必ず手放している土地だ。その情報を渡してないとは。
「取り敢えず、アントンに連絡してこれを渡す」
「領民はどうする?」
「最悪、同条件でオーウェン個人の領地へ移住させる。もちろん費用はオーウェンの個人資産からだ」
「なんで?!」
「お前がしでかしたからだ」
冷たく言い放てば、オーウェンがガックリと項垂れた。
しかし、そんなことは問題ではない。
褒美として与えたものが、彼らの資産からなにから奪うことになっては、あの一家がどうするか。
アントンの家族は、他国に移住しているんだ。そちらを頼って行く可能性が出てしまう。
それでは困るのだ。
最近、虹色の魔晶石を作れる術者がこの辺り一帯で減っている。
術者が作れなくても、強い魔物を倒して手に入れた魔晶石から得られたり、赤い魔晶石を魔力の濃い場所に色が変わるまで置いておくという手もあるが、どちらもいい手ではない。
強い魔物を倒すのがどれだけ大変か。
赤い魔晶石の色が変わるまでにかかる時間と、誰かに取られてはならないので見張りが必要になり、経費がかかる。
術者に魔力を込めさせるという手もあるが、こちらも虹色になるまで大量に魔力を使うので、なかなか大変だ。半年かかることもある。
魔晶石が足りなくなり、王城の結界を城壁内ではなく城内に限定したヨーグナー王国は、庭園でのお茶会の最中に賊に侵入され、軽傷とはいえ王妃が傷つけられた。
スクワイアは王子が一人だ。ヨーグナー王国のように結界をせばめなければならない状況にはしたくない。
そんな時に得られた逸材なのだ。
「ジョシアが婚約者だから、外国に行くとは思わないが……」
「ないとは言えないだろう」
「どうすればいいんだ?」
「取り敢えず、それを屋敷の者に渡しておくよ」
ジョセフがオーウェンの持っていた紙を手にする。
ジョセフはミアとジョシアの仲の良さを知っているから、彼女達が他国へ行くとは思わないのだろう。
しかし、まだ正式に婚約した訳でもないし、不確定要素が多い。
国のためには、打てる手を打っておきたい。
「それを見て開拓の意志がなくなったら、オーウェンに後始末をさせる。領民の移住とかかった経費を払う、ということも伝えてくれ」
「分かった」
どっと疲労感がやって来た。
彼らから何かあれば連絡してくれとジョセフに言えば、オーウェンが落ち込んでいる。
フォローしなければならないのだが、今夜はそんな気力もなく、私は久しぶりの飲み会を退席した。




